(1)
週明けの月曜日になり、先週までと同じく大声で挨拶をして校門をくぐっていく。ザワザワとしている教室の中で自分の席に座ると、その後ろの席には既に御影が座っている。彼女は静かに何かの単行本を読んでいるようだ。
「おはよう」
自分の席について彼女に声をかけると、彼女は顔を上げた。
「おはよう」
小声でそう答えると、彼女はすぐに手元の本に視線を落とす。改めて見ると、厚そうな眼鏡の奥にある彼女の瞳は相当大きく、夏服から伸びる肌もかなり白い。
「昨日、御影神社に行ったんだけど」
彼女の方を向いたままそう続けると、面倒そうに彼女が顔を上げた。
「ウチの父さんと、御影さんのお母さんって、高校の同級生だったんだね」
すると彼女は明らかに興味無さそうに「らしいね」と言って再び本に視線を戻す。
「あれって、神楽だよね」
僕がそう言うと、彼女は今度はハッとしたように急に顔を上げた。
「何のこと……」
「いや、何て言うか……ちょっとびっくりして。その……綺麗だったから」
「えっ――」
彼女はそこで黙ってしまった。その大きな瞳がじっとこちらを見つめる。その威圧感に思わず体を引いた。
「あ、あれって……御影さんだよね?」
再びそう言った時、チャイムが鳴った。ガタガタと椅子を動かして皆が席についていく。すぐに引き戸が開いて教師が入ってきたので、急いで前を向いた。
******
その日の昼に、いつものように竜弥と葵と3人で弁当を食べている時、御影が教室から出て行ったのを確認してから、「御影の姉を見たい」という話をした。
「マジで?」
尋ねる竜弥に真顔で応える。
「お前って、意外と積極的? というか、都会人はみんなそういう感じなのかよ」
やや引き気味の竜弥に僕は慌てて首を振る。
「そ、そういうんじゃないけど……本当にただの興味本位だから。御影さんとどれくらい似てるのかな、って思っただけで」
ハハハと笑ってごまかす僕に、葵が笑って言った。
「まあ、いいじゃん。どうせ僕達なんて、あの人を見たところで、何も起こりようがないんだから」
それを聞いて竜弥もため息をして頷いた。
******
その日の授業が終わってから、竜弥の案内で僕達は急いで3年生の教室のある2階に降りて行った。
「あの人は確か1組だった筈だけど」
そう言って廊下の端にある1組の教室に向かう。既に教室からは生徒が出てきている。竜弥の後ろから僕も教室の中を覗いてみるが、彼女と思われる人の姿は見えない。
「もう帰っちゃったかな」
葵が残念そうに言う。3年生は受験があるため、授業が終わればすぐに帰宅する生徒が多いのかもしれない。
「図書室を覗いてみるか」
竜弥が言うのに頷いて、急いで1階に降りていく。
図書室は静まり返っていた。貸出と返却のカウンターの辺りで、小声で話す声が僅かに聞こえるだけだ。竜弥に続いて奥の方に入って行くと、一人用の自習スペースのような机が並んでいる場所に、生徒が何人も座って勉強しているのが見えた。
(あそこにいるな)
竜弥が小声でそっと指差した。彼が示す方に何人かの生徒の姿があったが、その中に一際長い髪をした女子生徒の姿が見えた。彼女は他の生徒と同様に、黙々と机に向かって勉強している様子だ。
(あの人だ――)
間違いない。この前、御影とともに神楽を舞っていたのはこの人だ。彼女は今も眼鏡を掛けていないので、すぐに分かった。座ってはいるが、何となく長身であることも想像できる。
すると、彼女の隣に長身の男子生徒がやってきた。彼女はその方を見上げて何かを話していたようだが、笑顔で手を振って男子を見送っている。その男子を見送っていた彼女の視線が、突然、僕の視線と合った。すると、彼女は急に笑顔を消して、こちらを睨むような感じでじっと見つめてきた。僕はドキッとして顔を横に向け、その視線を避ける。
「あれって、2年の古屋先輩だろ? バレー部のイケメンの」
隣で竜弥が舌打ちして小声で言う声がした。彼らが見ている方に顔を向けると、さっきの男子生徒が貸出カウンターで手続きを取っていて、その本を自分のリュックに詰めてからこちらに向かって歩いて来た。僕よりも相当に身長も高く、180センチ以上ありそうだ。彼は、僕たちの隣を通り過ぎていく。
(あれ?)
どこかで彼の顔を見た気がした。誰だったかと考えているうちに、彼の後ろ姿が図書室から消える。
「あっ!」
思わず声を上げた。竜弥と葵が驚いて振り向く。
「どうした?」
「あの人って……」
彼は、この前の土曜日に、御影の自宅の和室から一人で出てきたあの男だ。それを言おうとしたが思わず言葉を飲み込む。竜弥たちに御影の自宅で彼に会ったことを説明しようとすると、僕がそこに行ったことも言わなければならない。「父さんと御影さんの母親が同級生で」と言う事実を知られると、何となく面倒な感じになりそうな気がした。そう考えていた時、僕達の方に一人の女子生徒が近寄り、「すみませんけど」と声を掛けてきた。
「図書室は静かにしてください」
腕に「図書委員」のホルダーを付けた彼女は、そう言って眼鏡の奥から冷たい視線を向けてきた。周りを見ると、何人かの生徒達もこちらを見ている。思わず「すみません」と言って、3人ですごすごと図書室を後にすると、葵がため息をついて言った。
「寧々さんって、やっぱり、古屋先輩と付き合っているのかな。結構噂になってたからね。一緒に歩いている所を見かけたって」
葵が残念そうに言うと、隣で竜弥もため息をついた。




