(4)
宿題を提出したところでその日は終わり、生徒達は次々と帰り支度を始めた。そこへ一瀬が近づいてくる。
「佐野の家はどの辺なんだ?」
「南の方の大鳥井って分かる? 増沢口の駅の方なんだけど」
「ああ、あっちか。じゃあ、俺も増沢大橋までは方向が同じだな。葵もそこのコンビニまで行こうぜ」
一瀬は近くにいた石原に向かってそう誘うと、彼も頷いた。
ガヤガヤと生徒達が行き交う廊下から階段を降りて、1階の共用の教室を案内してもらった。音楽室にはピアノの他にギターやドラムなども置いてあり、いずれもまだ新しい。図書室は学生証に付けられたバーコードを使って、セルフで貸出をする形式らしい。一通り各教室の様子だけ見て、3人で一緒に外に出た。
「ところで、佐野は前の学校の友達には何て呼ばれていたんだ?」
「ええと……まあ、普通に名前かな。優馬って」
「じゃ、俺達もそう呼ばせてもらうか。俺も竜弥でいい。葵もいいだろ?」
竜弥が言うと隣で葵も頷いた。名前で呼ばれると一気に親近感が湧いてくる。
校庭では、野球部と思われるユニフォームを着た何人かが準備をしているのが見えた。周囲を走ったりしている生徒の姿も見える。
「優馬は部活とかしてたのか?」
「うん。陸上部に入ってた。中学から千五百メートルとかを走ってたんだ。全然速くないけど」
「なるほど。確かに、マラソンとか走るって体型だね」
葵が頷く。彼らに聞いてみると、葵は音楽部で、竜弥はサッカー部らしい。2人とも今日は部活が休みらしいが、まだ出会って短い時間の中であるとは言え、その回答に何となくしっくりくる感じがあった。
「陸上部に入るなら、ウチのクラスの村松さんに案内してもらえばいいぜ。あの子は確かハードルとかやってたと思うから」
竜弥が教えてくれたのに「ありがとう」と答える。話しながら駐輪場に向かい、それぞれ自転車を持ち出して、校門の所で再び合流した。
高校の近くには町の役場があるが、他には住宅が僅かにあるだけで、店と呼べるものは少ない。竜弥達の後を自転車で追いながらしばらく行くと、全国チェーンのコンビニエンスストアの看板が見えてきた。広い駐車場の端の方で、同じ制服を着た生徒たちが何人か集まっている。ファーストフード店も無さそうであり、学校外で話ができる場所は意外に限られるのかもしれない。
3人はコンビニでそれぞれ飲み物を買ってから、店の脇の日陰に集まった。9月になったとはいえ、真昼の気温はまだまだ高く、日なたに長時間いるのは厳しい。
「この辺りは、埼玉に比べるとかなりの田舎だろ?」
「いや、そんな事もないよ。向こうでも結構田んぼが広がっているような所に住んでたから」
それは謙遜ではなく事実だった。川越市でも観光で有名な街並みを保存している地域は、川越駅から少し歩いた中心部にある。僕が住んでいたのは、川越駅から1駅ローカル線に乗った小谷という駅が最寄駅だった。大河川である荒川に近い場所で、以前は田畑が広がる地域の中に大きな工場があったらしい。それが撤退した跡地にショッピングセンターとマンションが一体的に開発されたのだが、周辺は今でも広大な田畑が広がっていた。
「それにしても、この高校で転校生とか珍しいよね。他のクラスでも話題になるかも」
「そうだな。確かに、あんまり聞かないかもな」
「そ、そうなの?」
葵と竜弥に言われてやや不安になる。僕はあまり目立つ存在になることは苦手だ。とにかく、皆に早く慣れて、転校生であるという「話題性」を消してしまいたい。
「まあ、心配するなよ。ところでウチの学校のことでとりあえず聞きたいことでもあるか?」
「そうだね……。担任の三枝先生って、どんな感じなの?」
「先生は、何ていうか、あんまりやる気ないよね。担当の生物の授業も、いつも眠さとの闘い」
葵が答えると、竜弥も頷く。
「サエッチは面白さがないんだよな。生真面目っていうのか。まあ、その代わり急に怒り出すこともないけどな。それよりも、ウチの学校で一番注意すべきは武田校長だよ。始業式でも、声が凄かっただろ。あの人は数学の教師なんだが、空手の腕も凄いらしくてな。礼儀というか、とにかく挨拶にはうるさいんだ。できない奴には、特別指導があるという噂も」
始業式での校長の姿を思い出す。確かに身長も大きく、妙な威圧感があった。明日からの登校ではしっかり挨拶しようと思い直す。
「それにしても席替えは災難だったな。まさか最前列になるなんて。前の席の奴は、やっぱり何かと先生に当てられるからな」
「僕も前は窓側だったからわかるけど、結構日差しが入って暑くなるんだよね」
竜弥と葵は平然と言う。彼らは他人事だが、そんな事を聞くとこれから先が思いやられる。
「隣は伊藤だろ? あいつはいい奴だからいいけど、後ろが御影とはな」
「ああ、そうそう。御影さんの苗字の読み方が分からなくて、間違って呼んじゃって。それから一言も話してないし、少し怒らせちゃったかも」
「気にすることはねえよ。アイツはもともと無口でさ。クラスの中でもほとんど誰とも喋っていないんじゃねえの。おまけに帰宅部ですぐに帰るし」
「まあ、顔は可愛いんだけどね」
そう呟いた葵に、えっ、と竜弥が顔を向ける。
「お前、何? もしかして、アイツのこと……」
急に矛先を向けられた葵は、少し顔を赤くして慌てて手を振った。
「いやいや、まさか! あくまで一般的に見て、の話。それに、お姉さんの方は、有名な美人でしょ」
「お姉さん?」
「ああ。3年生に寧々さんっていう姉ちゃんがいるんだよ。確かに、あの人は美人だし、頭もいいし、もっと明るいんだ。だけど、そんなに揃ってると、逆になかなか近寄りがたくてな。それに、気も強くて、告白した男子は、結構冷たく振られたって話も聞くし」
「ふうん……。よく知ってるね」
何気なく言ったつもりだったが、竜弥は手にしたオレンジの炭酸ジュースを飲んでから言った。
「勘違いすんなよ。御影は俺と同じ中学の出身だから知ってるだけだからな」
そう言って、再び彼はジュースを飲んだ。




