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39 ロイスのその後

 父の部屋から退出したアレッタは、ケネットの遊びの誘いを断りロイスを探すことにした。


「姉様、今日は忙しいのですか?」

「そうなのケネット、ごめんなさいね。でも近い内に必ず領地に遊びにいくからね」

「はい、お待ちしています! 絶対ですよ!」


 私も久しぶりにケネットと遊びたかったけれど、もしロイスが私の家族になにかしようとしているんだったら止めなければならないもの。

 

「ユース、ロイスに会いにいきましょう」

「……アレッタは先に妖精界に帰らないのか?」

「ううん、ユースと一緒に行くよ」

「そうか、まあ君ならそう言うだろうな……あまりロイスには近づかないでくれ。約束だ」

「ええ、気をつけるね」


 ユースの幻を維持するために魔法を使ってくれたジェレミーは疲れたと言うので、先にユースが妖精界に返した。


 ルーチェとマイムはロイスが気になるとのことで、一緒に探すことになった。


「ケネットを一目見た時、見知った魔力の残滓を感じたんだ。あれはやはりロイスのものだったんだな。恐らく彼はこちらの方角にいるだろう」


 ユースの確信を持った羽ばたきに、アレッタ達も彼の背を追ってついていく。

 廊下を渡りきり庭に出ると、殺風景な庭の雑草を抜いて更に殺風景にしているロイスに出くわした。


 白金の髪にわらで編まれた質素な帽子を被り、裾を汚しながら手袋をつけて雑草を抜いている姿は、前回会った時の洗練されたイメージとはまるでそぐわない。

 アレッタは彼の姿が信じられなくて、ロイスによく似た別人かと思った。


「ロイス」


 ユースが声をかけると彼に気づいたロイスはサッと立ち上がり、胸に手を当てて臣下の礼をする。


「殿下……まさかこんなに早く再会が叶うとは思いませんでした」

「そうだな……ロイス、なぜここにいるんだ? アレッタにやったことを忘れたのか?」


 冷静に問いかけながらも、内に燻る複雑な思いが声音に出てしまうユース。ロイスは膝を折って彼に忠誠を示した。


「滅相もありません。アレッタ嬢やその家族を害する意思はないのです。信じていただくことは難しいかもしれませんが」


 なんとなく嘘はついていなさそうね。でもロイスは嘘をつくのが上手だから……もう少し話を聞いてみよう。


「どうして私の家にいるの? ケネットを助けてくれたらしいけれど、それは偶然なの?」

「はい、それは偶然でした。彼が道に迷っているところを通りがかり、アレッタ嬢の肉親だと気づいたため屋敷にお送りしました」


 なんで私の屋敷の場所まで知っていたのロイス……ああ、そういえば前に池に映ったレベッカ達を見つけた時に、人間界に帰らないか聞いてきたことがあったよね。


 きっとその時に私の屋敷のことも調べたのね。私の返答によっては、屋敷に送り返してユースと仲違いさせられていたのかも。

 ……あの時は全然ロイスの悪意になんて気がつかなかったな。


 ユースは警戒しながら彼の一挙一動を見つめていた。


「ケネット様は家も財産も身寄りもない私に同情し、屋敷に滞在するようおっしゃいました。アレッタ嬢にあわせる顔がないと思い一度は断ったのですが……」


 ロイスはアレッタに首を垂れた。


「申し訳ありません、やはり私のような罪人がアレッタ嬢の家族の側にいるなど許されないことですね。すぐにここを立ちます」

「待ってロイス! どうしてケネットが私の家族とわかっていて助けてくれたの?」

「それは……」


 ロイスは目を伏せて言い淀んだが、ユースの促しを受けて言葉を続ける。


「言え、ロイス」

「……似ていると、そう思ったのです。殿下は思いませんでしたか。彼のあの瞳、それに雰囲気、話し方まで……まるでマーニーが生まれ変わったかのような姿に、私は気がついたら彼に声をかけていました」


 未だに故妖精を惜しみ現実が見えていないように思えるロイスを、ユースは叱りつけた。


「ロイス、お前はなにを言っているかわかっているのか? 例えマーニーに生き写しの人物がいても、それはマーニーではない。マーニー・コランバインは死んだんだ」


 ロイスはグッと拳を握りこんだ。


「はい、わかっております。ケネット様がマーニーとは別人であることも承知しております。しかし彼の側にいると、不思議と人間が憎いと思う気持ちを忘れられるのです」


 切ない目で、やりきれないといった表情で、ロイスは心情を吐露する。


「マーニーと過ごした日々や交わした言葉、声、匂い……そういったものはどんどん私のなかから消えていって、今はどんな顔だったかすら正確に思いだせない……悲しいことに」


 ユースは手のひらを広げて、彼女の面影を追いかけるように握り締めた。

 

「ですがケネット様の瞳を見ていると、その生気に溢れた様子に触れていると……当時の思い出が消えていくのが辛いと感じずに、優しい思い出として語ることができたのです……」


