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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
4 藤川の影
32/60

(6)

 珠洲は一人、藤川の影の中から様子を窺っていた。


(全く……優馬ったら、何やってるのよ)


 優馬は突然、藤川と話をしていた男の車の影の中に飛び移ってしまった。珠洲たちが追っているのは藤川の筈なのに。見ず知らずの男を追っていった彼は、珠洲からすれば向こう見ずとしか思えない。中には本当に危ない犯罪者だっているのだ。そういうのは、警察にお願いしておけばいい。それに、優馬の勝手な行動のせいで、結局珠洲は一人になってしまった。


 藤川は、あの男と別れてから歩いて自宅に戻っていた。時刻は7時に近くなっている。隣の藤川病院の中はまだ明るいようだが、もうそろそろ閉める時間だろう。藤川は鍵を取り出し、その隣にある塀に囲まれた2階建ての大きな家の門扉を開けた。その先にある庭を通り抜け、家のドアの鍵を開けて中に入ると真っ暗だ。彼は廊下の明かりをつけてから、2階に上がっていく。その先の部屋の一つに入り、リュックを無造作に床に置いた。


(少しこの部屋を探してみようかな)


 そう思って、藤川の影から、近くにあったベッドの影に飛び移る。すると彼はすぐに部屋を出てどこかに行ってしまった。しばらく様子を見たが人の気配は無さそうなので、光の穴から外に出た。


 部屋は8畳ほどの広さで、大きな家具としては、本棚と勉強机、それにベッドが置いてあるだけだ。本棚の脇に珠洲の腰の辺りくらいの高さの棚があり、その上にモバイルパソコンが置いてある。一方の壁に押し入れのような引き戸があり、その反対側は窓だ。自分の部屋よりもかなり広い感じだ。


 珠洲は持って来た薄手の手袋をはめた。まずは自分の指紋がつかないように気を付けるのがこの仕事の鉄則だ。続いて、部屋を見回し、まずは押し入れと思われる引き戸を開けた。中にはハンガーで服が掛けられているのと、衣装ケースが置いてある。そのケースを開けると、綺麗に折りたたまれた衣服が詰め込まれていた。


 次に本棚を眺めてみる。漫画本もあるが、小説のような本も含めてこちらも綺麗に並べられている。映画とかであれば、どこかに秘密の仕掛けがあって、本棚が動くという場面もあるが、本棚を多少押してみたものの、もちろん特に動く気配はない。


 最後に机の前に立った。右側に引き出しが3段程あるシンプルな机で、その上に教科書などが置かれている。引き出しを上から開けてみると、一番上には筆記用具が入っていた。2番目の棚には参考書や問題集が詰め込まれている。3段目を開けようとした時、階段を上って来る音が聞こえた気がした。


(ヤバッ——)


 急いでベッドの影の中に飛び込む。するとほどなく、藤川が部屋に戻ってきた。彼は自分のリュックの中から参考書を取り出して机の上に置く。するともう一度リュックの中に手を入れて、中から何かの鍵のようなものを取り出した。そして、さっき珠洲が見ていた机の脇の一番下の引き出しの鍵穴にそれを差し込む。ガチャという音で鍵が開いて、その引き出しが手前に開けられる。


 彼はそこから、何かの袋を取り出した。半透明の小さめのビニール袋で、中身は分からない。


(もしかして、あれが睡眠薬?)


 藤川はそれを少し眺めていたが、思い直したように元あった引き出しに戻していく。そして、その引き出しに鍵をかけ、それをもう一度リュックの中にしまい込んだ。


 彼は押し入れから着替えを出して再び部屋を出て行った。珠洲は影の中から出ると、藤川のリュックの中を覗く。参考書を取り出すと、リュックの底の方に小銭入れのようなチャックの付いた入れ物を見つけた。その中にあった一つの鍵を先ほどの引き出しの鍵穴に差し込むと、ガチャという音がして開いた。そこには、半透明のビニール袋の中に、小分けされた白い粉薬が大量に入っている。ドキドキしながらその一つを取り出し、窓を開けて外に投げた。


(後で取りに来れるかな?)


