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影踏み一族は舞う!  作者: 市川甲斐
3 薬袋の影
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(3)

 翌日の放課後だった。合唱練習が終わり、いつものように教室の机を戻す作業を最後まで手伝った。そして、葵とともに教室を出て廊下を歩いている時、「薬袋さんの父親の事を聞いた」と話を持ち出した。すると彼は、「そう」とだけ答え、大きくため息をついて暗い顔をした。


「薬袋さんは音楽部の活動が好きだったんだ。1学期の頃までは、すごい楽しそうにしててさ。音感も良くて、アルトのパートで頑張ってたし、キーボードとかで最近の曲を弾いて歌ったりしてた。だけどあんなことになって、2学期になってまだ一度も音楽部に顔を出してない。あの秋山先輩も1学期までは彼女と結構仲が良かったんだけど、何も連絡していないみたいだし、1年生の間でも彼女を呼ぼうって言い出せなくてね」


「そうか……でも、葵ならできるんじゃないの? 僕が転校して来た時に話しかけてくれたみたいに」


「うん……」


 彼は自信無さそうに下を向いてから、続けた。


「実は、文化祭は音楽部の合唱の発表もあるんだ。アルトのパートは元々少なかったから、彼女がいないことも痛いことは確か。だから、何とかして彼女には来て欲しいんだけど」


「だったら、それを正直に伝えて誘ってみたら」


「うん……そうだね」


 葵は小さな声で答えた。



 その日は朝から曇ってはいたが、午後から大雨になっていたので、部活は休みになった。自転車置き場に来て、リュックから透明のカッパを取り出して着ようとしたとき、後ろから声を掛けられた。


「どうだったの?」


 振り返ると、いつの間にか珠洲が薄い水色の傘を差して立っていた。カッパを着ながら首を横に振って、彼女の方を向いて答える。


「でも、葵ならきっとやってくれるよ」


「どうかな……」


 珠洲は横を向いて言う。


「たぶん、こういうのって、きっかけが必要だと思うんだけど」


「きっかけ?」


 そう尋ねると、彼女は頷いた。


「しょうがないわね……少し手伝おうか?」



 ******



 それから僕は校舎に戻って図書室に入り、端の方にある自習スペースに座った。その先の奥に入った場所には、机と椅子が並べて置いてあり、そこにはたくさんの生徒の姿が見える。おそらく3年生が勉強しているのだろう。


 リュックからルーズリーフを取り出して半分に折り、シャーペンでそこに文字を書いていく。僕の字は綺麗ではないとは思うが、できるだけ丁寧に書いたつもりだった。書き終わるとそれをリュックの中に入れてすぐに立ち上がり、端の方にある本棚の辺りに向かった。


 その辺りは郷土資料などが各種揃えてある棚だが、僕も来たことはなく、その時も人気は無かった。本棚を見回してみると、山梨県の関係の資料のほか、地元の市山町や周辺の市町村の歴史資料、文化財、統計などの資料が多数揃えてある。僕はその中から、市山町の概要を図表や写真で示した冊子を手に取った。少し目を通してみると、元々、この町は昔から和紙や花火の製造が盛んだという。その関係で、毎年8月に大きな花火大会があり、その日は多くの観客が訪れるらしく、夜空に美しい花火が上がっている写真がその冊子に載せられていた。しかし、僕がここに引っ越してきたのはそれが終わってからだったので、そうした印象は全く無い。


(来年は見てみたいなあ——)


 その花火の写真を見ながらふと思う。僕はそれを見上げる。そして、その隣には浴衣姿で座った彼女。長い髪を綺麗に結ったその彼女は……。


「はい。これ」


 突然、横から白い紙が差し出された。思わずドキッとして顔を横に向けると、そこには珠洲が立っていた。思わず「ひっ」と声を出して一歩足を引いた。


「何驚いてるのよ。……何? その本」


「い、いや……別に」


 開いていた本を慌てて閉じて本棚に戻し、珠洲の差し出した紙を受け取る。彼女はその様子を不思議そうに見ていたが、すぐにこちらに尋ねてきた。


「それで、そっちはちゃんと書けたの?」


「たぶん……」


 自信なさげに答えて、リュックから先ほどのルーズリーフを取り出した。それを広げて見た珠洲は、「まあ、こんな感じじゃないの」と言って僕に返してきた。

 

「じゃあ、後は優馬がうまくやってよね」


 そう言うと、彼女は僕の足元に出来ていた影の中にさっと飛び込んだ。



 ******



 玄関に向かうと周りに何人かの生徒がいて靴を出して次々に出て行くところだった。僕は、その近くで様子を見ながら、ちょうど人が少なくなった時に、狙っていた靴箱の一つに封筒を入れる。そして、何事もなかったかのように外に出た。


 辺りは既にかなり暗くなってきていた。この辺りは山に囲まれた盆地の端にあるためなのか、陽が沈むのが埼玉よりもずっと早い気がする。自転車置き場に向かう途中で、校舎1階の端の方にある明かりのついた教室の辺りから歌声が聞こえてきた。そこに葵の姿があることを確認して、自転車置き場に急いでいく。雨も小降りになってきたが、カッパを被って自転車に乗った。


 向かったのは高校から最寄りのスーパー「セルナ」だった。まだ夕方4時過ぎでそこまで客の姿も多くない。飲料の並んだ冷蔵棚からオレンジの炭酸のペットボトルを取り、レジに並ぶ。


「いらっしゃいませ」


 レジで店員の女性が頭を下げて、「このままでよろしいですか」と尋ねてきた。それに「はい」と答えて、財布から硬貨を出していく。


「あの……薬袋さんですよね?」


 僕はその途中で言う。店員がハッとしてこちらを見つめた。それは、レジ係のエプロンを着ている、薬袋由芽だった。


「僕は、4組の佐野と言うんですけど、葵から手紙を預かってて……」


「葵くんから……?」


 それに頷くと、リュックから折りたたんだルーズリーフを取り出した。


「後で読んでください。ただ、『明日、待ってる』って伝えて欲しいって」


 僕は、代金を入れる青い受け渡し容器に、そのルーズリーフを置き、逃げるようにその場を立ち去った。


 店の外でペットボトルを開けて一口飲む。さっき小降りになっていた雨が再び強くなってきていた。僕はカッパを被ってから、自転車をこぎ始めた。

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