9 意外な来客
突然家に訪れたカロリーナ様は、本日も可憐な装いだった。
水色のレースがふんだんに使われた、華奢な腰をさらに細く見せるようなドレスは、カロリーナの儚さを感じさせる美貌をさらに引き立たせている。
大きく澄んだ青の瞳を細めて、カロリーナは親しみがこもった声音でアレッタに語りかけた。
「ご機嫌よう、アレッタ様。私どうしてもあなたに会いたくて、こうして屋敷まで押しかけてしまいましたわ。ご迷惑でなかったらよろしいのだけれど」
(どうしてこんなに親しげに話しかけられてるんだろう、私……カロリーナ様とはほとんど初対面だし、いわゆる恋敵なのよね? 私達って)
アレッタはカロリーナにお茶をすすめた後、ひきつった笑みを返した。
「いえその、迷惑だなんてことは……」
言葉を濁すが、迷惑だとハッキリ顔に出てしまっている自覚がある。アレッタが思わず用意した扇子で顔を覆うと、カロリーナはしゅんと眉尻を下げた。
「そうですよね、突然押しかけて非常識でしたね。あの、用事を済ませたらすぐに帰るから安心なさって!」
「わ、わかりました……用件を伺ってもよろしいですか?」
チラリと扇子から目だけを出したアレッタがそう問いかける。マナー的にはこんなに顔を隠すのはアウトだが、カロリーナ様は気にしていないようだから今回だけは見逃してほしい。
カロリーナは胸の前で手を組んで申し訳なさそうな顔をした。そうしていると華奢な肩や、体に比べて大きい胸が強調されて見える。
「アレッタ様、この度は大変申し訳なかったですわ。わたくしがテオ様に懸想しただけならまだしも、両思いになった途端にあんな風にお披露目されるなど思ってもみなかったんですの」
「はあ……そうでしたか」
「全くもう、テオ様ったら。ガーデンパーティーの後抗議をしたら、私への愛おしさが抑えきれなかったって仰ったんですのよ。そんなこと言われたら許さざるをえないじゃないですか、もう」
カロリーナはうっとりとため息をついた。頬は可愛らしく薔薇色に色づいている。
いちいち仕草が女らしくて、アレッタからすれば少しわざとらしいと感じるくらいだった。
アレッタが一度相槌を打ったきり沈黙していると、カロリーナは身を乗りだして本題に入った。
「そうそう、今日はその話をしにきたのではないのですわ。私、アレッタ様とお友達になりたいのです!」
「ええ?」
(どうして? 私はあなたとテオドール殿下によって社交界の笑い者にされて、今後爪弾きにされる予定なのでしょう?)
アレッタの困惑を受けて、カロリーナは人差し指を頬に当てて小首を傾げた。
「アレッタ様は妖精が見えるのですわよね? 私、妖精にお願いしたいことがあるのですわ!」
(ああ、なるほど。妖精さん目当ての方なのね……)
大切な妖精達に無茶なお願いをしてほしいと頼まれることはこれまでにもあった。
その度にアレッタは定型文のようにこう切り返すことにしていた。
「妖精さんは善意でお願いを叶えてくれることはあるらしいけれど、私からお願いしたことはないんです。聞いてもらえるかどうかわかりません」
「そうなんですの? では妖精はどうやって魔法を使っているかご存知かしら?」
「妖精の魔法も、使ってほしいと頼んだことがないので私も詳しく知らないんです」
「では、王都で妖精さんに会える場所はあるのかしら?」
カロリーナは矢継ぎ早にアレッタに質問を繰り返した。アレッタは答えられる質問には答えたが、答えられない質問もたくさんされてだんだん疲れてきた。
「へえー、そうなんですの。アレッタ様はやっぱり妖精に好かれるんですのね」
「まあ、見えない人よりは好かれているかもしれません」
「お茶も飲み終えてしまったし、そろそろ帰りますわ。今日は貴重なお話をありがとう、また来てもいいかしら?」
「ええと、カロリーナ様が私に会いにこられることについて、テオドール殿下は心配なさったりしないんですか?」
アレッタはなんとか断りたくて、テオドールの名前を引き合いに出してみた。
「テオ様は御心の広い方ですから、私がすることにとやかく口を出したりなさりませんわ。まあでも、心配はされるかもしれませんね」
(そうですか、カロリーナ様相手だと彼は御心の広い方なんですね。
私に対しては、会うたびにやれ似合わないドレスを着ている、もっと地味な方がお似合いだ、地味にしたらしたでその地味さをバカにしてくる、と御心の広さを感じたことはなかったんですけれど)
アレッタが呆れて半眼になっていると、金色の巻き毛の彼女は悪戯っぽく唇に人差し指を当てた。
