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 ローリエの道具屋が閉店時間を迎えてから。


 暫くの後。


 ようやく店内に入ることができたローリエを。


「おかえりなさいませ、マスター」

 語尾が♡まみれになりそうな甘い声で。

 NPCの女性店員一号、通称イチゴちゃんが丁寧な一礼で出迎える。


 ローリエのお店は、『ミミズクと猫・亭』正面扉入ってすぐ、右側の一画を借りているので。

 正面から入ると自動的に、すぐNPCがいるわけで。

 裏口を使わない限り、ローリエは必ずお出迎えを受けることになるのだけど。


 その度に、ローリエは少し恥ずかしい気分になり。

 裏口から入ろうかちょっと悩んでいた。

 


 そして。

 このNPCは、当然ながらローリエ作である。

 

 というのも、このゲームでは、プレイヤーに従属するNPCの作成は。

 デザインや服装、性格などの全ての設定を自分で行う必要がある。


 これは良い意味では、『自由にNPCが作れて楽しい』、となるが。

 悪い意味では、『事細かな設定が必要で、めんどくさい』、となる。


 ローリエはほぼ後者なので。 


 イチゴの顔は、ローリエのキャラクリと同様ランダム作成を繰り返し、一番美人に仕上がった物を選択し。

 髪なんてなんでもいいじゃん、と思ったものの。

 全くひねりが無いのもどうかなぁ、ということで、かなりひねりを加えてスパイラルさせてある。

 つまり髪の両サイドは縦ロールのロングで、後ろは太い三つ編み二束にまとめた感じだ。

 髪色もどうでもいいや、ということで、ランダムで決まったくすんだ真鍮のような色となっている。光沢のあるミルクティー色と言った方が伝わるだろうか。

 また服は、フェルマータにもらったカフェメイドスタイルの制服アバターを着せてある。


 そしてイチゴちゃんは、ランダム作成の割にはなかなか良いバランスで、背が高くお胸も大きい。


 印象としては、お姉さんな感じで。

 性格設定も、甘々にしてあるので、


「ローリエ様、お疲れですよね? どうぞ椅子におかけになってください。それとも、乗り物をご用意いたしますか?」


「の、乗り物?」


「はい、先日お客様が当店でお売りになられた品ですが」


 ここはお店なので。

 販売も出来るけれど。

 購買も出来る。

 資金に沢山余裕があるローリエは、それを使って、要らない物をNPC価格25%ほど高めで買い取っていたりするのだが。


 その中に乗り物を売り払ったヤツがいるらしい。


「どれですか?」


「こちらです」




 えっ!?




 ――……と、とらいせこぉ!?





 と、心で突っ込まざるを得ない見た目の乗り物が出てきた。

 三輪車である。


 

 それを見たとたん。

 ローリエの後ろで、気配を殺していた剣聖の老人ゼナマが、ぶっ、っはっは、と噴きだした。


「これまた、お主に似合いそうな品じゃなぁ」

  

「ええっ!?」

 ばっ、馬鹿にしていますかァ!?

 しかも、結局人力なのだから、お疲れの労いにすらなりはしないのです。

 

 ローリエは困惑顔で、ゼナマはご機嫌で。


「乗ってみたらどうだ、意外と楽出来るかもしれぬぞ」 

 

「の、乗りませんよぉ! 恥ずかしい、しかも店内ですよ、ここ」


「申し訳ありません。こちらはお気に召しませんか。では、私がおぶりましょうか? それとも抱っこでしょうか?」



 そんな感じで。

 イチゴお姉さんは、ローリエの事を気遣ってくれるのだが。

 出来立てほやほやのNPCなので、まだちょっと、発想がトンチンカン(アホ)なのだ。

 

 

 そしてふと、依頼所の方を見ると。


 ロングスカートのクラシカルなメイド服姿で、書類を手に。

 突っ立っているウィスタリアの姿がローリエの目に飛び込んでくる。


 ウィスタリアは、よく冒険者の宿に色々な依頼書(クエスト)を提出しているので。

 今回もそうかもしれないけど。


 それを見つめるローリエの背後から、老人の声が言う。 


「あやつも、この前の参加者に居なかったかね? 名は何だったか?」


「ウィスタリアさんです」


「ほぉ? 月桂樹の次は、藤とはな。覚えやすくて良い」

  

 フジ?

 疑問符を浮かべるローリエに、ゼナマは言う。


「それより。どうした、あやつはお主の友達なのだろう? 声をかけに行かんのか? 何か深刻そうな様子じゃぞ?」


 た、確かに何か悩んでいる様子だ。

 

 けど、声をかけて一体どうしようというのか?


