(12)
腕時計から発せられる不思議な青白い光だけが、辺りを照らしていた。隣の珠洲が口を開く。
「影踏みの一族の歴史については、私も小さい頃から聞いてきた。そして、私達の力を奪おうとする影切りの人達のことも。悪い事をすると影切りが来るって、小さい頃は本気で脅されていたのよね。でも、実際に影切りの人達は、今でも影踏みの一族の力を無くそうとしてる。去年だって、古屋先輩の家が彼らにやられたの。先輩だけはまだ傷が浅くて影踏みの記憶が残っていたから、ウチで神楽を舞いながら力を取り戻そうとしていたのよ」
「そういう事だったんだ……」
御影家で会った古屋先輩の姿を思い出す。その時、ふと思い出した。
「そう言えば……確か、僕の父さんも昔、御影家に通って神楽をやっていたって……」
「うん。お母さんから聞いたんだけど、優馬のお父さんの家も、昔、影切りの人達にやられたらしいわ。あなたのお父さんがまだ小学生の頃だったらしいけどね。それで高校の頃まで神楽をやったんだけど、結局は影踏みの力もその記憶も取り戻せなかった。こういう話は、私が知ってるだけでもかなりあるの。だから、たぶん、校長たち以外にも、影切りの人達はたくさんいる」
珠洲が上を向いたまま言った。
「確かに、ずっと時代を遡れば、影踏みの一族は権力者の指示のままに、モノを奪ったり人を殺したりしてきたかもしれない。でも、それはきっと好き好んでやった訳じゃないと思う。たぶん、誰かがその力を一度利用したから、皆がそれを利用するようになってしまっただけ。そもそも、ウチの家族を見ても、何かに力を悪用するようには見えないでしょう?」
「うん。僕だって、この力でそんなに悪いことをする気はないよ」
「あっ、そうか。優馬だって、一族の末裔なんだよね。そりゃ、そんな物騒なことはできそうにないわ」
フフっと珠洲は笑ってこちらをチラッと見た。視線が一瞬合ったが、彼女はハッとしたように上を向く。
「だけど、武田が言ったように、一部の力の強い影踏みの一族が政府によって集められ、そこで政府に使われていることは事実。確かに、この現代に暗殺のような仕事があるとは思えないけど、中には政府にとって都合の悪い人だという理由だけで、お金とか大事にしているものとかを奪われて、影踏みの被害者になっている人もいるのかもしれない」
「でも、実際に行動する影踏みの一族たちが、そんな身勝手な仕事を受けるのかな? ロボットじゃない、人間がすることなんだから、いくら政府の指示だと言っても動かないんじゃないかと思う。それに、もしそういう事がバレたら、それこそ国民から批判されそうだし」
「そうね。そう信じたい。……まあ、少なくとも、お父さんだけは、マトモだってことが分かったから、良かった」
「ああ、そうそう。お父さんって、しばらく行方不明だったんだよね。それが突然現れたと思ったら、影切りの方に味方していて。一体どうなっているのかと思った」
「私も驚いたし、銃を向けられた時は本当にお父さんに殺されるのかもしれないと思った。だけど、たぶんそれは最初だけだった。校長が優馬に気を取られている時、お父さんはずっと、私じゃなく校長とあの黒装束の奴らを見ていたようだった。そして、優馬が自分の影に埋もれて、あの光の前に姿を見せた時、『叩き壊せ』って叫んだの」
「あれって、お父さんだったのか。あの時は夢中だったから、誰の声だったのか全然分からなかった」
「うん。そして光が消えて真っ暗になった時、お父さんは『珠洲、急げ』って言って、すぐに手を引いてみんなの所に連れて行ってくれた」
「じゃあ、お父さんは、初めから影切りの人達を騙そうとしたってこと?」
そう尋ねると、珠洲は頷いた。
「そのために、家族にも何も言わずに行方不明になったんだと思う。もしかしたら、今の組織の方にも何も言って無かったのかもしれない。神坂さんとかも何も言っていなかったし。そこまで念入りに準備して校長達に近づき、彼らの仲間を集め、一度にまとめて倒そうと思っていたのかもね。まあ、家族からすれば、心配を掛けただけの駄目な父親には違いないけど」
その話を聞いて、ふと思い出した。
「僕の母さんも、行方不明なんだ」
「あっ……そうか」
「うん。まだ1年も経っていないけどね。今考えると、校長も行方を知っているのかどうか曖昧な感じだったし。だから、もしかしたら、珠洲のお父さんと同じように、密かに何か大事な仕事をしているのかもしれない。ある日、ひょっこり僕の前に姿を現したりして」
「優馬――」
珠洲の声が隣から聞こえたが、顔は向けなかった。ただ真っ暗な暗闇を見上げて考えていた。武田が言った事が本当ならば、母は自分の両親を彼との闘いの中で失ったことになる。しかし武田も妻と同僚たちを失ったと言っていた。影踏みと影切りとの闘いが続く限り、実際に失われるのは彼ら自身だ。たぶん、影踏みも影切りも、彼らを裏から指示し、支援する者たちの単なる駒でしかない。そう思ってくると、心の中に何かモヤモヤとした感じが湧き上がってきた。
その時、隣から珠洲が「ねえ、優馬」と声を掛けてきた。
「一つ、言い忘れたことがあるんだけど」