 証拠物件は影の中には持ち込めない。だから隙を見て後で取りに来るしかないのだ。そこで改めて先ほどの引き出しの中に視線を向けた。そこにはまだかなりの袋が残っている。彼はこれだけの睡眠薬をどうするつもりなのだろうか。もちろん、自分で使うこともあるのかもしれないが、それだけでは多すぎる。


(やっぱり、青柳さんに連絡しておこう)


 既に犯罪の臭いが強くなっている。これまでの経験上も、こういう時は迷わず警察に連絡しておく方が良い。急いでスマホで青柳警部補にメッセージを送信する。


『例の家に来てます。それらしいものを見つけたので、2階の窓の下に証拠品を投げました。モノは机の脇の一番下の引き出しの中。鍵はリュックの中』



 ******



 やがて、藤川が部屋着に着替えて戻ってきた。風呂に入ってきたようで顔がやや紅潮している。珠洲はベッドの影の中から様子を見ていたが、彼は机に向かい勉強を始めたようだ。しばらく経ってから、部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。


「蒼真。入っていいか?」


「何? 勉強中だけど」


 藤川が机に向かったまま答えると、ドアがゆっくりと開く。白髪に眼鏡をかけた中年の男性がそこに立っている。藤川の父である、藤川院長だろう。


「あんまり頑張り過ぎるなよ」


「出てってくれよ。集中したいから」


 言われた藤川院長はそこで黙って藤川の方を見ていた。


「何か用事があるの?」


「……いや、いい」


 藤川院長は背中を向けて廊下に出てドアを閉めた。再び部屋が静まり返り、藤川がシャーペンを動かす音だけが聞こえてくる。


 それからしばらく経った時だった。突然、彼は傍にあった自分のリュックを持って中を覗いた。そして、そこから赤いリボンをつけた透明な袋を取り出す。それは、寧々から彼に渡したクッキーだ。彼はその袋を目の前まで近づけてしばらく見つめていたが、突然、それを大きく振り上げた。


「クソッ!」


 机の横にあった白いゴミ箱に向かってそれを勢いよく振り下ろす。カタンという軽い音が聞こえたが、ハアハアと息を上げているだけで藤川はもうその方を見ていなかった。


 珠洲は茫然とその様子を見ていたが、彼はゆっくりと椅子に座り直し、リュックから再び鍵を取り出してさっきの引き出しを開けた。そして、その奥の方から黒色のビニール袋を取り出し、その中に入っていたものを口に入れた。そして、再びその引き出しを閉めて机に向かい始める。しばらくすると、ハアハアという彼の激しい息遣いが次第に収まっていく。


「ククク……ハハハ……」


 急に笑い声が聞こえてきた。一瞬、別の部屋の誰かが笑っているのだと思った。しかし、そうではない。笑っていたのは藤川だ。シャーペンを動かしながら怪しげに笑い続けている。


「できる……分かるぞ」


 ニヤニヤした顔をしながら、ブツブツと独り言を続けている。


(何なの……コイツ)


 藤川の不審な行動に訳が分からないまま様子を見ていると、彼が急に珠洲の方を向いた。光の穴から真っすぐにこちらを見ているのだ。影の中にいる自分の事が彼に分かる筈はないが、余りにじっと見つめるその視線に、珠洲は恐怖で一気に鳥肌が立った。


(もう、出よう)


 その光の穴から見える藤川の姿から、少しでも早く離れたかった。側に見える別の光の穴に近い場所にジャンプして、さらにその先へと次第に彼から離れていく。


 光の穴の外の風景を確認しながら、ようやくその家の外の場所までやって来た。玄関の明かりがつけっぱなしになっていたので、そこにできていた影から這い出す。そして、先ほど藤川の部屋の窓から投げ捨てた袋を回収したところで、2階を見上げた。まだそこに明かりはついている。もう笑い声は聞こえないが、先ほどの彼の姿を思い出すと体がゾクッとした。一刻も早く、この家から立ち去りたかった。急いで手にした袋を庭の塀の外に投げると、近くにあった木の影に一旦入って塀を通り抜け、その向こうの街灯の下にできた影から這い出て、袋を回収した。


 ちょうどその時、スマホがブルブルと震えた。思わずドキッとして画面を見ると青柳からだった。


「珠洲ちゃん、大丈夫かい? さっきメッセージを貰ってから何度か電話したんだけど、繋がらなかったから心配で。もう藤川病院の近くだよ。今、どこだい?」


 彼の声を聞いてホッとして体の力が抜ける。「大丈夫」とだけ答えて、珠洲は街灯のついた電柱に背中を押しつけた。

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