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「くそっ……、なんなんだよ、アイツ」
悪態をつくのは、全身黒づくめの男。
とある山岳地帯のがけから、河に落下――。
いや、叩き落とされたというべきだろう。
その落ちた場所が水場だったとはいえ、受けた落下ダメージはすさまじく。
受け身を取ったとしても、到底耐えれるものではなかった。
最大HPの10倍以上の落下ダメージだったのだから……。
だが、男は、死ぬ間際にHPが1残るパッシブスキルを持っている。
直後に回復薬を飲み、なんとか堪えた。
故に生きていた。
そんな男は今、河辺の樹木に、背中を預けて腰かけている。
その様子はとても元気とは言えなかった。
周りには、回復薬の小瓶が幾つも散らばり。
傍には火も炊かれている。
そんな時刻は、夜。
その男――。
山岳でパーティプレイ中の魔法使いにPKを仕掛けた暗殺者は。
端的に言えば、失敗していた。
数々の隠密スキルを所持し、気配を殺す事に長けたキャラクタービルドだというのに。
なぜか、傍のキャラクターにはバレていたのだ。
姿を消し、足音を消し、匂いも消し。
――しかし、超音波探知まで防ぐ術は持っていなかったから。
そんなスキルがあることを、暗殺者は知らなかったから。
魔法には疎い、ビルドであるから。
特にそんな所持者が稀有なスキルまでは、網羅出来ない。
この膨大なスキル群で構成されたゲームでは、プレイヤーが知らないスキルはごまんと存在しているのだ。
だが、それでも暗殺者は自分の隠密力に自信があった。
逃げ足にも自信があった。
これまでうまくPKしてこれたという、実績もある。
それに。
山岳地帯は、暗殺者にとってはかなり格下の狩場だった。
SP92Kのこの男にとっては、そんなところで遊んでるパーティなどに負ける道理など無かったのに。
それが暗殺者の悔しさを倍増させる。
くそ、とまた悪態をつき。
新しい回復薬を服用する。
今、暗殺者に出来ることは、ただこうやって耐えることだけだ。
それが、とてももどかしい。
しかし、いくら待っても毒は消えなかった。
「なんでなんだ……全然毒が消えねぇ……! 何レベルの毒なんだよ、ちくしょう」
暗殺者は今、猛毒に侵されていて、HP、MP、スタミナを一定時間ごとに12%奪われていく状態だ。
それを、回復薬で耐えているのだった。
男が、毒耐性を少し上げていなければ、毒の回りはもっと早く、とても耐えれない状態だっただろう。
解毒剤も、いくつか試したが、全く効果が無かった。
初級解毒剤はダメ。なぜならLV2の毒までしか解毒できないから。
中級解毒剤もダメ。なぜならLV4の毒までしか解毒できないから。
上級解毒剤もダメ。なぜならLV6の毒までしか解毒できないから。
特注の、プレイヤー産の最上級解毒剤でもダメだった。
だから、この毒は、LV9以上の毒だ。
本当は、10+2レベルの限界突破スキルで、LV12の毒なのだが。
暗殺者は、自分を打倒したエルフのことを思い出す。
「……あいつ、全然ステータスも何も見えなかった……。パーティが雇ってたPKKかなんかだったのか……? 判らねえ……」
そのうえペナルティドロップで高価なアクセサリーも消えてしまっている。
むかつくぜ、と。
立ち上がり、怒りをぶつけようと、転がる小瓶を蹴ろうとした暗殺者は。
毒の影響で上手くできずに、そのまま河辺にぶっ倒れた。
どさり、と。
「くそっ……」
HPMPスタミナが徐々に減るだけではなく。
様々な毒をブレンドされた攻撃を受けて、全ステータスにデバフを受けているし、睡魔に見舞われるし、全身は微妙に麻痺している。
その全部が、毒耐性に効果を緩和されているとはいえ。
あまりにやばい状態だ。
暗殺者が悪あがきに、最後のHP回復薬を飲む。
でも、スタミナの回復薬はもう尽きている。
このままでは、いずれスタミナ不足で動けなくなり。
勝手に死ぬだろう。
そして、毒が消える気配はない。
かなりの時間経過したのに、毒の効果時間が凄まじいのだろう。
落下ダメージに耐え、生き残ったはずが。
もう暗殺者には、助かる未来が見えなかった。
だから、動けなくなる前にと。
暗殺者は、短剣で自分の首を切り裂いた――。
エルフに殺されるのも我慢がならないし。
毒で死んでは、ペナルティドロップの危険が発生するからだ。
「あの、エルフのガキ……、次に会ったら、絶対ぶち殺してやる……!」
暗殺者は、そんな言葉を残し。
大量の血潮を、地面にぶちまけながら――。
一筋の光となって、静かに消えていった。