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8 妹との確執

 部屋に戻ったアレッタは、詰めていた息を吐きだした。屋敷の人間は父の命には逆らえない。この屋敷にもアレッタの味方はいなかった。


 領地のメイドや(うまや)番となら仲がよかったのに、ここではアレッタと親しくしてくれる人はいない……妖精姫の肩書は、王都ではなんの役割も果たしてくれなかった。


 アレッタは花束を飾れるものを探した。この部屋に花瓶は無い、買ってもいつの間にかなくなってしまうのだ。妖精嫌いの父が、花瓶を捨てるように屋敷の使用人に言いつけているのだろう。


 人を迎えるためのホールにだけ、大きな花瓶と共に来客用の花が飾られている。しかしアレッタがそれを借りることはできそうもなかった。


 迷った末に、アレッタは机の下に花を隠すことにした。人の目にもつきにくいが日の光が当たらない、奥まった空間だ。


「ごめんね……本当はもっと日当たりのいいところに置いてあげたいんだけど」


 見つかったら捨てられてしまうかもしれないから、捨てられるよりは隠すようにしてでも飾っておきたい。


 ガラスでできたコップを花瓶がわりにして花を生ける。窮屈そうだけど、これ以上はどうしようもない。せめてもの償いに、お水は井戸から汲んできた新鮮な水を与えた。


 椅子を机の下に入れると花は完全に隠れた。後はベッド周りを汚したり、机の上に本をたくさん置いたりしておけば当分見つからないはずだ。


 最近入ったメイドは掃除が少しばかり適当なので、目につく汚れがあるならそちらを綺麗にしたら掃除したことにするだろう……どうかそうであってほしい。


「これでいいかな。ふう……」


 現実に戻ってきてからため息が止まらない。アレッタはふるりと首を振った。いけない、気持ちを切り替えないと。


 机の引き出しを開けて手紙の入った箱を取りだす。領地にいる九歳の弟、ケネットからの手紙だった。


 最近はずいぶん字が上手くなって、単語も間違えずに書けるようになってきた。拙い字で一生懸命に、アレッタへの親愛の気持ちがこめられた手紙を見ていると、心が安らぐ。


 前回手紙を出したのはつい昨日のことだから、返事が届くのはまだまだ先だろう。


"親愛なる姉様へ

 姉様、お元気ですか? ぼくはこの前、はじめて馬に乗りました。背が高くなって、少し怖かったけど遠くがよく見えるので楽しいです。

 姉様は馬に乗れると聞きました。いっしょに乗れる日が楽しみです。

 ケネット"


 短い手紙を一通り読みなおすと、大切に箱の中にしまいこんだ。


(ケネットに会いたい、領地のみんなに会いたい、領地の森に住む妖精さんにも会いたい)


「ユース……」


 早速ユースにも会いたくなって、アレッタは苦笑した。


(さっき会ったばっかりなのにもう会いたいなんて言ったら、呆れられるかな?)


 父はアレッタを領地に帰すことはないだろう。

 アレッタが妖精と触れあうのを、父はことの外嫌う。


 だからこそ婚約者と仲良くするように言いつけて、妖精の少ない王都の屋敷に送りこんだのだ。


 領地には帰れない……けれどきっと、ユースにはまたすぐに会える。アレッタは今からその日が楽しみでならなかった。





 次の日、地味な茶色のドレスを着たアレッタは、テラスで植物の生態の本を読んでいた。


 鮮やかな紫色の肩出しドレスを着たレベッカが、姉の元へと歩み寄ってくる。


「おはようお姉さま、昨日のお花はどうされたの?」

「おはようレベッカ、心配しなくてもあなたの目に入るところには置いていないわ」

「ふーん? そう……」


 こういう時にサラッと嘘がつけたらいいのだが、アレッタは嘘やお世辞を言うのがめっぽう苦手だった。


 捨てたとは言えなくて、レベッカに疑いの目を向けられてしまう。


 けれどレベッカの口から出てきたのは別の言葉だった。


「ねえ、昨日のドレスはどちらで購入されたの? 流行の型とはずいぶん違うけれど、なかなか素敵だったから一度お店に行ってみたいわ」

「ええと、さるお方から頂いた物だから、誰が作った物かは知らないの」

「まあ! お姉さまにドレスを贈るなんて、とんだ物好きもいたものね。どなたからいただいたの?」

「それは……言えないわ」


 アレッタがごまかすと、レベッカは目を吊り上げて腕を組んだ。


「あら、そう。私には教えたくないってことなのね」

「そういうわけではないけど、でも言えないのよ」

「言えないってことは教える気がないってことでしょう? お姉さまはいつもそう。秘密主義で、根暗でケチで、私のささやかなお願いひとつ叶えてくれないんだから」

「そんなつもりじゃないわ」


 アレッタが反論すると、レベッカは椅子に座ったアレッタを睥睨しながら口にした。


「ねえ、昨日の夜会はお姉さまの話題で持ちきりだったわよ。地味で気がきかないって理由で婚約破棄されるなんて、よっぽど根暗で陰気でどうしようもない女なんでしょうねって、噂になっていたわ」


 レベッカが口の端を吊り上げる。アレッタが聞きたくないというように本に視線を向けても、レベッカはとうとうと語り続けた。


「きっとお姉さまにドレスを贈ったその方も、噂を聞いて後悔なさるんじゃないかしら。まったく、こんな人が姉だなんて、わたくし恥ずかしくってたまりませんわ。あーあ、気分が悪い」


 レベッカは言いたい放題に思いをぶちまけると、踵を返して玄関ホールへ向かった。また誰かの家のランチ会にでも呼ばれているのだろう。


 レベッカは昔から周りにあわせるのが上手な要領のいい子だったけれど、領地にいた頃はアレッタにもっと優しかった。


 どちらかというとどんくさくて、ボーッとしたところのある姉を引っ張って冒険に連れだすような活発な娘だった。


 喧嘩もよくしたし、趣味や性格が違うので衝突することもあったけど、普通に仲はよかったのだ。


 王都に来て、社交に精を出すうちにレベッカは変わってしまった。


 社交界でテオドールがアレッタを馬鹿にするような噂を流すと、最初はそれに対して怒ってくれていたのに、いつの間にかレベッカまで一緒になってアレッタを馬鹿にしはじめた。


(もう一度あの頃のように仲良くできればいいのに、上手くいかないなあ……)


 アレッタは気をとりなおして本を読もうとしたが、目が滑るばかりでろくに内容が入ってこなかった。


 アレッタが本を読むのを諦めてしおりを挟むと、メイドが声をかけてきた。


「アレッタ様、来客が来ております」

「え。どなたが?」


 今更アレッタを訪ねてくる人の心あたりなんて、一人もいない。


「キュレル公爵令嬢です。客間にお通ししてもよろしいですか?」


(キュレル公爵令嬢って……カロリーナ様!? テオドール殿下の婚約者になった人が、私になんの用があるっていうの?)


 嫌味のひとつでも言いにきたのかもしれない。会いたくなかったけれど、爵位が上の人に逆らうという選択肢は存在しない。


 先触れもなにもなかったが、迎えいれないわけにはいかなかった。


「……ええ、お通しして」

「かしこまりました」


 ああ、いったいなにを言われるんだろう……アレッタは肩を落としながらも、本を書庫に戻すために立ち上がった。

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