(5)
僕は、その男の運転する車の影に隠れていた。
(良かったのか……これで)
改めて考えてみる。当初は、藤川の監視が目的だった筈だった。しかし、彼と話す男とのやり取りから何か悪い予感がして、こちらの男の方についてきてしまった。さっき藤川が渡した小さな袋のようなものは、盗まれた睡眠薬なのかもしれない。この男が自分で使うのなら勝手だが、何か怪しい感じがした。
光の穴は外の街灯や別の車のヘッドライトなどに照らされて、ぼんやりと外の光景を映し出している。どれくらいスピードを出しているのか分からないが、エンジン音と、道路に溜まった水たまりをタイヤが跳ねるような音がずっと聞こえている。
車は20分ほど走っていたが、やがてスピードを落として駐車場のような所に入って停まった。見ると、そこに全国チェーンのコンビニの看板が見える。ドアが開いて男が降りて来ると、彼の影の方にできた光の穴の方に飛び移った。
そこで男は2リットルのウーロン茶のペットボトルを買って、再び車の運転席に戻った。すると、男はそのペットボトルのキャップを開けて、そこに藤川から受け取った袋から小袋を取り出した。それはジッパー付の保存袋のようなもので、中には白っぽい粉が入っていて、その中身をペットボトルにゆっくりと流し込んでいく。そして再びキャップを固く閉めて軽く振ってから、ビニール袋の中にそれを入れ直して助手席に置いた。車は再び動き出し、そこから5分ほど走ったところで停まった。
男は先ほどのビニール袋を持ってドアを開けて車を降りた。3階建てくらいのアパートのようだ。男はその1階の端の方のドアを開ける。中ではガヤガヤとした何人かの声が聞こえていた。
光の穴からは、大学生と思われる5、6人くらいの男女が酒を飲んでいる様子が見えた。テーブルの上にはビールやチューハイの缶が無造作に置かれ、床には大きな瓶の姿も見える。
「ごめんごめん。遅くなって」
男が言いながら、ビニール袋の中からビールやチューハイの缶とともに、さっきのウーロン茶のペットボトルをテーブルに置いて、キャップを開けると、2つの紙コップに注いでいく。
「はい、どうぞ。少しお茶でも飲んだら?」
男は近くにいた女性2人にそれを渡した。彼女たちは「ありがとう」と言ってそれを受け取ると、ごくっと飲んでいく。
それからも部屋はひとしきり盛り上がっていたが、少しずつ人数が減っていった。気が付くと、女性2人は壁にもたれて眠っているようだ。部屋では、ペットボトルを買ってきたあの男ともう一人の男が、テーブルに残っていたチューハイの缶を飲んでいるだけだ。
「鈴木……そろそろいいんじゃないか?」
あの男がニヤッとした顔で言うと、呼ばれた男はビクッとした。
「渡辺……お前、本当にやるのか」
「何だよ。お前、弱気になったのか? これだけよく寝てれば何も分かる訳ないだろ。折角、薬で眠ってくれてるんだぜ。全部をあっちに渡す前に、少しくらい有効活用させてもらっても悪くはないだろ。記念撮影するだけだから」
フフフと渡辺が笑うと、鈴木の方も静かに頷く。すると、渡辺は壁にもたれていた女性の一人の腕を肩に掛けて、隣の部屋に運んで行った。初めは、真っ暗な部屋の中で何も見えなかったが、渡辺が部屋の端にあった小さな照明をつけたようで、その部屋の様子が分かった。そこには布団が敷いてあり、先ほどの女性が仰向けに寝かされている。部屋の後ろの方には、鈴木が一眼レフのような大きなカメラを持って、その様子を見下ろす。すると渡辺は、彼女の着ていたセーターの裾に手を掛けて、それを捲り上げた。
「よく寝てるみたいだぞ。さすがにアイツの所の薬はよく効くな。……おい、鈴木。初めからカメラでしっかり撮ってくれよ」
渡辺は不敵な笑みを浮かべると、鈴木がカメラを構える。そして、フラッシュとともに撮影音が聞こえてきた。
(こいつら、この女の人を……)
彼女が寝ている間に裸の写真でも撮るつもりなのか。それに向こうにはもう一人の女性もいる。彼女たちは睡眠薬を入れたウーロン茶でぐっすりと眠らされているのだろう。写真を撮っていく2人の姿が、ぼんやりと光の穴から見えている。
(相手は男2人だけど……やるしかない)
胸がドキドキと高鳴るのが分かった。僕は、ポケットに入れていた小型のスタンガンを手にしっかりと握る。そして、まずはカメラを構えた男の足元にできた影に飛び移り、光の穴から彼の足を狙ってその手を出した。
「アッ!」
カメラを持った鈴木が大声を上げて床に倒れた。渡辺の方が慌てて振り向く。
「どうした? 何やっているんだ?」
「い、痛い……足が急に……」
言葉にならずに足を押さえる鈴木の方に、渡辺が近づいてくる。僕はその足元がすぐ目の前に来るのを狙って、スタンガンを持った手を影から出した。