「ですから、アレッタ様も私と会ったことはテオ様に秘密になさってくださいな? また会いにきますから、お友達として!」
さも嬉しいでしょう? と言いたげにカロリーナが微笑むので、アレッタも精一杯の笑みを返す。きっと盛大に引きつっているだろうけれど。
嵐のようにアレッタの心の中を荒らしていったカロリーナは、来た時と同じように唐突に帰っていった。アレッタはホッと胸を撫で下ろす。
(ああ、やっと帰ってくれた。まったくもう……妖精さんに興味があったみたいだけれど、結局なんのお願いをしたいのかよくわからなかったわ。
なんだかもう屋敷にいてもいいことがないから、公園にでも出かけて気分転換しようかな)
「ごめんなさい、そこのあなた。外出をしたいから、手の空いているメイドに着いてきてもらえるようお願いできる?」
「かしこまりましたお嬢様、手配致します」
メイド達はよそよそしいが、仕事はきっちりしてくれる。ほどなくしてメイド一人と御者を用意してもらえたので、アレッタは出かけることができた。
公園は王侯貴族であれば自由に利用できる。狩りを楽しむ人が多いが、アレッタはもっぱら森林浴や散策をするという名目で公園に訪れていた。
王都の街並みを抜けしばらく進むと、やがて大きく育った木々が何本も立ち並ぶ場所に着く。
「ここで下ろして、あなた達は馬車で待っていて。少し散策してくるわ」
「お嬢様、お一人では危険です」
「大丈夫、いつもなにも危ないことはないでしょう? ちゃんと帰ってくるから今は一人にしてほしいの」
アレッタがそう頼みこむと、メイドは馬車で待機してくれた。アレッタは悠々と木々の中に分け入っていく。
とは言っても、本当に一人になったりはしない。姿が見えなくなるほど遠くに行けば、今度から外出を渋られてしまうと経験済みなので、馬車が見えるか見えないかくらいの範囲でうろちょろするだけだ。
アレッタは森林浴が好きだが、妖精はもっと好きだ。公園を訪れれば、だいたいは妖精さんに会うことができた。
(今日はどんな妖精さんに会えるかな。この前は土妖精の女の子と会って、彼女のお気に入りのふわふわな土を見せてもらったのよね。まだ同じ場所にいるかしら?)
アレッタが前回歩いた道を同じように進むと、土妖精の彼女はそこにいた。今日は同じ土妖精の男の子も一緒だ。
どちらも茶色い髪をしていて、女の子は赤褐色の瞳、男の子の方は金色だ。鉱石で飾られたコウモリ羽をバサバサと動かしながら、女の子の土妖精がアレッタの元に飛んできた。
「アレッタだー、久しぶり!」
「こんにちはフラウ、今日はお友達と一緒なの?」
「やあ、フラウの友達? 俺はタウだ」
「こんにちはタウ、少しお邪魔してもいいかな?」
「いいよ」
気さくな妖精に迎えられて、アレッタはタウとフラウとお話をした。
この前のふわふわの土は今フラウとタウの住処になっているらしい話や、タウが最近妖精界から人間界にやってきたことを聞いた。
妖精界の話が出たので、アレッタもその話題に乗っかってみる。
「私もこの前妖精の国に行ったの」
「へえー! どこの国?」
「花と水の国よ、知ってる?」
「俺知ってるよ! 兄ちゃんがそこに住んでんだ」
タウは嬉しそうに宙返りをした。
「なあなあ、アレッタは花と水の国の王子に会ったことはあるのか?」
「あるわ。実は、その王子様が妖精の国に連れていってくれたの」
フラウはそれを聞いて、手を叩いて喜んだ。
「そうなのー!? じゃあアレッタは王子様のお嫁さんになるんだ!」
「わお、兄ちゃんも喜ぶな!」
「えっ」
なんでそういう話になるのかと驚くアレッタを尻目に、妖精達は興奮して辺りを飛び回った。
「なあ、こんなところで俺達と話をしている場合じゃないぜ!」
「そうだよアレッタ、私達と会っている暇があるんだったらぜひ王子様に会ってきて!」
やたらと押しの強い妖精達に、アレッタはたじたじだ。
「ええっ!? でも昨日会ったばかりだよ?」
「そんなの関係ないよ、王子様は絶対アレッタに会いたいはずだよ」
「そうそう、なんなら俺らがその王子様のところに送ってやるよ!」
タウのその一言に、フラウはパッと笑顔になった。
「タウ、それいいね! そうしよー」
「よっしゃ、フラウやるか!?」
「できるできる、いけるいけるー」
「な、なになに!?」
アレッタの周りに土の壁が築かれ、膝まであるそれに身動きがとれなくなる。
「アレッタ、行ってらっしゃい!」
「俺の兄ちゃんに会えたらよろしくな! 俺とおんなじ色してるソルってやつだ!」
「待って待って、ちょっとー!!」
アレッタが叫ぶも二人の勢いは止まらない。土壁がどんどん迫り上がり、目の前が真っ暗になる。




