(7)
それからしばらくして、青柳に無線連絡が入った。彼は「はっ。ここで待機いたします」と答えると、そこで少し待つように珠洲と僕に言った。既に辺りも暗くなってきたが、10分ほどして、1台の覆面パトカーが赤色灯を光らせながら、駐車場に入ってきたのが見えた。
車から降りてきたのは、長身で眼鏡を掛けた男だった。青柳よりもさらに背が高く、かなりの威圧感がある。
「青柳警部補は、あなたですか」
「ええ。そうですが、あなたは?」
青柳の疑い深い視線を前に、男は首に掛けていたホルダーを示した。
「私は、警察庁大臣官房の神坂と申します」
「警察庁?」
青柳はホルダーに視線を向けてから、慌てて敬礼した。
「失礼いたしました! では、あなたが本庁からの応援ということでしょうか」
「ええ。遅くなりましてすみません。……早速ですが、御影珠洲さんというのは、あなたですか?」
「私です。私が電話しました」
神坂という男は珠洲の方に顔を向けてニコリと笑って頷くと、「では、あなたも来てください」と言った。珠洲が頷いて男の後をついていく。
「待ってください」
突然、僕は口を開いた。神坂の視線がこちらに向かう。
「何ですか?」
「僕も連れて行ってください。僕は、佐野優馬と言います。僕も、珠洲の……その、仲間なんです」
「優馬――」
珠洲の声が聞こえたが、僕は必死に神坂を見つめる。この前、藤川の事件の時に、僕は彼女の傍にいなかった。今、何が起こっているのか分からないが、何か良くないことが御影家に起こっていることだけは分かった。そこに珠洲だけ行かせる訳にはいかない。
神坂は目を見開き、それがまるで刺すように僕に注がれる。
「佐野……。すると、まさか君は」
ふうむ、とうなった彼は、そこで大きく頷いた。
「よろしい。では、参りましょうか」
神坂が車に戻ろうとした時、「あの」と青柳が声をかけた。
「一つだけ伺いたいのですが……応援というのは、お一人だけでしょうか?」
「ええ。ちょうど私がこの近くで別件の捜査をしていたものですから、こちらに急行してきたのです。何か問題でも?」
青柳は言いよどんだ。おそらく、彼のような官僚タイプの人間が一人だけで大丈夫なのかと言いたいのだろう。それを察したように、神坂はニヤッと笑う。
「ご心配には及びませんよ。後ほど、県警本部や本庁からも応援が参ります。ただ、ちょっと急いだ方が良さそうですから、とりあえずすぐに参りましょう」
それだけ言うと、神坂は乗ってきた覆面パトカーに戻って、運転席のドアを開ける。僕と珠洲が後部座席に乗ると、「しっかりシートベルトを締めてくださいね」と神坂は静かに言ってから、車はすぐに発進した。
覆面パトカーは、交通量が増えてきた街中の道を、赤色灯を掲げて一般車両を追い越していく。神坂は慣れた感じでハンドルを握り、楽しそうにしていたが、後部座席に乗っている僕たちにとってはヒヤヒヤするほどのハイスピードだ。ようやく街中を抜けて、山道を上がり始めると、神坂が口を開いた。
「ところで、珠洲さんは、どうして『コードM』のことを知ってるんだい?」
「いえ……つい1時間ほど前まで知りませんでした。ただ、お母さんから急に連絡が来たんです。家に帰る前に必ず電話をして、もし繋がらなかったら警察庁のこの番号に電話をして、『コードM』を発動するように言え、って」
「ほう……。すると、美姫さんからか。さすがは先輩だ」
神坂は満足そうに頷いた。
「お母さんを知っているんですか?」
「ああ。私がまだこの組織に入ったばかりの頃の指導担当だったんだ。美しく、とても優秀な、そしてちょっと変わった能力を持つ女性でね。私も同僚も、何度か危ない所を助けてもらったことがある」
「本当に、お母さんがそんなことを?」
「そうだよ。だから今度は、私達がお母さんたちを助けないといけない。とりあえず急ごう」
神坂はハンドルを握りしめ、車は右に左にとカーブを曲がって行く。そして、日が暮れて辺りが闇に包まれてきた頃に、御影神社の駐車場に着いた。既にそこには何台かの警察車両もあり、後ろから来た数台の警察車両もそこに停まった。
神坂は車を降り、近くに停まった車から降りた青柳に声をかけた。
「私は一度本庁に連絡を取ってから行きますので、青柳警部補は先に周辺の捜索をお願いします」
ハッと返事をして青柳はすぐに鳥居の先の階段に走っていき、その後ろからも何人もの警察官たちが続いていく。神坂は運転席に戻り、黙って彼らの姿を見送っている。
「連絡しないんですか?」
珠洲が尋ねると、神坂は首を振った。
「しないよ。だって、応援は来ない。いや、来るかもしれないが、それを待っていては手遅れになるかもしれないから」
えっ、と珠洲は声を出した。
「さて……それでは私たちも行こう」




