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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
1 姉妹の影
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(6)

 翌日は校門の辺りに立っていた教師に、自転車に乗りながら大声で挨拶をして入って行った。やってみて思ったが、朝から大声で挨拶することは気持ち良い気もする。玄関で上履きに履き替えて、4階の自分のクラスまで階段を上がっていく途中で、後ろから竜弥が追い付いてきた。


「おーっす。それにしても、この階段はかったるいよな」


 言いながら隣に並んで歩いて行く。教室に入るとまだ1時限目の10分前だったが、既に大半の生徒が来ているようだった。


 僕の後ろの席では、御影が椅子に座ってリュックから教科書とノートを机の上に置いていたが、ちょうど立ち上がって教室の後ろの棚にリュックを片付けに行った。ふと、彼女の机の上に置かれたノートに書かれている氏名欄を見る。


(「珠洲すず」って……こういう字を書くんだ)


 昨日聞いた時は「鈴」だと思っていたが、どうやら違うらしい。彼女が席に戻って来ると、「おはよう」と声をかけた。


「お、おはよう」


 彼女はやや驚いたように立ったままこちらをチラッと見て挨拶を返してから、椅子に座った。そして、1時限目の世界史の教科書を開いてそれを見つめる。そう言えば、他の生徒は大体誰かと話しているのに、彼女は誰とも話していない。やはり、あまり仲良くしている友人はいないのだろうか。


 午前中の授業が終わり、昼食時間になった。教室の真ん中辺りにいる竜弥と葵の席の傍にある椅子を借りて、3人で弁当箱を開けて食べ始めた。竜弥によると、昼食時間は、他のクラスや部活の部室、それから校庭などで食べる生徒もいるので、普段より人数が減るらしい。


 今日持って来た弁当は、昨日の残りの牛丼と、祖母の漬けたナスの漬物だ。細長い容器に入れたご飯を食べていると、葵が僕の弁当を覗き込んだ。


「優馬って、意外に小食?」


 彼に言われて葵の弁当を見ると、長方形の弁当には白いご飯がかなり詰め込まれている。彼は痩せている割によく食べるようだ。


「そんなことないんだけど。色々と詰め込むのが面倒だから、このくらいがちょうど良くて」


「ふうん……。うん? 詰め込むって、もしかして自分で弁当作っているの?」


 葵が尋ねてきた。慌てて、「単に昨日の残り物を詰めているだけ」と答えると、今度は竜弥が驚いて言った。


「へえ! すごいな。俺なんて毎朝起きるのが精一杯だぜ」


「確かに。僕が言うのも何だけど、何となく優馬って料理とかしなさそうに見えた」


「いやいや。そんなんじゃなくて。こっちに来てから父さんが料理をするようになったから、それを手伝ってるだけ」


 僕は否定したが、竜弥も葵もかなり感心しているようだ。彼らの声を聞いて、周りからも何となく視線を向けられてきた気がしたので、慌てて話題を変えようとした。


「そ、そう言えば、このクラスに陸上部の人って、誰かいるんだよね?」


「ああ。そうだったな。あそこにいる村松さん」


 竜弥が示した方向に、髪をショートにして円い眼鏡をかけている女子生徒が座っていた。その隣にいる丸顔の女子と楽しそうに弁当を食べている。竜弥は立ち上がり、村松の隣に行った。僕もそれを追っていく。


「村松さん。優馬が陸上部に入りたいって。今度、案内してやってよ」


 彼女は竜弥の顔を見上げていたが、ハッとした様子で僕の方を見た。そして立ち上がって挨拶する。


「あ……ああ、佐野くんだよね。私、村松美悠。よろしくね。陸上やってたの?」


 立ち上がった彼女の身長は結構高い。僕の身長は170センチくらいだが、ほとんど変わらないくらいありそうだ。


「千メートルか、千五百メートルをよく走ってたよ。速くはないけど、長い距離を走るのは好きなんだ」


 僕がそう答えると、彼女は「そういうのっていいね」と笑った。そして、授業が終わった後に、一緒に行くことにして、再びさっきの席に戻った。


「そうそう。今日の朝、校長が御影の姉を叱りつけてたのを見たよ」


 葵が言う。


「あんなに怒らなくてもいいのにってくらい顔を赤くして怒ってたな。彼女の方が冷静にただ見ているような感じだったけど」


「校長はイチイチうるさいんだよな。まあ、姉の方も何か言い返したのかな。それが気に障ったんだろ」


 その話を聞いてふと御影の方を見た。彼女は窓際の自分の席に座り、一人で弁当を食べている。窓の外の風景をぼんやりと見ているようだ。


(確かに……妹の方は大人しそうだな)


 そう思いながらチラチラと見ていると、彼女が急にこちらを振り向いた。視線が真っすぐに合ってしまい、慌てて自分の弁当箱の方に視線を戻した。

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