 ローリエはそろりと後ろを振り返り、ゼナマの顔を見上げる。


 話しかけないのか? と言いますけれど。

 コミュ力がノーマル以上のお方には簡単なことでも。

 コミュ力がハードなお方はそうは行かないのだ。


 

「お主が行かんのなら、ワシが行こう。それでよいのか?」


 ローリエは少し考え。

 理由は思いつかないけど。

 あまりよくはない気がして、一歩踏み出した。


 そして、自信なさげな足取りのまま、ウィスタリアの傍に来る。


 すると、そのキツネ耳メイドっ娘は、手にした依頼書から視線を離し、顔を上げて。


「あ、ロリお姉ちゃん? ……」


 さらに真顔を曇らせると、ローリエの背後の老体に気づく。

 フードをかぶったままのその顔を覗き見るようにして。


「……と、その人誰?」


「えっと……、この人は、この前の闘技場で――」


「ああ、ユナの代わりにちょっとだけ入ったお爺ちゃん?」


 それに、ゼナマは愉快そうな声で。


「いかにも、ワシは、ゼナマ・クラインと言う、剣士の真似事をしておる者だ。あの時は世話になった。……にしても、お爺ちゃんか、はっはっは」


 ウィスタリアは言う。

「そういえばそんな名前だったっけ? でもどうしてここに?」


「何、簡単な話だ。ワシは今日から、このローリエ殿の配下になったのでな。付き従っておるだけよ」


 それに、ローリエは、へっ?、と声を上げてすごい勢いで後ろを振り返った。

 だって、預かる云々の話は聞いたが、配下がどうと言う話はしていない。


 その間にウィスタリアは、そうなんだ、と普通に流していたが。

 かんたんに流していい話ではない。


 ローリエがゼナマに問う。

「ど、どういうことですか?」


「どうもこうも、そう話したではないか。ワシの面倒を見てくれるんじゃろ?」


「あ、預かるとは言いましたけど……」

 そして、一応、ゼナマ自身がアシュバフ失態の補償だという話もローリエは聞いた。

 突拍子もない話過ぎて、本当か冗談かよく解っていないだけで。


 しかし、ゼナマの態度は本当のようだ。


 でもさすがに配下だなんてそこは冗談だよね。

 とローリエが思っていると。


「ところで、そなたは何を悩んでおったのだ?」


 ゼナマがウィスタリアに尋ねた。


「ああ、最近また、うちの領地にアンデッドが良く入り込むようになって。でも討伐依頼受けてくれる人も少ないから、いっそ、うちの衛兵達をだれかに鍛えてもらおうかなって思って」


「それがその書類か?」


「うん。……でも、お姉ちゃんもこの前強かったし、剣も魔法も出来るし、お姉ちゃんに頼んだ方が早いかなぁ、って思ってたとこ」


「ほぉ、兵士の鍛錬か。面白そうじゃな? 確か『ブラッドフォート』といえば、兵士も吸血鬼か? ニンゲンに教えるのとはまた違うのだろうな?」


 ゼナマは興味津々だが、ローリエはそうではない。


 剣も弓も魔法も半端だと思っているというのもあるし。

 他人にモノを教えたこともないし。

 相手がNPCの兵士なら多少、話しやすいだろうけれども。

 やっぱり大勢に注目されたりするのは、まだ慣れないわけで。


「お主なら出来るだろう? やってやらんのかね?」


 ローリエはまた少し考える。

 やるかやらないか。

 踏ん切りがつかずに迷う。

 すると、ウィスタリアは諦めたように。


「ま、確かに。お姉ちゃんは誰かに何かを教えるの苦手そうだもんね」


 依頼書受付のカウンターに向かって歩き出した。


 だが。


「ま、って!」 


 ゼナマが待て、と、言うよりも少し早く。

 ローリエが、ウィスタリアを呼び止める。


 それは直感的て、反射的な事だった。


 思わず、呼び止めたのだ。


 でも。


 ローリエは少し考える。


 ウィスタリアは少なくとも、ローリエの知り合いだ。

 一緒に、コロッセウムで戦った仲だ。


 友達とはいかなくとも。


 きっと仲間だとは言える筈だ。

 

 だから、ここで放っておくなんて選択肢をしたら。


 あとできっと後悔して、苦悩の海に溺れることになる。


 ――そんなことは、嫌だから。


 ローリエは言う。


「解りました、やってみます」


 それを見て、ゼナマとウィスタリアは。

 ちょっと勇気を出したであろうローリエに、微笑を浮かべるのだった。


 


 そして3人でお店を出た時。


 上からヒューベリオンが舞い降り。


 ちょうど、黒い甲冑姿のユナが目の前に立っていた。



「……あれ? 先輩……とウィスタリアさん? どこか行くんですか? それにその人は……?」



 向かう場所はもちろん、『ブラッドフォート』領の、カイディスブルム城だ。



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