100
闘技イベントが終わって、その翌日。
「ロリちゃん」
「はい?」
「これあげる」
とフェルマータに何かを渡された。
インベントリを探ると。
「服? と、髪飾り?」
「そう。アバターよ。ロリちゃんの装備の上からでも着用できると思うわ」
「あ、ありがとうございます?」
渡された服は、割烹着と言うか、メイド服と言うか。
ある意味制服のような見た目の物で。
髪飾りは、美容院にいかなくても、ポニーテールやツインテールなどまとめる程度の簡単なヘア変更を可能にするアイテムだ。
なぜこんなものを?
そう思っている間に、フェルマータは
他の人にも渡してくる。
といってどこかへ行ってしまっていた。
その理由が解ったのは、たった今だ。
判ったというか気づいた。
お店の窓から見える、凄惨な状況を見て。
だから。
ローリエは今、悔やんでいた。
なぜ昨日『ミミズクと猫・亭』の自室でログアウトしたのだろう、と。
でも今更仕方がないことだった。
だから代わりに今、『今日は自室から一歩も出ない』、と心に決めたところだった。
あとは、扉にカギをかけて、立てこもるのだ。
そんな時。
そこに。
「ロリちゃーん!」
フェルマータの声がやってくる。
はっ!?
たいへんだ。
今すぐに、カギをかけなければッ!
ミシリ、と軋みを上げて。
床を踏み抜かんばかりの脚力と。
さらに【超高度跳躍】を使用してまで、本気で扉に飛びつく。
のだが。
1歩遅く。
がちゃりと、扉が開けられてしまった。
するとローリエは。
ずざぁ、と、扉を開けたばかりのフェルマータに飛び込むような形になってしまい。
「あら、こんにちは」
ちょうどいい。
とばかりに、ガシッ、とハグ。
というか、抱きしめられてホールドされてしまう。
「あ、うっ!?」
ジタバタ暴れても無駄だ。
ローリエの腕力では、フェルマータに適わない。
なぜこんなにローリエは嫌がるのか。
その理由を、フェルマータはよく知っている。
だからこそ。
絶対に逃がさんぞ。
という気迫と共に。
フェルマータは腕の中のロリっ子エルフに笑顔で話しかける。
「ロリちゃん、今日が何の日かご存じ?」
「え? いえ! さ、さぁ? わ、わたしよくわからないです!」
「へぇ、そう?」
しらばっくれるローリエに、フェルマータは。
ゆ~っくり、言い聞かせる。
「今日はね。――ロリちゃんのお店の開店日」
「あ、ああ。そ、そうでしたっけ? あ、明日じゃないですか?」
そんな訳ありません。
フェルマータが笑顔を深め。
判決を言い渡す。
そんな、様子で宣告する。
「今日よ」と。
そして、さらにいう。
「ロリちゃん、まだお店番のNPC設定してないわよね? マスターに申請もしてないでしょ?」
「……」
ローリエはだんまりを決め込み、目を逸らす。
それは、まだ設定してない、と言うのと同義であり。
NPC設定してないという事は、お店番する人が誰も居ないという事だ。
「さ、というわけだから、観念して。お客さんいっぱい待ってるから、行きましょうね。ロリちゃん」
「うっ!?」
そうなのだ。
あの闘技場の一件は、この冒険者の宿の宣伝にものすごい効果を発揮していた。
だから今、整理券を配らなければならない程に。
冒険者の依頼所も、カフェも、お店は大繁盛であり。
今、ローリエの道具屋の開店を待つ客が、お店の外まで長蛇の列となっていた。
そんな店内は、人人人人人。
これから、有名アーティストのライブが行われる、そんな最寄り駅のような混雑ぶりであり。
マナも整理券を配っているし。
ウィスタリアもカフェを手伝っているし。
マスターは、料理と飲料を作るので手一杯だし。
ユナは、訓練所の方でヒューベリオンの見物客の相手をしている。
そして実はフェルマータも依頼所の方での対応の手伝いをしなければならない。
みんな忙しいのだ。
勿論、ローリエもここで油を売っているわけにはいかない。
「さ、着替えて行くわよ」
「ひぃ、あんなところに行ったら、死んでしまいますッ! 許してくださいぃぃぃぃィ!」
「とりあえず、着替えてくれたら考えようかしら」
「ほ、ほんとですか!?」
嫌すぎて思考力がゴミクズと化しているローリエは。
