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5 華やかな世界

 着替えを終えて与えられた部屋に移動したアレッタは、そわそわとユースの訪れを待っていた。


 緊張して喉がからからに乾いていたので、新しいドレスを汚さないように気をつけながら、用意されたハーブティーを一気に飲む。


 トントンとノックの音が部屋に響く。マイムが扉にかけつけると、涼やかな声が聞こえた。


「アレッタ、入ってもいいだろうか?」

「……どうぞ」


 マイムが扉を開けるとユースが入室してくる。アレッタの姿を見てユースは目を見開いた。


「アレッタ……綺麗だ」


 それきり言葉が出てこないようで、一心にアレッタの姿を見つめるユース。アレッタはテーブルの下に身を隠したい衝動をなんとか耐えてお礼を言った。


「あ、ありがとう……」


 ユースも出会った時に身につけていた皮のベルトやポーチを取り去り、黒いシャツの上に白い軍服のような衣装を羽織っている。


 ユースの凛々しく上品な雰囲気によく似合っていた。


 アレッタは、マイムにものすごくお似合いだと褒められたオレンジ色のドレスを身につけていた。


 流行のフリルや装飾がたっぷりついた形ではなく、裾はストンと流れ落ち袖も膨らんではいない。


 下品でない程度に露出されたデコルテの下、胸元にはキラキラと輝くビジューが施されている。


 繊細な刺繍が裾と袖口を飾る大人っぽいデザインのドレスは、アレッタの落ち着いた雰囲気とよくマッチしていた。


 ドレスの形はシンプルだが色が華やかなので無難にまとまりすぎず、若々しい美しさが全面に押しだされている。


 マイムはいい仕事をしたと言わんばかりに、胸を張って王子を部屋に迎えて入れた。


「コホン、失礼した。あまりの美しさに意識を飛ばしていたようだ……少し外を歩かないか」

「う、うん。行きましょう」


(美しいだなんて、ユースはお世辞がうまいんだから……)


 アレッタは内心そう独り言を言いながらも、ほこほこと胸が温かくなっていくのを止められなかった。


 花が至るところに飾られた廊下をエスコートされながら、そっとユースを見上げる。


「ユース、素敵なドレスを貸してくれてありがとう。あの、すごくたくさんのドレスが私用に用意されていたんだけど、何故?」


 ユースは罰が悪そうに少しアレッタから視線を逸らした。


「ああ……伝えていなかったか。実は君と会ったのは今日が初めてだが、俺は君のことを前から知っていた」

「そうなの?」

「ああ。一目見てどうか俺の花嫁になってほしいと思ったのだが、君には人間の婚約者がいた。だから俺は影ながら君の幸せを見守ろうと思っていたんだ」


 儚く笑うユースに、アレッタはどう声をかけていいものかわからなくなる。


「けれど君はあまり幸せそうではないし、だからもしも君が泣いて逃げだしたいと願うことがあったなら、たとえ憎まれてでも俺が連れ去ろうと思って用意をしていた」

「そ、そうだったの……」


 なんだか怖い話を聞いた気がする。ひたすらに愛が重い。

 ユースはアレッタに振り向いて、困ったように笑う。


「結局君は婚約破棄されても泣かなかったな」

「泣くのは苦手なの。だって、泣いてもなにも変わらないでしょう?」


 もちろん、理不尽な婚約破棄に対して、アレッタにだって思うところはある。けれど泣いたところで、テオドール達がつけあがるだけだとわかっていた。


 アレッタが肩を竦めると、ユースは唇を噛み締めた。


「君は今までそうやって自分を守ってきたんだな。これからは俺がいるから、なにか辛いことがあったら頼ってほしい」

「えっと……わかった。ありがとうね」


 アレッタは戸惑いながらもお礼を言った。そんなこと実の両親にも言われたことがない。


「それと、あのドレスは貸したのではない、君に贈ったものだ。自由に使ってくれ」

「いいの?」

「ああ、君に似合うだろうと思って集めたんだ。いらなければ捨てるだけだから、気に入ったものがあれば身につけてほしい」

「わかった、ありがたく使わせてもらうね」


 話をしているうちに外に着いたようで、暖かな陽光が降り注ぐ場所に一歩踏みだす。


 白亜の城壁に沿うようにして蔓草が繁り、これでもかと言わんばかりに満開の花を咲かせていた。


「すごい、どこを見ても花がたくさん」

「ここは花と水の王国だからな。妖精界でも一番多く花が咲いている国だ」

「妖精界にも国があるの? いくつも?」

「ああ、他にも光と風の王国、火と土の王国などがあるな」


 アレッタは今まで妖精について人一倍詳しいつもりでいたが、まだまだ知らないことだらけらしい。


「そしてユースは……花と水の王国の王子様、であってる?」


 ユースは顔を引き締めて頷いた。


「そうだ。俺はこの美しい国を愛している。そしてゆくゆくは王となり、花と水の王国を守っていきたい」


 キリッとした表情のユースは、ちょっと近づき難いくらいに輝いて見えた。恋にうつつを抜かすテオドールとは大違いだ。


「素敵な願いだね。ユースなら、きっといい王様になれるよ」

「……そうだといいな。願いが叶った暁には、ぜひ君が隣にいてほしい」


 ユースはアレッタの瞳を見つめ微笑んだ。その瞳に並々ならぬ熱がはらんでいるのを見とめて、アレッタは気恥ずかしくなり視線をそらした。


「アレッタ、着いたぞ。前を見てくれ」


 ユースに促され視線を戻すと、そこには夢のような絶景が広がっていた。


「うっわあ……! なんて、素晴らしいの……」


 丘の上から遠く麓まで、一面に咲き誇る花の群れ。白地に紫のスポットが入ったアルストロメリアの花畑だった。


 百合のような優美な花びらは、華々しく輪のように広がり、風が吹くたびにさらさらと揺れている。

 麓の方は薄紫色のカーペットが敷かれているように見えて、なんとも幻想的だ。


 ユースはさりげなくアレッタの肩を抱きながら説明してくれた。


「この国は人間界と違って四季はなく、常に花々は咲き続けているんだ。この丘は俺の管理する花畑で、力の源泉でもある。そのせいか、訪れる度に心が安らぐんだ……アレッタもこの花畑が好きだろうか?」


 アレッタは改めて花畑を見下ろした。幼い頃に憧れた、絵本の中の光景がここにある。


(お母様の絵本、いつのまにかお父様に捨てられてしまっていたけれど……現実にこんな場所が存在したんだね)


 アレッタはキラキラとした瞳でユースを見上げた。


「とっても気にいったわ。ユースはアルストロメリアの花妖精なのね」

「ああ、そうだ。アレッタも俺を象徴する花を好いてくれているようで嬉しいよ」

「花はなんでも好きだけど、特に華やかな印象の花は一等好きなの。アルストロメリアもとても好きな花よ」

「そうか……ありがとう」


 ユースは照れたように、そっとアレッタから視線を逸らした。

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