 ユースはその言葉になにか思うところがあったのか、腕を組んで目を伏せた。


 ……ロイスはケネットに会うことで、過去の傷が癒やされたのかな。

 あの子は思いやりに溢れたいい子だものね、私を心配するあまり、王都まで無謀にも馬で駆けてくるような子だもの。


「ロイスはこれからもケネットの側にいたいと思うのね?」


 アレッタの確信をもった問いかけにロイスは一瞬言いあぐねたが、隠してもすでに見抜かれていると感じたのだろう。素直に口を割った。


「はい。大変恥知らずな願いだとは存じますが、できることなら彼にお仕えし健やかな成長を見守りたいと感じております」

「ロイス。それはお前の言う通り、あまりにも都合のいい言い分だ」


 ユースはアレッタにした仕打ちを許せないようで、彼がアレッタの家族の側にいることにとても賛同できないようだった。

 ルーチェもさりげなくうんうんと頷いている。


 マイムだけは首を傾げ、こっそりと独り言のように呟いていた。


「なんだか今日のロイス様は怖くありませんね。たった数日でこんなに人が変わってしまうなんて」


 アレッタはロイスに手を差しだした。ユースがそれを止めようとするけれど、アレッタは首を横に振った。


「大丈夫。今のロイスは私に悪意を持っていないと思うわ」

「……ロイス。アレッタになにかすれば、今度こそ容赦はしない」

「はい、心得ております」


 アレッタは戸惑うロイスの手を取り立たせると、うつむく彼を真正面から見据える。


「ロイスが本当に心からケネットに仕えたいと思ってくれているなら、側にいることに賛成するよ」

「アレッタ嬢……そんな、よいのですか? ……ありがとう、ありがとうございます。私はあなたにあのような真似をしたのに、許していただけるのですか」


 ロイスはハッと顔を上げて、声を震わせながらそう口にした。


「ロイス、あなたが本当にユースのためにがんばっていたのを知っているわ。そんな二人が仲違いしたままの方が私も辛いの。間違えたことを心から反省しているなら、きっとやりなおせる。そうでしょう?」

「はい……この度は誠に申し訳ないことをしました。アレッタ様の女神のごとき心の美しさには本心から敬服いたします」


 ロイスは胸に手を当てて、アレッタに対しても臣下の礼をする。


「今後は二度と憎しみに囚われて大切なことを見失わないよう、ケネット様の側でよく学ばせていただきたく存じます」

「ええ、期待しているわ。今のロイスにならきっとできる」


 ロイスは憑き物が落ちた様にサッパリとした顔をしている。彼の憂いを帯びた雰囲気は清廉なものにとってかわり、農作業姿をまとっていても輝いて見えた。

 ユースはまだ警戒心が解けないようで、アレッタの隣で羽ばたきながら眉を寄せる。


「いいのかアレッタ、彼はいくらでも嘘をつき裏切ることのできる人間(・・)だ。君の大切な家族の側に置くことで、いつか悲劇が起こるかもしれない」

「あら、でもユース、それを言うなら私だって人間よ。ユースは私のことも信じられない?」

「いや、アレッタとロイスは別の人間だ。俺はアレッタのことであれば信用できる」

「ロイスのことは? 今までの百年間だってずっとロイスを信用して生きてきたはずじゃない? 彼は憎しみに囚われて間違えてしまったかもしれないけれど、その憎しみが消えていくのならまた元の誠実なロイスに戻れる。そう思うことはできないかな?」


 ユースは難しい顔でしばらく考えこんだ後、渋々肯定した。


「……そうだ、俺は彼の人となりをよく知っている。人間を憎んでいたし関係の薄い相手に対しては薄情な部分もあったが、一度懐に入れた相手に対しては忠義を尽くす。そういう人間だ、ロイスは」

「そうよね。だから今のロイスをちゃんと見て決めたらいいと思うの。私は今の彼なら信じてもいいと思ったわ」


 今度はマイムがうんうんと、アレッタの視界の端で力強く頷いていた。


「フ……君のそういうところには敵いそうにないな」


 ユースは自嘲するように微かに笑う。彼はしばらく腕を組んで考えをまとめた後、ロイスに向き直った。


「俺はアレッタのことを信頼している。そのアレッタがロイスを信じてケネットの側に置いてもいいというなら、俺も認めよう」

「ありがとうございます、殿下。これからケネット様に誠心誠意お仕えすることで、殿下とアレッタ嬢への償いとなればよいと思っております」

「ああ、そうするといい」


 ユースは殊勝な態度のロイスにジトリと視線を当てた。


「ただし、俺はお前が罪を犯す可能性のある人間だということを知っている。時々抜き打ちで訪問し監視をさせてもらうがいいな? くれぐれも下手な真似はしないことだ」

「はい、いくらでも監視していただいて構いません。それが殿下の心の安寧に繋がるのであれば、喜んで協力いたします」


 うん、なんだか思いがけない結果になったけれど、二人が仲違いしたまま離れ離れになるよりもずっとこの方がいいわ。

 いつかきっとまた、わだかまりなく笑いあえる日が来るといいね。

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