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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
4 藤川の影
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(1)

 11月の文化祭も無事に終わった。


 僕達のクラスは、クラス対抗の合唱コンクールで、意外にも1年生の中ではトップになり、その発表の時は葵が飛び跳ねて喜んでいた。全校でも3位で、本当に皆でよく頑張った甲斐があったと思う。


 一方、陸上部でも11月中旬に県大会があった。初めから期待はしていなかったものの、千五百メートルの種目で予想どおり僕は良い成績を出せなかった。ただ、同じクラスの村松さんは100メートルハードルで女子2位の好成績を出し、陸上部としてはかなり盛り上がっていた。


 県大会が終わるまでは休みがちだったが、土日のどちらかには御影神社での修行も続けていた。珠洲は相変わらず僕への指導が厳しいものの、僕なりに「影踏み」の感覚もかなり分かるような気もしてきた。


 11月の最後の日曜日のことだった。午前中に神楽を舞い、それが終わって珠洲と寧々と客間で紅茶を飲んで休憩していた時、「ごめんください」と男の声が聞こえた。


「はーい」


 美姫がバタバタと足音を立てて出て行くのに続いて「あら、久しぶりですね」と親しく応対している声が聞こえる。そしてしばらくすると、客間の襖が開いて美姫が顔を出した。


「ちょっと来客なんだけど」


「はいはい。今、片付けるから」


 寧々が立ってその場を片付けようとすると、美姫が「そのままでいいから」と止める。


「あんた達にも同席してほしいんだけど。青柳さんだから」


 ああ、と姉妹は頷いたが、僕は全く分からない。


「青柳さんって?」


 珠洲に尋ねると、彼女が答える前に美姫の後ろから男が姿を現した。


(うわっ……デカイ)


 最初に思ったのがその印象だった。美姫の後ろから入ってきた男は、紺色のスーツを着た中年の大男だった。ほぼ坊主頭で恰幅も良い。パッと見た感じでも筋肉が鍛えられてそうであり、一見して普通の人には見えない。街で会ったなら、できれば近くに寄りたくないと思うような人物だ。男は「こんにちは」と寧々と珠洲に頭を下げた。そして、僕の方を見つめる。


「こ……こんにちは」


 辛うじて小声でそう言うと、向こうも軽く頭を下げてから尋ねてきた。


「君は、誰だったかな?」


 その細い目が、まるで僕の体を刺すような視線で見つめる。絶対に何か疑われていると感じながら、ドキドキしてしまって作り笑いを返すしかできない。すると、美姫が笑って答えた。


「その子は佐野優馬くん。ほら、市山高校の同級生で佐野優司くんって覚えてない? 彼の子供よ」


「佐野……ああ、あの佐野か。なるほど、何となく似てるような気がする」


 青柳は僕の頭からつま先まで全体を見ながら言った。


「前は埼玉の方に住んでいたんだけど、今年の夏にこっちに戻ってきたのよ。そうだよね、優馬くん」


 美姫がこちらに急に振り向いた。それで男も再びこちらを見つめる。慌ててそれに大きく頷く。


「まあ、座ってください」


 美姫が青柳を促し、彼は客間のテーブルの奥の方の座布団に座った。その前に、寧々がお茶を入れた湯飲みを差し出すと、「ありがとう」と青柳は頭を下げて湯飲みに口を付けた。そうした仕草を見ると、見た目の姿とは裏腹に、丁寧な感じがする。


「じゃあ、僕はこれで」


 失礼します、と頭を下げて客間を出ようとすると、「待って」と美姫が呼び止めた。


「優馬くんもいた方がいいかも」


 えっ、と思ったが、美姫が「そこに座っていて」と重ねて言うので、その通りにした。


「それで、今日はどうしたんです?」


 美姫が尋ねると、青柳は黙って僕の方を見た。同じように美姫も僕の方を見てから、笑顔で言う。


「ああ、大丈夫ですよ、青柳さん。この優馬くんは、実はウチの親戚のようなものなんですよ。それで、少し()()()()()所なんです。だから、仕事のことでしたら、彼もいてもらった方が好都合なんです」


「そう……ですか」


 青柳は頷いてから、持って来た黒いバッグを開けて中から書類を取り出した。そこには一人の写真とともに何か書かれている。


「この、藤川蒼真という高校生なんですがね」


 彼の言葉を聞いて、驚いたように寧々が体を乗り出す。


「それって、うちの藤川くんですか?」


「はい。市山高校3年3組です」


 静かに答える青柳の前で、美姫がその資料を手にして読み上げていく。


「ふうん。丁寧な診察で定評のある『藤川病院』の院長の次男で、市山高校の前の生徒会長。成績も優秀で、県外の国立大学の医学部を志望。母親も県会議員の2期目。兄は既に東京の私立大学の医学部2年生——」


 その内容を聞く限り、興ざめするほどのエリートコースの人間だ。やはり、そういうエリートはこのような田舎にもいる。


「この子をどうして調べているんですか?」


 美姫が資料をテーブルに置いて尋ねると、青柳は低い声で言った。


「彼には、特殊詐欺、いわゆるオレオレ詐欺ですが、それに関わっているのではないかという疑いがあります」


 ええっ、という驚きの声を寧々が出した。


「そんな……彼は、普段から人当たりも良くて、1学期まで生徒会長もやっていたような頼りになる人ですよ。成績だって、本当に優秀なんです。そんなことをしているなんて信じられません」


「そうですね。確かに彼は直接はやっていないかもしれない。ただ、被害者である高齢者を調べていくと、全部、藤川病院にかかっていた患者なんです」


「そんな……偶然です」


 寧々は首を振った。すると、青柳はもう一つの書類を出した。そこには、棚に粉の入った瓶がたくさん並んでいる。


「実は、彼の父親、つまり藤川病院の院長からも相談を受けているんです。それというのが、これは病院の倉庫の写真なんですが、ここにあった睡眠薬が異常に減っていることが分かったらしいんです」


「睡眠薬?」


「ええ。院内の薬については厳重に保管しているというのですが、倉庫の鍵は、普段は藤川院長が持っているらしいのです。ただ、家に帰った時は自室に置いておくこともあったようで、もしかしたら、蒼真くんが持ち出したのではないかと」


「まさか……」


「今の藤川家は院長と奥さん、それに蒼真君の3人暮らしです。奥さんにも確認したのですが、やっていないと強く否定していまして」


「すると、蒼真くんには聞いていないんですね?」


 美姫が尋ねると、青柳は頷いた。


「院長は、蒼真くんが受験生だということに遠慮して、聞けていないそうなんです。もし間違っていれば、それこそ親子関係にもヒビが入ります。それで私に相談があったのですが、私達が表立って動けば蒼真くんにも知れてしまう。だから、こちらの方で、蒼真くんを調べてもらえないかと」


 お願いします、と青柳は頭を下げた。美姫は静かにため息をついて寧々の方に顔を向ける。


「どう? できそう?」


「そうね……。彼とはお互いに意識し合っている良いライバル関係だし、周りの友達もそう思ってる。普段も彼とは結構話したりもするし、近づくことはできるけど、そうすると実際に調べるなら珠洲ってことになるでしょ?」


 そう言って寧々は隣の珠洲に顔を向けた。


「私は……まあ、いいけど」


 珠洲が答えると、青柳は彼女に向かって「ありがとうございます」と頭を下げた。

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