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7 現実に帰る

 アレッタが現実を思いだして落ちこみそうになったところで、新たにユースに話しかける妖精がいた。


「殿下、こちらにおいででしたか」

「ロイス。どうかしたか?」

「少々急ぎの案件がございまして、お時間をいただきたいのですが……」


 ロイスと呼ばれた妖精は紫の髪に紫の瞳をしていて、スラリとした細身の体を黒いシャツで包んでいた。


 彼は長身をわずかにかがめながらユースに何事かを耳打ちした。ユースは頷き返す。


「そうだな、アレッタを送り届けたら執務に戻ろう」

「かしこまりました」


 ロイスはユースに一礼すると、アレッタの方に向き直り会釈をした。


「アレッタ嬢ですね? 私は花妖精のロイス・コランバインと申します。ユスティニアン殿下の参謀役のような者です。以後お見知りおきください」

「ロイスは頭も切れるしとても頼りになる、アレッタもなにか困ったことがあれば彼に頼るといい」


 上品に微笑むロイスには、どことなく色気があった。大人の男性という感じだ。アレッタは気後れしながらもなんとか言葉を返す。


「あの、ご丁寧にありがとうございます。アレッタ・ユクシーです、こちらこそよろしくお願いします」

「いずれ俺の花嫁となる女性だ」


 横からそうユースが口を挟みながら、アレッタの茶色の髪を一房手にとり口づけた。

 アレッタは仰天して飛び上がってしまう。


「えっ、ええ!?」

「そう言ってはいけないか?」

「えっと、その……」


(気が早いよユース!! そんなこと言って、ロイスさんに本気にされちゃったらどうするの!?)


 そう叫びたかったが、花嫁だと言われるのが全然嫌じゃないことにも同時に気づいてしまったアレッタは、それ以上の言葉が出てこなかった。


 ロイスは一瞬ポカンと面食らった顔をしたが、にこにこと微笑むユースと二の句が告げない様子のアレッタを見比べ、にっこりと笑った。


「私は王子の幸せを祝福しますよ」

「ちが! その、待ってロイスさん、私その、まだ花嫁になるとは決まっていなくて!!」

「おや、そうなんですか? 私のことはロイスと呼び捨ててください、アレッタ嬢とはこれからもつきあいがありそうですから」

「は、はいぃ」


 顔から火が出そう……アレッタは赤くなった頬を隠しながら、ユースを見上げた。


「ご、ごめんなさいユース、私……」

「いいや、俺の方こそ突然悪かった。そうなったらいいと思う願望を口にしただけだから、気にしないでくれ」

「そうじゃなくて、それもなくはないけど、私……もう人間界に帰るわ、帰らないといけない用事があるし」


 それに、これ以上は心臓がもたない。

 アレッタが帰ると告げると、ユースはアレッタの手を取り直した。


「そうか、名残惜しいな。アレッタ、また会ってくれるだろうか?」

「うん、よかったらまた妖精の国を案内してくれる?」


 アレッタの提案に、ユースは朗らかに微笑んだ。


「ああ、もちろん。そうだ、少し待ってくれ」


 ユースが宙に手をかざすとふわりと風が吹いて、先程花畑でみた白と紫の花弁のアルストロメリアのブーケが、彼の手の中に現れた。


「ロイス」

「はい」


 ロイスはどこからか薄紫色の包装紙を取りだすと、手際よくブーケを包む。あっという間に仕上げられたそれはユースの手に返され、アレッタの手元に渡った。


 ブーケは丸っこく形が整えられていて、艶々の白い百合のような花弁が満開になっている。


「わあ、素敵」

「この花が枯れるまでには、必ず会おう」

「ええ、ありがとう。また会いましょう」


 アレッタはブーケを胸元に引き寄せた。


「アレッタ、君がもし俺に会いたくなったら、この花束に向かってユースと三回唱えてほしい。花束はこのままの形で飾ってくれ、形が崩れるとフェアリーサークルが機能しなくなってしまうから」


(フェアリーサークルって、本で見たことがあるわ。確か、妖精の世界への入り口なんだよね)


