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ローリエは、マントを身に着けたウサ耳のドワーフを視界の端に入れながら。
奥に見える巨体に、照準を合わせる。
準備するのは風の魔法。
初めてのパーティプレイだから。
派手にぶちかましてやろう。
ローリエは、『三気合成』と呼ぶ魔法の発動プロセスを開始する。
それは名前の通り、三つの気を調合するという事。
つまり
『魔気』
『魔素』
『現象核』
以上の三種だ。
そして
『魔気』は、術者の体内に秘められた精神性のエネルギー、すなわち『MP』
『魔素』は、大気に満ちる魔法の源。
さらに、
『現象核』は、自然発生した火や雷、流水、突風などが魔素と接触し『属性を持った粒子』
今回、生成するのは風の魔法だから、『風の現象核』を用意する必要がある。
だからローリエは、山岳地帯に存在する『風の現象核』と、ワンドに秘められた『風の現象核』を、抽出し――合成されたエネルギーを、想定する魔術の式に少しづつ充填していく。
しかしながら、合成の加減はなかなかに難しく。
少しでも加減をミスると、魔法は発動しないか、満足な結果は得られない。
また、慎重すぎて合成に時間をかけると、それだけ魔法の発動は遅れていく。
高度な魔法ほど、式を充足させるのに必要な合成量が増大し、難易度も上がっていく。
――というような工程を、プレイヤーはちょっとしたミニゲーム形式で行うのだが。
このシビアなミニゲームの合否の判定を緩くしたければ、DEXの数値を上げるしかない。
DEXを極限まで上げ、合否の判定をザルに出来れば、最終的に適当に連打するだけで発動するし、ミニゲーム自体が発生し無くなっていく。
そしてローリエの基本値+種族補正を合わせたDEXは、90。
これは、極振りでないにしても、かなり高い水準だ。
故に、ローリエはそんなに頑張らなくても、高レベルの魔法を、手早く発動できる!
一撃必殺で砕け散らせてやる。
そんな気合と、自信に満ちた表情で、ローリエは術式を解き放った。
「『風の大災害』!!」
「!?」
フェルマータと、マナが驚く。
それは、これほどの速度で、風属性の上級魔法を完成させたこともさることながら――。
「た、単体に、そんな広範囲の……!?」
――選んだ魔法が、あまりに大袈裟過ぎたからだ。
もはや災害と呼べる魔法が。
たった1匹のオーグジェリーを起点にして発動する。
天から螺旋状に伸びる風の奔流が、地上から吹きあがる突風と結合し。
乱れ狂う気流に、ローリエ、フェルマータ、マナの三人の髪や衣服が、激しくはためき出す。
発生したのは、名の通り、災害クラスの暴風であり、オーグジェリーの巨体が風にさらわれて持ち上がり、同時に巻き込んだ小石、岩、などと入り乱れて全身が切り刻まれていく。
しかしそれだけにとどまらない。
超広範囲の魔法は、周囲の様々な魔物を何匹も巻き込んでいく。
その中には、別のオーグジェリーが6体ほど混ざっている。
こんな状況なのに。
服が飛ばされたりもせず、身体が持っていかれたりもせず、プレイヤーへの被害が無いのは、ゲームだからだろう。
そして――。
忘れてはいけないのは、ローリエは純粋な魔法使いではないという事だ。
魔法攻撃力に直結する『信仰力』の数値は、種族補正込みで70。
これは、中堅魔法使い程度であり、さらに間に合わせのワンドは、質が悪く、魔法攻撃力をそんなに上げてくれない。
さらにいえば、オーグジェリーの魔法抵抗力が高く、水属性なので風が弱点という訳ではない。
端的に言えば、威力が足りていない。
故に。
サイクロンで息絶えた魔物は殆ど居なくて。
暫くすると、魔法の効果が失われ、次々に舞い上がった魔物が地面に落ちてくる。
落下ダメージがトドメとなって絶命する魔物もちらほらいるが、そうでないものも沢山いた。
オーグジェリー達も、大ダメージを受けてはいるが、健在のままだ。
つまり――。
7体のオーグジェリーを含め、生き残った魔物全部が、ローリエに向かってくるという事だ。
「あ、しまっ……」
期待にこたえなければ。
良いところを見せなければ。
そんな思いに加えた、『格下狩場の敵くらい余裕だ』という慢心。
これはそのすべてが引き起こした、人災だ。
襲い掛かってくる、数々の魔物たち。
失敗してしまったことのショックで、少し呆然としてしまうローリエ。
そして、そのローリエを守護するために、フェルマータが即座に行動に入る。
「……『敵性解除』! 『挑発』! 『身代わり』!!」
失敗した失敗した失敗した。
パーティに迷惑をかけてしまった。
ローリエの心境は、どん底だった。
(死にたい……)




