(5)
次の日の朝は、母屋で竜弥の両親と朝食を食べた。彼の母は弁当屋で買ってきたという総菜とともに、魚を焼いて出してくれたりして、昨日の夜よりも相当豪華な食事になった。それを食べ終わると、しばらくしてからお礼を言って葵とともに竜弥の家を後にした。
増沢大橋を渡った辺りで葵と別れてから、僕は近くのコンビニで自転車を停めた。昨日の夜に良く眠れなかったこともあるが、何となく頭が重い。ポケットからスマホを取り出して、珠洲の電話番号を表示させると、少しだけ迷ってから発信ボタンを押した。4コールほどして呼び出し音が終わった。
『何?』
「あのさ……昨日、竜弥から聞いたんだけど」
そこまで言って、「あの」と言葉に詰まってしまった。
『何を聞いたって言うのよ。……どうせ、ウチの変な噂でしょう? お父さんが誰か分からないなんていう』
「えっ——」
『それを聞いてどう思った? ウチのこと軽蔑した?』
「いや……僕は別に、何もおかしいとは思わないよ。だって、お父さんが誰だとしても、珠洲も含めて御影の家の人達がやましいことをしているとは、絶対に思えないから」
正直な気持ちを伝えた。そうだ。僕はそれを伝えたかったのだ。竜弥から聞いた噂の真実がどうあれ、御影家のやっている「影踏み」の仕事にやましいことはない。普通の方法では分からない真実を突き止め、困っている人を助け、過ちを犯した人を懲らしめることもできる。彼女達の父親の話など、どうでも良いことなのだ。
珠洲はしばらく黙っていた。すると、いきなり笑い声が聞こえてきた。
『おっかしい! それって、完全に信じてるんじゃん。その噂のこと』
「えっ?」
『バッカじゃないの? そんな噂を信じて。……あのね。その噂は、私達に無闇に色んな人が近づかないようにするために、ウチから流した噂よ』
「ええっ! そ、そうなの」
『だって、影踏みの事を知られたら困るじゃない。もちろん、神社に来たとしても、あの神楽の舞台とか影踏みに関係する場所には、普通の人は入れない筈だからいいんだけどね。そういう噂があれば、そもそも敢えてこんな所まで来ないでしょう』
「でも……そんなことしてたら、友達もできないんじゃないの?」
『あんまり関係ないよ。そういうのを気にする子は、たぶん本当の友達じゃないから。今のクラスでも、中村さんとか何人かとは、普段から話したりするよ。中学時代からも仲の良い友達だっているし』
確かに珠洲は学校では無口を装っているが、女子からはたまに話しかけられたりする様子はあった。僕の方が、学校では意識して珠洲に話しかけないようにしていたので、かえって彼女の様子がよく分かっていなかったのかもしれない。
「そういえば、中学時代に、珠洲は竜弥と同じクラスだったんだよね。竜弥の家の近所の友達と珠洲が、仲が良かったって言ってたけど」
『ああ……確かに』
そこで彼女は黙ってしまった。
「どうしたの?」
『その子のこと、竜弥は何か言ってなかった?』
「いや……特に。何かあったの?」
『付き合ってたのよ』
えっ、と思わず声が出た。急に胸がドキドキとしてくるのを感じた。
「つ、付き合ってた?」
『うん』
「それで……珠洲は今も、その男と?」
必死に動揺を隠してようやくそれだけ尋ねると、「えっ」という声とともに、珠洲は少し黙ってしまった。
『な、何言ってるの? 私じゃないわよ。竜弥が言っていた近所の子っていうのは女子よ。竜弥がその子と付き合ってたってこと』




