(4)
ぼんやりと光が注ぐ穴から外の様子が見えた。すぐに竜弥の姿が現れキョロキョロとしている。その横を寧々は平然とした顔で通り過ぎようとした。
「あ、あの……」
竜弥が声を掛ける。
「ん? 私?」
「御影先輩は……優馬と、その……知り合いなんですか?」
「優馬くん? ……フフ、どうかな?」
意味深に少し笑った寧々は、唖然としている竜弥に背を向けて離れていく。
「遅かったね。何してたの?」
後ろから珠洲の声がしてドキッとした。振り返ると、彼女は制服のまま足を曲げて、そこに座っていた。
「ごめん……竜弥にちょっと追われてて。僕が寧々さんのことを気になっているって思っていたみたいで、何となく怪しまれてたかも」
「何それ? それはさすがにないでしょ。でも、竜弥は意外と勘が鋭いからね。優馬が何か隠してるって思ったのかも」
そう言って立ち上がると、彼女は「はい」と言って黒い塊を僕の方に差し出した。スタンガンだ。この前、御影家で使い方を教えてもらったが、これを使うような事態にならないことを祈りたい。
光の穴から見てみると、寧々は歩いて自習室に戻っていく。図書室に入り、その先の自習室に入ってから、彼女は自分のリュックの中を探して何かを取り出した。すると彼女は、ゆっくりと藤川の元に近寄っていく。「準備して」と言う珠洲とともに、タイミングを待った。
「藤川くん。これ、よかったら食べて」
寧々が椅子に座る藤川の隣から何かを差し出した。その瞬間、珠洲は近くに見える別の光の穴に向かってジャンプする。僕も急いで彼女に続いた。
「えっ、これ……僕に?」
「ごめん。味は保証しないけど」
「ありがとう。御影さん」
藤川が笑顔を寧々の方に向けたのが光の穴から見えた。寧々はそれに少しだけ笑顔を返すと、光の穴の方をチラッと見てから、自分の席に戻って行く。
「さっき渡したのって、何?」
「手作りのクッキー」
「へえ、すごいね。寧々さんって、お菓子作ったりするんだ」
「違う。私が作った」
えっ、と思わず大声を出して珠洲の方に顔を向けた。
「何なの、その反応は」
「いや……何となく、意外な感じがして」
「悪いけど、私、お姉ちゃんより料理は得意だと思う。お菓子とかもよく作るし」
フン、と僕から視線を逸らせる彼女の方を見て、慌てて言う。
「す、すごいね……。僕も、食べてみたいなあ」
「あげないよ。優馬には」
フォローしたつもりだったが、既に彼女は機嫌を損ねてしまっていた。しかし、珠洲が料理を得意とするというのは確かに意外だった。これまでの付き合いの中からでも、彼女がキッチンに立つという姿が何となく想像できない。
それからしばらくは特に動きは無かった。自習室では周りの生徒も静かに勉強しているようで何の音も聞こえない。本当に受験生は大変なのだと実感する。珠洲も、「動きがあったら呼んで」と言うと、背伸びをしてから横向きに寝転んでしまった。
藤川が動き出したのは、6時を過ぎた頃だった。自習室自体も7時までの利用となっており、その時間になると光の穴から見える生徒の姿はかなり少なくなっている。珠洲は少し前に目を開けていたので、藤川が歩き出すのを見て立ち上がった。
寧々の横を通り過ぎる時に、藤川は「じゃあ、お先に」と声をかけて、廊下に出ていく。玄関から外に出ると、まだ雨が強く降っている。日が暮れていることもあって辺りは相当暗いようで、光の穴から見える景色も薄暗くてよく見えない。彼は傘を開くと、雨の中に足を踏み出した。
「藤川先輩の家って学校から近いの?」
「病院なら歩いたら20分くらいかな。隣が自宅だって聞いたけど」
暗闇の中で藤川が歩いて行く。道路に溜まった小さな水たまりを踏みつけるようなピチャピチャという音が聞こえて来る。たまに車のヘッドライトや街灯の光で、光の穴が明るくなるほかは、ほとんど真っ暗に近い。
どれくらい歩いた辺りだったのだろうか。ハザードのような光が点滅している車の脇を通り過ぎようとした所だった。
「よう。遅かったな」
若い男の声が聞こえた。藤川は立ち止まり、周りを見回す。すると、無言でカバンから何かの袋を取り出して、男の前に出した。
「フフ……助かるよ」
「もうしばらく俺には連絡しないでほしい。オヤジが警察に連絡したかもしれない。怪しい男が家に来たのを見た」
「何だよ。これからじゃないか。お金だけじゃなくて、お前だってもっと楽しい事ができるんだぞ」
男はニヤッとして小さな声で答える。その瞬間、僕は向こうに見える薄暗い光の窓の辺りを目指して跳んでいた。
「優馬! ちょっと何してるの」
珠洲の声が聞こえたが、僕はその方を振り向いて言う。
「ごめん。僕はこいつの方を追うから、珠洲は藤川先輩の方を頼む」
そこまで言った時、男の車が動き出したようで、あっという間に珠洲の姿が暗闇の中に消えていってしまった。




