(1)
朝から蝉の声が激しく鳴り響いている。
僕は、リュックを左肩に背負って、自転車に乗ったままその高校の校門をくぐった。自転車に乗った周りの生徒に紛れるように駐輪場に自転車を停めてから、校舎を見上げる。その4階建てで、まだ新しそうな感じの校舎が、転校してきた僕が今日から通う県立市山高校だ。田舎の高校と聞いていたが、歩いたり自転車に乗ったり、原付バイクで校門を入って来る生徒の姿もあり、登校してくる生徒は思った以上に多い。至る所で「おはよう」とか「おーっす」とかいう声が聞こえてくる。歩いて校舎に向かう所で、校門の前に立っていた教師から先に挨拶されたので、できるだけ大声で挨拶を返したつもりだったが、何となく周りから聞こえて来る挨拶の声の方が大きいように感じた。
校舎の玄関で自分のクラスの靴箱を探していく。「1-1」から順番にクラスを確認し、僕のクラスである「1-4」の靴箱はすぐに分かったが、その中で自分の氏名が書かれている場所がなかなか見つからない。モタモタしている間に、同じクラスと思われる生徒から、「おはよう」と声を掛けられてそれに軽く頭を下げて返すものの、皆が僕の方を不思議そうに見ているのを感じた。
(こいつ誰だ、って思われてるよな)
結局、氏名の書かれていない靴箱に自分の靴を入れて、上履きに履き替えた。
その日は、2学期の始業式の日だった。夏休み明けで久々に顔を合わせる生徒も多いと思うが、「久しぶり」と「初めまして」は全く違う。様々な生徒がいる中で人間関係を一から作っていくのだと思うと、本当に気が重くなった。
靴箱のすぐ先の廊下に「職員室」のプレートを見つけた。夏休み中に担任を名乗る教師から連絡があり、登校したらまず職員室に来て欲しいと言われていたのだった。その引き戸を開けると、そこは意外に広い空間になっていて、たくさんの教師達でザワザワとしていた。それぞれミーティングをしたり、机に向かっていたり、荷物を持ってそこから出たりしていくところだった。
「どうしたの?」
どうして良いか分からず立っていた僕に、近くにいた女性教師が声を掛けてきた。
「あの……今日から転校してきた佐野と言いますが、三枝先生はいらっしゃいますか」
女性は「ああ、転校生ね」と頷くと、奥の机の方に歩いて行く。すると向こうの方から、眼鏡をかけたやや小太りの男が歩いてきた。
「佐野くんだね。僕が1―4の担任の三枝です。よろしく」
やや高い声でそう言うと、「少しそこで待って」と長椅子を示された。先生は一旦自分の席に戻って少し準備をしてから、B5サイズほどの手帳を持って僕の前に来ると、「じゃあ、行こうか」言って、先に立って職員室を出た。
先生の後ろから僕も階段を上がっていく。後ろから階段を走って上がってきた生徒たちが「おはようございます」と声をかけながら通り過ぎる。1年生のクラスは4階で、学年が上がると3階、2階と降りて来る。1階には実験室や図書室、音楽室など、全学年で使う共用の教室があるらしい。階段を4階まで上がりきったところが「1―2」の教室で、ちょうどそこでチャイムが鳴った。各学年は5クラスあり、「1―4」の教室は4階でもかなり奥側にあるようだ。
「おはようございます」
先生は引き戸を開けて大声で言った。すると、当番の生徒なのか、一人の女子生徒が「起立」と声をかけた。ガタガタと椅子が動く音がして皆が立ち上がり、先生が教壇に立つと、「礼」という号令とともに「おはようございます」と皆が頭を下げた。着席の言葉に皆が席に着き、その視線が一斉に僕の方に向けられる。先生もそれを感じたのが、チラッと僕の方を見た。
「夏休み明けで、皆さん元気そうで何よりだ。……それで、既に聞いているかもしれないが、転校生が来た。佐野優馬くん。いろいろと分からないことがあると思うので、皆さんから教えてあげるように」
先生は「自己紹介して」と促すので、前を向いて言う。
「佐野優馬と言います。よろしくお願いします」
頭を下げると、先生が拍手をし、それにつられて生徒からも拍手が響いた。顔を上げると、何となく皆が見つめる視線が優しいものに感じられて少しだけ安心する。
「じゃあ、その窓側の一番後ろの席に座って」
先生が言うとおり教室の端の空いている席に座る。黒いリュックを机の上に置いてから、席に座って周りを見回した。その場所は横に6列並んだ一番窓側で、後ろの方の席の生徒だけがチラチラとこちらに視線を向けていた。
「それじゃ、これから始業式だから、体育館に行くぞ」
先生が言うと、ガタガタと皆が一斉に席を立ってザワザワとし始めた。