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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
4 藤川の影
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(10)

 珠洲が連絡して青柳達が駆け付けると、僕が押さえつけていた藤川を、すぐに取り押さえた。


「拉致・監禁と、殺人未遂の現行犯で逮捕する」


 青柳がはっきりと言うと、もう一人の刑事が手錠をかけた。


「やめろ! 僕はあの女と一緒に飛ぶんだ。放せ!」


 藤川はまだ喚いている。その様子を後ろから見ていた藤川院長は、ゆっくりと彼に近づくと、その頬をバシッと叩いた。


「バカヤロウ!」


 彼はそれだけ言うと、寧々の方に向かって「すみませんでした」と深く頭を下げた。藤川もそれ以上、何も言わなかった。青柳はまだ彼を押さえつけたまま、寧々の方に顔を向ける。


「少し待っていてください。すぐに応援が来ますから」


 僕が窓の外を見ると、来客用の駐車場の辺りに何台もパトカーが来ているのが見えた。目の前で起きたことがまだ現実ではないような気がしていたが、パトカーの姿を見て一気に現実に引き戻される。しばらくすると、制服を着た警官が5人ほど走って教室に入ってきて、まだうまく歩けない藤川を支えながら連れて行く。藤川院長はもう一度寧々の方に深く頭を下げてから、その後ろをトボトボと歩いて行った。


「すみません。私達がいながら、寧々さんをこんな目にあわせてしまって」


 青柳が深く頭を下げる。


「いえ……まさか、こんなことになるなんて、思いもしませんでした」


「今回は私達の不手際です。逃げたと思った奴が、まさかそのまま隠れていたなんて」


 青柳は心底申し訳なさそうに言った。


「大丈夫ですよ」


 笑顔になってそう答える寧々を見て、青柳は軽く頷くと、「一応、警察署でお話を伺いたいのですが」ともう一度頭を下げた。



 覆面パトカーは青柳が運転し、助手席に僕が乗り、後部座席に寧々と珠洲が乗った。もう一人の刑事は、現場となった教室に残って、他の警察官とともに現場検証を続けるらしい。車が動き出すと、再び青柳は謝った。


「本当に今回は申し訳なかった。奴があそこまでやるとは全く思っていなかった」


「確かに、完全な秀才タイプだと思っていた藤川先輩が、あんな事をするなんて、全く意外でしたけど」


 僕もそう応えると、後ろから珠洲も吐き捨てるように言う。


「完全にヤバイ奴だったわ。サイテーよ」


「藤川くんが飲んでいたのは、カラフルな錠剤みたいに見えたんですけど。何かの薬物みたいなものですか?」


「たぶん、MDMAだろう。服用すると興奮作用と幻覚作用が出る。一時的には勉強に集中できるだろうが、その後に幻覚を見たり精神的におかしくなってしまう」


 青柳が言うには、藤川は病院の患者名簿を、同じ塾に通っていて面識のあった大学生の渡辺という男を介して、闇ルートに流していた。それがどうやら特殊詐欺に使われていたらしい。その代金として藤川と渡辺などは相当の金額を受け取ったらしく、それに加えて違法薬物も入手していた。それを服用してしまった藤川は、薬物を入手するために、今度は病院の睡眠薬を密かに横流ししていたという。


「それにしても、昨日、優馬くんがあの大学生を取り押さえてくれたから、ここまで一気に進められたんだ。本当に君のおかげだよ」


「いえ……単に、許せなかっただけです」


 昨日の事を思い出す。藤川から睡眠薬を受け取った渡辺は、睡眠薬を飲んで熟睡している女性を裸にしようとした。そこで、その様子を撮影しようとしていた鈴木という男ともども、影から出てスタンガンを背中や足に食らわせた。彼らが動けなくなったのを確認し、急いで青柳に連絡した。


 玄関の鍵を開けてから、彼らが逃げ出さないように影の中に隠れて様子を見ていると、意外に早く青柳と警察官数人が部屋に入ってきた。最初に電話した時に伝えたとおり、青柳は「近所の住民から騒音の苦情があった」として家に乗り込み、ゴミ箱から睡眠薬の入っていた袋を証拠品として取り出すと、すぐに警察に持ち帰って分析させた。その間に青柳の影に移動し、隙を見て影から出て、彼に自分が目撃した情報を一通り伝えてから、その影に入って眠らせてもらっていた。


 翌朝になって青柳から聞いてみると、部屋の中で熟睡していた女性二人から、部屋にあったウーロン茶に残っていたのと同じ睡眠薬の成分が検出されたこと、睡眠薬を入れていた袋には渡辺ともう一つ別の人間の指紋があり、それはおそらく藤川のものだということだった。そして僕は、「藤川が渡辺に睡眠薬を渡したのを()()()()見かけた目撃者」として、朝から青柳に連れて来られたのだ。


「しかし、いつの間に、隠れていたんだい?」


「朝、駐車場で青柳さんたちが来て、藤川院長と一緒に校舎に歩いて行った時。アイツはかなりヤバそうな奴だったし、様子を見てみようって思って」


 珠洲が答える。彼女とともに青柳の影の中に隠れてから、応接室で藤川と会っている時に、僕と珠洲は藤川の影の方に移っていた。


「頭が良いだけあって、素直に罪を認めないんじゃないかって思ったの。それでうまく逃げるんじゃないかと思ったんだけど、まさかお姉ちゃんを連れて行こうとするとは思わなかった」


 寧々を縛り上げたところで影から出ても良かったのだが、彼の目的をもっと確認した方がいいと僕が言った。だから、いつでも影から出てスタンガンを使えるように準備だけはしておいて、彼の様子を窺っていた。幸いにも、彼は本当の目的を寧々に話してくれた。必要があれば、あの話もスマホに録音しているから、寧々が証言したことにして使うこともできるだろう。それで、いよいよ危なくなったので、珠洲とともに、スタンガンを彼の両脚に思い切り当てた。


「本当にありがとう。もう事件の概要は分かっているけど、形式的に警察署で捜査に協力してもらうことにするから、もう少し付き合ってくれ」


 青柳はそう言って、車のアクセルを踏んだ。

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