「わかったわ。そうだ、ドレスはこのままで大丈夫?」

「人間界でも使えるように妖精の魔法がかかっているから問題ない。では、屋敷へ送ろう」


 ユースがブーケに手をかざすと、アレッタは花の香りのする風に包まれる。目を閉じてしばらくすると、周りの空気が変わったのがわかった。


 そっと目を開ける。アレッタは屋敷のすぐ側の小さな庭に立っていた。

 初夏だというのに花の一つも咲いていない殺風景な庭を見て、先程までの色彩溢れる空間との落差に思わずため息をついてしまう。


 時間を確認しようと空を見上げた。ガーデンパーティーに呼び出されてからだいぶ時間が経っているらしく、時刻はもう夕方だ。


 赤く染まりはじめた緑の少ない庭の中で、摘みたてのアルストロメリアと贈られたドレスのビジューがキラキラと輝いて見えた。


「ふふっ、早速ブーケを部屋に飾らなくちゃ」


 夢のような時間だった。だけど夢じゃなかった。アレッタの手の中に咲き誇るブーケがそう教えてくれた。


 弾むような足取りで屋敷の中に入ると、会いたくない人物に会ってしまう。


「あら、お姉さま。珍しくマシなドレスをお召しになって……どうされたの、そのブーケ」

「レベッカ……今日は家にいたのね」


 艶めくブルネットを結い上げ、吊り目が強調されるような化粧を施した一つ年下の妹、レベッカは扇で顔を隠しながら嫌味ったらしく姉に語りかけた。


「そのようなものを持ちこんだら、またお父様に文句を言われますわよ? まさか、また花妖精とやらに会っていたのかしら。いい年して妖精、妖精と人ならざる者にばかりかまけているから、婚約破棄なんて不名誉なことをされるのよ」

「! もう知っているのね」


 ガーデンパーティーが終わってからそう時間は経っていないだろうに、家にいたはずの妹はどうやってそのことを知ったんだろう。


 いや、赤いフリルドレスを身につけているから、もしかしたら外出した後だったのかもしれない。着ているのは夜会風の胸元が開いたドレスだけれども。


「先程屋敷に連絡がきましたわ。第二王子の従者が直々に、わたくし宛に手紙を届けてくださいましたの。アレッタはどうしようもなく愚鈍な女なので婚約を破棄させてもらったが、妹のお前にはなんの咎もないから今後も王宮へ遊びにきてほしい、ですって!」


 ほほほと高笑いするレベッカ。アレッタは言葉もなく立ちすくんだ。


「お姉さま、お可哀想に。殿下に見捨てられたら、ろくな嫁ぎ先はありませんわよ? わたくしのように身の丈にあった婚約者を用意してもらえばよかったのにね、本当にお可哀想」


 レベッカは同じ爵位である侯爵の令息と婚約している。猫を被るのが上手いレベッカは婚約者の前では殊勝な態度でいるため、義実家になる予定の家から可愛がられており、先方の家族との仲は良好だと聞く。


「仕方がないわ……私が口下手で社交が苦手なのは事実ですもの。どんなにがんばっても認められなかった……」


 テオドールははじめて会った時からアレッタのことを嫌っていた。いつも兄である王太子の后である、シルビアとアレッタを比べてコケ下ろしていた。


 テオドールはきっとシルビアのような女性が好きだったのだろう。だからアレッタのことはいらなかったし、カロリーナのように守ってあげたくなるような人を新しい婚約者に据えたのだ。


 婚約者に冷遇されるアレッタに優しく声をかける人もいるにはいた。しかしアレッタが婚約者の地位を失うと、ガーデンパーティーの伯爵令嬢のように、簡単に手のひらを返される始末だ。

 今のアレッタには、社交界での味方が誰もいない。夏だというのに、指先ががじんわり冷えるような心地がした。


「お姉さまが貴族令嬢に産まれたことはなにかの間違いだったんじゃなくて? いっそ貴族でいるのは諦めて、商家にでも嫁げばよいのではないかしら。作法も社交もなにも必要なくってよ。あら、でも口下手じゃすぐに事業を傾けてしまうかもしれませんわね」


 レベッカは楽しそうに笑うと、ふと窓の外を見上げる。


「まあ大変。お姉さまなんかにかまけていたら、約束の時間に遅れてしまいますわ。わたくし、今日はリード公爵家の夜会にお呼ばれしておりますの。お姉さまは行ったことがありませんわよね? 特別に教えてさしあげますが、水晶のシャンデリアは圧巻ですのよ。まあ今後もご覧になることはないかもしれませんけど」


 レベッカはパシリと扇を閉じると、アレッタに青い瞳で流し目を送りながら隣をすり抜けた。


「では、ご機嫌よう。ああ、お花は捨てておいた方がよくってよ? お父様に知られる前にね」


 真っ赤なフリルドレスを見事に着こなしたレベッカは、ドレスを器用にハイヒールで捌いてアレッタの元から去っていった。


 アレッタは花束を隠すように左手に持ち替えると、誰にも見つからないよう気をつけながら部屋に戻った。

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