(6)
キャンキャン、と犬が鳴く声が響いている。
そこは、「HAPPY JOTO CAFE」のバックヤードで、犬用ケージが並べられた場所だった。竜弥と香菜が昔のように再び付き合い始めたのをきっかけに、香菜からの誘いもあって、珠洲は部活替わりにその仕事を手伝うのが日課になっていた。散歩を終えた犬をケージに戻すと、奥から香菜の母の香織が餌を持ってやってきた。
「ありがとう。だいぶこの子達も珠洲ちゃんに慣れてきたみたいね」
「はい。初めの頃に比べたらなついてきたみたいですね。ちょっと嬉しいかも」
「うん。この子達だって自分たちの事を好きだと思ってくれる人のことは分かるの。だから心を開いてくれてきたのよ」
ニッコリと笑ってそう言った香織は、餌を順番にケージに入れていく。その時、ワンワン、と元気に鳴く声が聞こえて、入口から別の犬が顔を出した。
「ま、待って! そんなに引っ張らないで」
声とともに入ってきたのは、優馬だった。珠洲から保護犬の活動を手伝うように言われて、竜弥も優馬も部活がない時はここに来てそれを手伝わされていた。
「何やってるのよ。ちゃんとリードを引かないと駄目でしょ」
「そんな事言ったって、3匹とかかなりハードだから。思い通りに歩いてくれない犬も結構いるし」
優馬が答えている間に、香織が1匹ずつリードを外してケージに入れていく。
「優馬くんも手伝ってくれるから、本当に助かるわ。……珠洲ちゃんも、頼りになる彼氏がいて羨ましいね」
珠洲はハッとして、香織の顔を見つめる。
「な、何言ってるんですか。だから、コイツはそんなんじゃなくて……」
そう言いかけた時、スマホが鳴る音が聞こえた。優馬も自分のポケットを探っていたが、どうやら珠洲の方だったらしい。見ると、青柳警部補からだ。ケージから離れ、店の外に出てから通話ボタンを押す。
「もしもし——」
『ああ、珠洲ちゃん。今、どこにいる?』
「今? ええと、増沢町の友達の家ですけど」
『増沢町? どの辺り?』
「真田動物病院って知ってます? その隣の保護犬カフェなんですけど」
『ああ、真田先生の所だね。分かった。じゃあ、あと10分くらいでそこに行くから、絶対にそこから動かないで』
「どうしたんですか? 何かあったんですか」
後で話すから、とだけ声が聞こえてすぐに電話は切れてしまった。青柳はかなり焦っているようだった。無意識にこわばった表情をしていたのか、店から出てきた優馬も心配そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「青柳さんからだったんだけど。もう少ししたらここに来るって」
「青柳さん? どうしたんだろう」
優馬も首を傾げたが、珠洲は「戻ろう」と声を掛けて店の中に歩いていく。
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しばらくして香菜も犬たちの散歩から帰って来た。彼女は平然と5匹の犬を連れて帰って来ると、犬たちを手際よくケージに戻していく。その時、店の入口のドアが開いた。
「ごめんください。真田さん」
はーい、と答えてから、香織が表に出た。
「ああ、青柳さん。久しぶりですね。フージくんは元気ですか」
「ええ。すっかり家にも慣れまして。……それで、早速なんですが、こちらに御影珠洲さんがいると思うんですが」
その声を聞いて、珠洲は店の方に顔を出した。優馬もその後ろから様子を見ている。青柳は近づいてきてホッとした様子で言った。
「良かった。無事で」
「どうしたんですか?」
「いや……ちょっと、よく分からないんだがね」
隣にいた優馬と香菜たちの方をチラッと見て、青柳は言いよどんだ。それを見て珠洲は、優馬だけを呼んで、青柳と店の外に出た。
「それで、何か?」
「それが……実は、緊急用の発信機に信号があったんだ。信号の元を探してみると、御影家からでね」
「ウチから?」
「私もお母さんのスマホにも電話してみたんだが、連絡が取れなくてね。発信機を押した場合、自宅でも探索できる約束になってるので、所轄の警察が急行していま自宅内も探しているんだが、誰も見つからないんだ。車もあるし、どうも様子がおかしい」
青柳がそこまで言った時、珠洲は急いで自分のスマホを操作しはじめた。そして、そこに表示されている電話番号を確認して通話ボタンを押した。
「どうしたの?」
優馬が隣から声をかけてくるのを無視して、電話を続ける。すると、呼び出し音が2回で切れて相手が電話に出た。
「もしもし。私は御影美姫の娘の珠洲と言います。……ええ、この電話番号で分かるんでしょう? 今すぐ、『コードM』を発動してください!」
それだけ言って珠洲は電話を切った。横にいた青柳も呆気にとられた様子でこちらを見ている。
「今のは何? 一体、どこに電話したの?」
優馬が不思議そうに尋ねてきた。それに珠洲は平然とした様子で答える。
「えっ? 警察庁だけど」




