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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
6 御影家の影
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(1)

 3月に入ってから、何日か温かな日が続いていたが、その日は久々に朝方に氷点下を記録していた。


 寧々は、ようやく一区切りがついてホッとしたところだった。午前中の卒業式も無事に終わり、昼頃になって開校記念ホールに来ていた。3年生は高校に通うのもその日が最後になるため、参加は強制ではないが、生徒と教師たちによる卒業パーティーが行われていた。テーブルの上にはいくつもの大皿が置かれ、その周りでは料理を頬張りながら、教師と生徒達が楽しそうに話をしている。


「本当に、御影さんはよく頑張ってくれたわ。市橋大学の法学部に受かるなんて、教え子では初めてかも」


 隣にいた担任の保坂先生が嬉しそうに言った。先生は40代半ばで、娘は珠洲と同じクラスにいる。熱心な英語の教師で宿題も多く大変な思いをしたが、今となってはそれも良い思い出だ。


「いえ。先生のおかげです。推薦も貰っていたけど、やっぱり国立大学に行きたかったから、受かって嬉しいです」


「本当に凄いよね。私ももう少し数学ができたら、国立大も目指したかったけど」


 もう一方の隣にいた親友の古屋真菜が笑いながら言った。


「真菜だって女子大の英文科でしょう? 確か、保坂先生の母校ですよね」


「そうそう。今は少し変わってるかもしれないけど、周りにはオシャレな店も多いし、絶対楽しいわよ。市橋大も近かったから、よく合コンもしたわ」


「先生、合コンとか行ってたんですか? 何かちょっと意外」


「当たり前じゃない。もちろん勉強もしたけど、せっかく東京にいるんだから、遊びも色々やらないと、もったいないわ」


 先生は楽しそうに答える。周りからも楽しそうな笑い声が聞こえていた。寧々も含め、テーブル間を移動しながら、立食形式で話を続けていくと、あっという間に時間が経過していった。


 1時間半ほど経ち、教頭先生がまとまりのない挨拶をして、パーティーは一応区切りをつけた。それからも、まだ時間のある生徒達は、そのまま残ってガヤガヤと話を続けていた。寧々もその中に残って友人達と話をしていたが、その時、後ろから声をかけられた。


「御影さん。ちょっといいかな」


 振り向くと、そこには武田校長が立っていた。紺色のスーツを身にまとった彼は、寧々の方を真っすぐに見て言った。


「卒業おめでとう。本当に君はよく頑張ったね。学校としても良い実績になって嬉しいよ。私も色々と厳しいことも言って申し訳なかった」


「いえ。校長先生の()()()のおかげです」


 寧々は皮肉そうにやや丁寧に答えた。しかし武田は、それに気が付いていないように、小さく頷いてから続ける。


「それで、頑張ってくれたお礼をしたいと思っていてね。私の知り合いに、この町の郊外で予約制のレストランをやっている人間がいるんだ。その店でランチのコースを一人分無料で提供するように言ってあるから、良かったら私の紹介だと伝えて予約の電話をしてくれ。君もきっと満足するだろうから」


 武田はそう言って、内ポケットから名刺入れを取り出し、そこから一枚の名刺を寧々に渡すと、すぐに立ち去ってしまった。寧々はそれを手にとって見つめる。『NEO・PORTA(ネオ・ポルタ)』という店名の下に、『代表 中込琢也』という名前と、携帯電話番号が書かれている。住所は市山町の郊外の聞いたことのある地名だった。


(何なの? アイツにしては気が利くじゃない)


 違和感がありつつも、その名刺を見つめ、何気なくそれを裏返した。


 そこで、思わず目を見張った。


「どうしたの?」


 後ろから声を掛けられた。ドキッとして振り返ると、真菜が不思議そうな顔をしてオレンジジュースのペットボトルを紙コップに注いでいる。


「ううん……何でもない」


 辛うじてそれだけ答えると、彼女はまたどこかに行ってしまった。改めてもう一度その名刺の裏面を見返す。それは何も印刷されていない白地になっていたが、そこに手書きで次のような文字が書かれていたのだ。


『御影(ひかる)に会いたいなら、一人でここに行け』



 ******



 寧々は、学校から帰るスクーターに乗りながら、武田のメッセージの意味を考えていた。なぜ、彼が父の事を知っているのか。仮に知っていたとして、なぜこのタイミングで伝えてきたのか。帰宅してからも、しばらく考えていたが、何も思いつかない。それで夕方になって、とりあえず店に電話をかけることにした。


 電話に応対したのは女性だった。武田からの紹介で電話したと伝えると、『伺っています』と丁寧に受け答えた。


『では御影様。当店自慢のランチコースをご提供させていただきます』


 日程を確認して、3日後のランチに予約した。お待ちしています、と言って丁寧に電話を切ろうとする女性に、慌てて「待って」と呼び止めた。


「あの、ちょっと聞きたいんですけど……御影光のことを、知っているんですか?」


『ミカゲヒカル様、ですか? ……いえ、存じませんが』


「あっ……そうですか。すみません」


 寧々はそう言って電話を切った。



 夕飯を食べてから、リビングで母と二人きりでテレビを見ていた時、母がこちらを向いた。


「高校3年間って、あっという間ね。寧々がもうこの家を出て行くなんて信じられないわ」


「そう? 私は結構長く感じたわ。校舎が新しかったのは良かったけどね」


「そうねえ。でも、大学生活の方があっという間かもね。勉強だけじゃなくて、遊ぶことも多いから、時間が過ぎるのがもっと早いと思うわ」


 母は昔を思い出すように言った。その様子を見て、寧々はふと問いかける。


「ねえ、お母さん。あの……お父さんとは、東京にいた時に知り合ったんだよね」


「そうよ。どうして?」


「いや……別に」


 それ以上尋ねる理由も思い浮かばず、黙っていると、母の方から話し始めた。


「東京は本当に色々な人がいるからね。良い出会いも、悪い出会いもある。お父さんとの出会いは良い出会いだったと思うけど、悪い人と出会ったこともたくさんあった。でも、悪い人に出会っても、都会なら人の波に隠れてしまえば、二度と会わないことも簡単にできる。それが田舎との違いよね。ここじゃあ、隠れるのにも限界があるもの」


 テレビに視線を向けながら、「ふうん」とだけ応えて黙っていた。しばらくしてから、母はこちらに顔を向けた。


「もしかして……ちょっと不安になってる?」


「えっ——」


「フフ……大丈夫よ。初めの頃は確かに一人暮らしは寂しいけど、すぐに慣れるわ。大学生はみんないろんな所から集まって来てるから不安なのは一緒。だからすぐに友達になれる。まあ、寧々は可愛いから男には気を付けた方がいいと思うけど」


「何よ、それ」


「フフ……。でも、一番頼りになるのは、『一族』の人達のネットワーク。東京にはたくさんの『一族』が住んでいるし、全国から優秀な人達を集めた特殊機関もある。もう、おじいちゃんからもそこに連絡しているから、きっとあなたを守ってくれるわ。それに、その仕事の手伝いでバイト代も結構稼げるし」


「そう……よね」


 昔を思い出しながら懐かしそうに話す母の声を、寧々はぼんやりとしながら聞いていた。

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