フェルマータの言葉に乗って、制服に着替え、髪も縛った。
「うんうん、可愛いわよ、ロリちゃん」
「そうですか、よかった。じゃあこれで行かなくても……」
「そんなわけないでしょ」
「いやぁぁ!? うそつきぃ!」
あまりのチョロさに、大丈夫かしら、とフェルマータは心配しつつ。
ローリエを宥めつつ。
「大丈夫よ。ロリちゃんはお店の開店をシステムに指示して、あとは商品の質問とかに答えてたらいいだけだから。実際のお店と違ってレジとか無いし」
「そ、そういう問題ではぁぁ!」
大丈夫大丈夫。
とフェルマータは、ローリエを引きずっていく。
パワーで決して抗えない。
「い、ィやぁぁぁァァァァーッ」
だだをこねる子供のような半泣きのローリエが、ずるずる、と廊下を進まされていく。
階段まで差し掛かり、一段一段。
がつん、がつん、と身体を打ち付けながら引っ張られるローリエに。
階下から。
気づいた人々が、
「あ、ロリちゃんよ!」
「闘技場で独りで戦ってた子よね?」
「名前の通り小っちゃくてかわいい」
「泣いてるー?」
などなど。
出待ち達から、賞賛や感想やスクリーンショットが降り注ぐ。
こういうの大好きなヒトなら良いのだが。
ローリエにとってはただの、酸性雨と変わらない。
「ひぃぃ!?」
無理やり労働させるのは良くない。
それは正しい。
でも、客は待っているし。
システム上、道具屋の店主しか、開店宣言が出来ないのだ。
つまり、ローリエしかお店が開けない。
大勢待っている人たちのために。
ここは、心を鬼にするしかなく。
「ごめんねロリちゃん、ここは社会人への第一歩だと思って頑張って」
「はうっぅ! 社会には出たくないデスッ、今、引きこもりに将来の夢変更しますッ」
「それは、あなたのお母さんが可哀そうだからやめてあげて」
そうして、人混みを縫うようにして、たどり着いた先で、まるで食い倒れ人形かカーネルサンダースのように。
どす、っと置物が、道具屋のスペースに設置された。
震える手付きで、開店手続きを申請し、ローリエの道具屋がお客さんを受け入れ始める。
だが、店主であるローリエは、本当にただの置物のように固まったままだった。
愛想? 挨拶?
出来るとお思いか?
幸い、清算は自動で行われるので、いちいちレジ打ちなどする必要はない。
ただNPCを使っていないため、お店の敷地から出ると自動的に閉まってしまうので、場を離れることができないだけだ。
その様子を。
カフェを手伝っているウィスタリアが見て。
「……あんなに動かない店員見たことない」
と零すほどで。
心配になったフェルマータも、仕事の合間に覗きに来るが。
「黒目、両方ともどっか行っちゃってるじゃない……」
その姿は、白目を剥き、立って死んでいるかのように怖い。
そして。
客がローリエに話しかけるのだが。
「すいません、このアイテムなんですけど……?」
すごい絞り出すかのような恐ろしい声が答える。
「えッ? あ、はいッ?」
「……どういう効果なんですか?」
「えっ」
「えっ?」
「えいち……ぴーが、かいふく、する、ます」
「いかほど?」
「さ」
「さ?」
「さんじゅ、ぱー、ほどっ、だす」
「だす?」
「はいっ!」
「それだけ?」
それだけ?
と言う言葉は、ちょっぴり威圧感を伴いますので。
ひぐっ、と震えながら。
ローリエは超早口にお答えする。
「え、えむぴーとすたみなもッ! 持続回復も付いてます、お、オカイドクッ」
「なるほど、ありがとう。買っていくね」
「ど、どもっ!」
そして、盛大に安堵のため息を吐く。
これだけでもう、ローリエは、1日分の心労を使い果たしたかのような。
気苦労なのだが。
「すいません」
そこに追加の客が。
「あがっ!」
「一緒にSS撮っても良いですか?」
「は、はいっ!」
そうして、死にそうな顔のエルフが死にそうな接客をしたり、酷い顔をしたSSが度々撮られていった。
ローリエには大変残念なことだが。
この状況は今後も、一週間は続くのだった。
絶対にNPCの設定する!
そうローリエが心に決め、あっという間に申請をしたのは言うまでもない。




