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闇の領域にて。
ローリエ、ヒューベリオンに騎乗したユナ、ゼナマ。
それに対して。
ナハト、イルルカ、ヴィルトール、ギムダ。
荒野の発展途上の街。
その大邸宅 (ギルド拠点) の前の広場で。
睨みあう両陣営。
そんな中。
ポタリ。ポタリ。と、体液を滴らせ、胸部を袈裟懸けに深手を負っているのは。
吹き飛ばされた純白の騎士、ヴィルトールだ。
本体のHPにまで届いていないにせよ。
傷ついた外骨格はそう簡単に治療できない。
逆に、ヒューベリオンもヴィルトールのスキルの乗った一撃を浴びてそれなりに傷ついてはいる。
しかしながら、4181ものHPを誇るドラゴンゾンビにとって、1000のHPが無くなったところで大した話ではない。
そんなグロテスクな巨体を見て。
ギムダが感激したかのように思わず、声に出す。
「……あれはペットなのでしょうか? 不死のドラゴンとは、初めて見ましたよ。……うちの兵士製造リストにもありませんし……、いいなぁ」
なんて、のんきなヤツのことは実際どうでも良くて。
危機感を覚えるナハト。
そしてヴィルトール。
その真っ白なフルフェイスにフルプレートのような見た目の剣士は。
自陣にのみ聞こえる程度の小声で言う。
ドラゴンゾンビを見て。
「あのデカイのは、見た目通りタフなようだな。私の技をまともに食らって平然としているとは……それに――」
さらにヴィルトールは、ローブのフードを眼深にかぶり、下に和装を身に着けている老人を見る。
それに……。
「……あのじいさん……」
抜刀と言うスタイル。
そして老人の見た目。
ヴィルトールの記憶の中で、どこの誰だったか思い出せないが。
どこかの有名なキャラクターだった気がしていた。
だからというわけではないが。
一撃浴びて、実感できるほどに。
決して油断ならない相手だと直感が告げている。
その老人に向けて。
ナハトが、ヘラリと笑って言う。
雷の短剣を突きつけるかのように示し。
「よぉ、じじぃ、よくも邪魔してくれたな。オレ様は、そっちの小さいのに貸しがあんだ。取り立ての邪魔ァすんじゃねぇ」
すると、老人ゼナマ・クラインは「ほぉ?」と口に出し。興味深そうに、にやりと笑う。
「そうか。それはすまなんだ。ワシの主とそこまでの因縁があるとは、知らなかったものでな」
あるじ。
その言葉に、ローリエは不慣れすぎて照れ。
ナハトは訝しむ。
「主……?」
「いかにも。これが正面から挑まれた果し合いの場であれば、譲ってやらんこともないが――」
ゼナマは周囲を見渡す。
この場は、闇の領域。敵の領地の真っただ中。
しかも人質を取ってのギルド戦の最中で。
ゼナマもローリエもユナを救出に来たに過ぎない。
……正々堂々の果し合いとは程遠い状況だ。
だから、ローリエの弱点となる雷の短剣を持っているヤツから、『主』を守るため――。
ゼナマは数歩、前に出る。
(――とてもそうはみえぬ。むしろ、どちらかといえば、お主の邪魔をするのが、ワシの仕事じゃろうな?)
そんな考えで。
ゼナマはローリエとナハトの間に立ち。
あからさまに通せんぼの様子を見せる。
「じじぃ……オレ様とやる気かァ?」
ゼナマは頷き。
そして抜刀の構えを取りつつ。
「ああ。そうじゃとも。……ワシの主君を倒したくば、まず臣下であるワシを倒すのだな!」
「……ったく、面倒なこった!」
ならば仕方がない。
と、ナハトも戦闘態勢をとる。
一方。
それを見ていたイルルカが、憤る。
「ちょっと! 勝手に決めないでよ……! そいつは……!」
ヴィルトールに深手を負わせた老人に、食って掛かろうとするイルルカを。
その肩を掴んでヴィルトールが力づくで静止させる。
「あっちは任せておけ、イルルカ」
「でも! あのお爺ちゃん、兄貴を……!」
「私のことは気にするな、それより、お前は、あの黒い騎士の相手を頼む」
「あのツインテの? 兄貴はどするの?」
「私は、あの緑のエルフの相手をする」
大丈夫なの?
そう言いたげなイルルカの不安な表情は。
ヴィルトールが一度負けているだろうことを察しているからだ。
だが。
今回は一人で相手にしない。
「ギムダ……」
「はいッ?」
「あんたもこっちに加勢してくれないか」
「え? は、はい。解りましたッ!」
「ただし、あんたの判断で良いと思ったことは迷わずやってくれ」
「は、はい……」
「イルルカは、残りの眷属も使い、ドラゴンを全力で叩け、竜を倒し、騎手を麻痺で動けなくしたら、私の方に加勢してくれ」
「解った」
それで闇の領域陣営の作戦は決定となり。
光の陣営。
つまりユナ達の方はと言えば……。
「――……そういうわけにはいかないと思いますよ?」
ヒューベリオンの傍らで、ローリエは『いいえ』と首を振るエモーションで応えていた。
「先輩、前から気になってたんですけど、ヒューベリオンの言ってること解るんですか?」
「わ、解らない、です。ただ、そんな気がするだけで……」
「気がするだけ……? 例えば、今はなんて言ってたんです?」
「『ユナさんを乗せたまま飛んで逃げたらダメなのか』って」
「ああ」
それで、『そういうわけにいかない』と言ったローリエの言葉と辻褄が合う。
そして、なぜ無理なのか。ユナはなんとなくわかる。
「……アンデッドはともかく、昆虫ってだいたい飛べますもんね」
加えて、少し成長してきたヒューベリオンは、非戦闘時なら1名、人を乗せれるようになっているが。
戦闘時はまだ、難しい。
飛んで逃げている時に攻撃を受けると落馬する可能性が高く、昆虫兵や甲殻人種を相手にしながらユナを守るのはローリエでも無理だろう。
ゼナマは飛行できないので、あてにできないし。
つまりこの場で敵全員を戦闘不能や行動不能に追い込み、安全に逃走できるだけの時間を稼ぐ必要があるということだ。
もしくは――。
……この先の選択肢は最終手段で。
そこまでする必要があるかは不明だが……。
「とにかく、ユナさんは自分の身を守ってください……」
ローリエが基本強化を全体に施す。
いつものやつだ。
【身軽さ上昇】
【自己治癒力上昇】
【生命力上昇】
【物理防御力上昇】
それに倣って、ギムダも基本強化を使用する。
【筋力/物理攻撃力上昇】
【スタミナ自動回復付与】
【|信仰力/魔法攻撃力上昇】
【攻撃的逆境付与】
【防御的逆境付与】
さらに、パッシブばかりのゼナマ以外が、それぞれ自己強化の数々を使用し。
「そんじゃ、お望み通り、『家来』から叩きのめしてやるァ!!」
ナハトをはじめ、皆がそれぞれ戦闘を開始する。




