プロローグ
円い大きなテーブルの前に、私とその男は向かい合って座っていた。
辺りは真っ暗な空間で、テーブルの上に一つだけランプのような形の電灯がついている。白熱電球のようなその光が、私とその向かい合っている男とをぼんやりと映し出していた。その場所は、慣れているとはいえ、私にとっては嫌な空間だ。
「もう8月も終わりだな」
向かい合った男が静かに言った。
「あと、半年ですか」
私も答えると、男はゆっくりと頷く。
「君が私の所にやってきて2年。……私は君の事を長い間疑っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。君は実に優秀な人間だ」
「そんなことはありません」
薄暗い空間で、この部屋の全容はおろか、男の顔すらはっきりと見えない。その暗闇に誰か潜んでいるのか、それとも彼を守る仕掛けがあるのかも全く分からない。
ジジ——。
ランプの辺りから僅かに音が聞こえた。額から汗が滴り落ちる。それは夏の暑さだけではない。不快な汗だ。
「私は待ちたいのだよ」
「どういうことですか?」
「君ならばあの子を呼び出すのも簡単だろう。いや、私だってそれは簡単かもしれない。しかし、単に呼び出すのでは面白くなくてね。あの子を含め、彼らが今後の輝かしい未来に向かって一つの幸せの絶頂にいる時に、その全てを奪ってしまいたいのだ。……そう、あの頃の私のようにね」
男は名刺入れを取り出した。そこから一枚の小さな紙を取り出して視線を落とす。彼が見ているのは昔の写真だ。ここから私にはその写真は見えないが、そこに写されている人物のことは知っている。
「フフフ……急ぐことはない。彼らは私のことを知らない。それに私もその時まで自ら動くことはしない。私が連絡するまで、君もいつもの旅館でしばらくゆっくりと過ごしてくれ。以上だ」
男の言葉を聞いて私は立ち上がり、一礼してその部屋を出た。ドアを開けて出た先は長い廊下で、白く輝く電灯が天井に続いている。ドアをバタンと閉めてからその電灯を見上げて大きく深呼吸すると、今度はゆっくりと足元を見下ろした。
そこには、電灯に照らされた自分の影が、床にはっきりと映し出されていた。