(11)
少しだけと言っていた青柳の言葉は、結果的には嘘になった。結局、その日は昼過ぎまでかかってしまった。僕と珠洲は、藤川が不審な車に何かを渡していたのを目撃したということ、そして、寧々にも藤川の話をしようと図書室に来てみると、たまたま寧々と二人だけで歩いて行く藤川の姿を見かけたので、密かに追ったことなどを話した。寧々も、高校での彼との関係や普段の様子など、色々と事情を聴かれていたらしい。事情聴取が長くなったことのお詫びとして、青柳が警察署の近くのファミレスで昼ご飯をごちそうしてくれたので、ありがたくそれを頂いてから、再び高校まで送ってもらった。
青柳は僕と珠洲を家まで送ると言ってくれたが、珠洲が美姫に確認すると、ちょうどもう少ししたら高校の辺りに来るというので、青柳は深く頭を下げてから帰って行った。寧々が持ってきていた自習室の荷物は、学校に残っていた松本先生が片付けて、職員室で預かってくれていた。先生も心配して、どういう事なのか聞きたかったようだが、詳しいことは分からないと答えると、それ以上は尋ねられなかった。
寧々も帰るというので、3人で一緒に校舎を出た。自転車置き場の端の方にあるバイク駐輪場まで来ると、寧々はフルフェイスのヘルメットを持ってスクーターにまたがり、そこで僕たちに笑顔を向けた。
「優馬も珠洲も、本当にありがとう。あなたたちのおかげで本当に命拾いしたわ」
「いえ、僕も悪かったんです。もっと早く動いていれば、寧々さんも怖い思いをせずに済んだかもしれません。すみませんでした」
「ううん。いいよ。おかげで彼の考えも全部分かったから」
そう言って寧々は少しだけ笑った。
「それにしても、みんな無事で良かった」
そう言って寧々はヘルメットを被った。
「何か私……悲しくなっちゃったな」
寧々が呟くように言った。それに驚いて彼女の方を見たが、既にヘルメットを被ってしまったその表情はよく分からない。
「私は藤川くんの事を、ライバルだと思ってた。それもお互いに高め合うことができる、良い意味のライバルね。でも彼は、そんな私のことをただ憎んでいただけだった。だから、あんな薬に頼ってしまったのかもしれない」
「寧々さん——」
「でも……もし、彼のやっている事が知られなかったら……いえ、影踏みをして私たちが彼の事を調べなかったとしたら、彼は……どうなっただろうね」
彼女は僕達の方を見ずに前を向いていた。すると、隣にいた珠洲が腰に手を当てて怒ったように言う。
「何言ってるのよ! 私たちが調べなくても、きっといつかアイツはお姉ちゃんを傷つけたわ。さっきのことを忘れたの?」
「そうよね」
彼女はそこで黙ってしまった。まだ何か言おうとする珠洲の隣で、僕は口を開いた。
「あの、寧々さん……。僕はたぶん、藤川先輩は助からなかったんじゃないかと思います」
寧々と珠洲がこちらを向いた。
「あのまま薬物を使っていたら、先輩はもっと精神状態が悪くなって、自殺したりしたのかもしれない。でも、珠洲が影踏みをして調べてくれたから先輩はそこまで至らなかったし、僕も影踏みをしてあの男達の悪事を止めたから事件の全体を把握することができた。結果的に、藤川先輩がこれ以上罪を犯すのを止めて、薬物も手に入れられないようにできたんです」
「優馬くん——」
「だから……僕なんかが言うのも何ですけど、少なくとも影踏みをしたこと自体は、間違っていなかったと思います」
寧々の方を向いて僕がはっきりとそう答えると、彼女は大きく頷いて、スクーターのエンジンをかけた。
「ありがとう。優馬くん。……じゃあ、私、先に行くから」
それだけ言うと、スクーターは音を立てて遠ざかっていく。その後ろ姿を珠洲とともに黙って見送っていた。
「お姉ちゃん、もしかして彼のこと……」
珠洲が静かに口を開いた。校庭を冷たい風が吹き抜けていく。
「藤川先輩だって、きっとやり直せるよ。さっきお父さんに叩かれた時、何かハッとした感じだったし」
「そうね……」
寧々が去った後を珠洲はしばらくじっと見ていた。すると彼女は急に「あっ」と言ってこちらを向いた。
「それにしても、優馬は今回の仕事で『危なそうだから私について行く』って言ったくせに、どうして私を置いて行ったのよ。全く、全然頼りにならないじゃない!」
「ご、ごめん……。それは、反省してます」
「私一人だけで、アイツの部屋の中を探し回ったり、イカれた様子を見ていた私の身にもなってよね。……本当に、怖かったんだから」
彼女は呟くように言うと顔を背けて俯いた。長い髪が冷たい風に吹き上げられて揺れる様子にドキッとする。しばらくして彼女はこちらに向いた。
「でも、確かに今回は優馬の活躍に助けられたわ。あの判断は間違って無かったと思う」
「うん……ありがとう」
そう答えると、珠洲は自分の自転車を押し始めたが、数歩進んだところで立ち止まった。
「ねえ、優馬」
「何?」
「次は……ずっと傍にいて欲しいかも」
彼女はそう言って笑顔をこちらに向けると、すぐに自転車を押して走っていく。僕は急に全身が熱くなってしまった。彼女の後姿を茫然として見送っていると、向こうに茶色の軽トラがやって来ていた。運転席に座った美姫は、僕の方に笑顔で軽く頭を下げた。




