(2)
それから竜弥たちと別れて部活に行き、終わったのは夕方6時くらいだった。帰宅しようと自転車置き場に向かっていた。
校舎から校庭に向かって右側の方に自転車置き場が続いている。その中で、校門に近い辺りがバイク置き場になっていた。高校から8キロ程離れている場所に住む生徒は、バイク通学が認められるらしい。僕の家から高校までは5キロ弱くらいだから認められることはないが、はっきり言ってバイク通学は羨ましい。
バイク置き場の脇を歩いていた時だった。誰かが後ろから走って来るような音が聞こえた。
「ちょっと待って」
その声に思わず振り向いた。
「あっ……」
そこにいたのは、御影寧々だった。長身ですらっとした彼女は、まるでモデルのように僕の前に立っていた。そして、その表情は図書館で見た時と同じように険しい。
「あなた、いったい何者?」
彼女は名前を名乗ることもなく、厳しい口調で尋ねてきた。薄暗くなってきた校庭に風が吹いて、彼女の長い髪が揺れる。大きな瞳が不機嫌そうに真っすぐこちらを見つめていて、背が高い分、すごい威圧感があった。
「な、何者って言われても……どういう事ですか?」
「どういう事って……こっちが聞きたいわよ! 私達の事、見たでしょう?」
こちらに一歩前に踏み出し、すぐ目の前に迫った彼女の権幕に、思わず足を引く。
「み、見たって……あの、神楽のこと?」
「それ以外、何を見たっていうのよ。全く、何なのよ……。あなた、転校生よね? 名前は佐野って言うんだっけ。珠洲と同じクラスなんでしょう?」
「はい。そうですけど……」
「どうして私たちに近づいてくるのよ」
寧々が再びこちらに一歩踏み出そうとした時だった。
「そこで何をやってるんだ!」
僕の背中の方から大声が聞こえた。振り向くと、これも長身の武田校長が腕組みをして立っている。
「何かモメているような声が聞こえたが、後輩をイジメている訳ではないだろうな」
校長が睨むと、寧々は僕の方を見て言った。
「違います。ちょっと話をしていただけです。転校したばかりで、この辺りの店が分からないって言われたので」
ねえ、と彼女は僕の方を見て笑顔を見せた。その笑顔は「絶対、そうだと言え」と命令しているように感じたが、僕はあくまで平静を装って「そのとおりです」と校長に答える。すると校長は、僕の顔をじっと見てから、「早く帰りなさい」とだけ言ってどこかに歩いていってしまった。
「全く、何なのよ。アイツは」
校長の姿が見えなくなってから、寧々は吐き捨てるように言うと、ハアとため息をついた。そして僕の方を向いて尋ねた。
「まだ、時間あるんでしょう?」
えっ、と彼女の顔を見る。
「もう少し、話があるんだけど」
******
寧々は、僕の家にも近く、彼女の家の帰り道でもある、増沢大橋のたもとにあるコンビニに来るように言った。その場所までは高校から3キロくらいだろうか。場所を決めるとすぐに彼女はスクーターに乗って走り去ってしまった。僕も全力で自転車をこいでいく。ようやくそのコンビニに着いた時には、既に山の向こうに陽も沈んで薄暗くなってきたが、僕は暑さで汗だくになっていた。
彼女はコンビニの駐車場の端にスクーターを停めて、パックのオレンジジュースを飲んでいた。僕に気づくと、手にしていた同じパックをこちらに差し出した。
「はい。これ」
受け取ったパックはまだ冷たかった。まだ息が上がっていたので、ストローを差して口を付けると、冷たい中身が喉の奥を潤していく。それでようやく全力疾走した体が少しずつ冷やされる気がした。
「ちょっと、川沿いの土手まで行こうよ」
寧々は自分のジュースを飲み終えると、そのパックをゴミ箱に入れてから、スクーターを押して歩き出した。僕はまだジュースを飲んでいたが、それを手に持ったまま、その後ろから自転車を押した。
そこは、2つの大きな河川が合流する場所にあたっているので、そこに架けられた増沢大橋もかなり長い。真っすぐに続く橋の脇から、人気のない土手に進んで行くと、しばらく歩いた場所で寧々がスクーターを停めた。
西側の山に陽が沈んでから、辺りは急に暗くなってきた。川沿いを吹き抜ける風も、やや涼しく感じて気持ちいい。寧々はスタンドを立てたスクーターに腰かけてこちらを向いた。
「それで、どうやってあの神楽殿まで来たの?」
高校で尋ねられた時と違って、怒っている様子ではない。ただ、薄暗い中で見える彼女の瞳はじっとこちらを見つめている。
「どうやってって……普通に御影さんの家から出て、あの場所まで行っただけですけど……」
「あのねえ。……あの神楽殿は、お婆ちゃんが結界を張っているから、普通の人には見えもしないし、近づけないの。だから、あそこまで近づけたのは、あなたは普通の人じゃないってこと。でも、あなたはたぶん敵じゃないって、お婆ちゃんは言ってた」
「て、敵って……何ですか、それ」
「それに、あなたのお父さんは、私のお母さんと高校の同級生だったんでしょう? それによく知ってた信頼できる人だって、お母さんも言ってた」
信頼できる人、という言葉にドキッとする。一体、彼女らの母と僕の父は、どんな関係だったのだろうか。
「だから、正直に話して欲しいんだけど。あなたが見た事を」
「そう言われても……確かあの時、鈴の音が聞こえてきたから、どこから聞こえているんだろうって思って、裏の方の玄関から外に出て行ったら、神楽を舞っている御影さん達を見つけたんです」
「裏の玄関? どうしてあそこから……まあいいわ。じゃあ、私達の神楽を見て、何か不思議に思わなかった?」
その時の事を思い出す。静かな木漏れ日の中で、姉妹は美しく舞っていた。その鈴の音だけが森の中で静かに響いていたことをはっきりと覚えている。
「あのう……確か、お二人で神楽を舞っていて、その途中で御影さん——珠洲さんの方ですけど——急に姿が見えなくなって」
そう答えると、寧々は大きくため息をついた。
「やっぱり見てるじゃん。『影踏み』のこと」
「カゲフミ?」
「そう。あなたも影踏みの一族なんでしょう? だからあの場所に来ることができた。お婆ちゃんはそう言ってたけど」




