表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
1 姉妹の影
9/60

(8)

 そこから更に道は狭くなった。数軒だけの小さな集落を抜け、狭いカーブの道をもう少し進むと、その道は砂利の駐車場で行き止まりになった。


 父は車のエンジンを止める。僕はドアを開けて外に降りた。さっきは雲間から日差しが出ていた筈だが、そこは木々に囲まれているために薄暗い。父も車を降りて、正面に見える鳥居に向かって歩いていく。僕もその隣に並んだ。


 カラスの声が物寂しく響いている。鳥居の先は階段が続いており、人気は全くないが、枯れ葉や枝が端の方に寄せてあるので、人手が入っていることだけは実感できる。その階段を父とともに上っていく。


 階段を上がりきると、古びた神社の建物があった。その建物の脇で、白い装束に紫色の袴を履いた人が箒で掃いている。その人がふとこちらに気づいた。


「あれ? あなたは……」


 その人は手の動きを止めてこちらを見つめた。細身で身長の高い女性だ。


「こんにちは。佐野です。佐野優司」


 父はその女性に手を挙げて近づいていく。


「やっぱり。何年ぶりかしら」


 彼女もフフっと笑って近づいてくる。


「久しぶりだね」


 父がそう言うのに女性は頷く。そして僕の方に顔を向ける。


「息子さん?」


「そうだよ。おい、挨拶しろよ」


 父に言われて、慌てて「優馬です」と挨拶した。それに彼女も頭を下げて笑顔で言った。


「こんにちは。私は御影美姫(みき)と申します」


 えっ、と思わず息を呑んだ。


「父さん。まさか、この人って……」


「美姫さんは俺の高校の時の同級生。そして、娘さんもお前のクラスにいる」


 父はさらっとそう言うと、美姫の方も続けて言った。


「ええ。珠洲から聞いてますよ。佐野くんが、前の席になったって」


 それを聞いて、少しだけ睨むように父の方を見た。


「父さん、知ってたの?」


「高校のクラスの名簿が送られてきただろう? 一応、地元の知り合いの子がいないかチェックしてたんだ。と言っても、しばらくこっちの人間とは疎遠になってたから、ほとんど分からなかったんだけどな。ただ、美姫さんの『御影』だけは分かった。珍しい苗字だから。それで、前に電話で挨拶だけはしておいたんだ」


 すると美姫も頷いて言った。


「折角ですから、お茶でもいかがですか」


 断るのかと思いきや、父は「じゃ、遠慮なく」と嬉しそうに彼女についていった。



 神社の奥の方には、大きな平屋の日本家屋が建っていた。どうやらそこが自宅らしい。庭木も綺麗に手入れされているような立派な邸宅だ。


「珠洲も寧々も少し出かけているんですが、どうぞお入りください」


 玄関の引き戸を開けて、美姫は中に入るよう案内した。確かに家の中は静まり返っている。かなり広い玄関には大きな壺が置いてあり、まるで高級旅館のような感じだ。


 玄関を上がると長い廊下があり、右側に襖のある部屋が何部屋も続いている。美姫の後ろから廊下を歩いて行くと、突然、少し先の襖が開いて、誰かが出てきた。美姫が足を止める。


「あら。ご苦労様、敬人けいとくん。もう今日は終わり?」


「ええ。ちょっと疲れてしまって。でもかなり思い出してきました。また来週参ります」


 白いシャツにジーンズを履いた長身の少年だった。彼は黒色のリュックを背負っている。まだ自分と同じくらいの年齢だろうが、かなり精悍な顔立ちだ。


「うん。じゃあ、またね」


 美姫は笑顔でその少年を見送ると、彼は僕達に軽く頭を下げてから、廊下を玄関の方に進んでいく。彼が出てきた部屋の襖が開いたままだったので、立ち止まってチラッと中を覗いてみると、小さめの窓のある6畳ほどの和室の部屋があるだけで、テーブルも何もない。


(何をやっていたんだろう?)


 不思議に思ったが、父が「どうした。行くぞ」と呼ぶので、慌ててその後について行く。再びしばらく歩いた辺りで、美姫が横を向いて引き戸を開けた。


「こちらへどうぞ」


 そこは、10畳程の和室で、中央に背の低い木製のテーブルがあり、その周りに4つの座布団が置かれていた。床の間には鶴が飛んでいるような掛け軸があり、一つだけある窓から日差しが入っている。


 僕達を案内すると美姫は「お茶を準備するから」と言って部屋を出て行った。彼女が出て行くと、父は窓から外の景色を眺める。


「すごいな。富士山の山頂の辺りが綺麗に見えるぞ」


 明るく言う父を見て、ため息をついてからその背中に声をかける。


「父さんと同級生にしては、綺麗な人だね。父さんも何かすごく楽しそうだけど」


 ハッとした様子でこちらを振り返った父は、軽く咳払いしてから少し真面目な顔で答えた。


「そ、そんなことはないぞ。昔の友人に会うと懐かしくなるものなんだ。お前だっていずれ分かる」


 父はそう言いながら座布団の一つに座った。


「ほら、ここに座りなさい」


 父に促されるまま、その隣の座布団に座る。すると父は静かに言った。


「昔、よくここに来ていたんだ」


 急に声のトーンが変わったので、おや、と思う。


「どういうこと?」


 うん、と父は言っただけで黙ってしまった。すると「失礼します」という声が聞こえ、襖が開いた。美姫がそこで正座して丁寧に頭を下げる。


「そんなに気を遣わずに。急に来たのはこっちだから」


 ハハハと父が笑うと、彼女も笑って頷き、脇に置いていたお盆を持って入ってきた。


「ごめんなさいね。何もないんだけど。それにしても本当に久しぶりね。高校卒業以来、会ったことがあったっけ?」


「どうかな……思い出せないから、たぶん会ってないね」


「意外と佐野くんは変わらないね。髪も残ってるし。卓也くんとかは、この前会った時は、ほぼスキンヘッドになってたよ」


「ハハハ……卓也は坊主だったけど、実は昔から結構キテたからなあ。そういう美姫さんこそ、全然変わらなくてびっくりした」


 フフフと彼女は笑いながら急須でお茶を湯飲みに注いでいく。それを僕と父の前に差し出した。


「さっき、もう少し下の集落の辺りで富士山が綺麗に見えたけど、やっぱりここから見るのが一番綺麗だね。昔と全然変わらない」


 父が窓の方を見ながら言う。


「そうね。綺麗な富士山の姿を見ていると、昔から心が洗われるような感じがしたものね」


「そうそう。懐かしいなあ」


 父は湯飲みに口をつけてから、再び窓の方に顔を向けた。美姫も同じ方を見ている。そこで急に静かになってしまったので、僕は彼女に尋ねた。


「あの、すみません」


 はい、と彼女が僕に顔を向ける。


「トイレはどこですか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