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33 暴走

 プリーケの表情は真っ青だった。クリスタルの破片で怪我をしたのか、腕を押さえて足を庇いながらフラフラしている。

 度重なる痛みと衝撃に混乱しているのか、目が虚だ。


 プリーケの魔力は放出されたままどんどん濃くなり、周りに水の渦が轟々と渦巻きはじめた。それは歪に膨れたり歪んだりしながら、みるみるうちに体積を増やしていく。


「嫌、怖い、痛い、痛いっ……もうやめてぇ!!」


 水が勢いよく四方八方に爆発するように発射される。ロイスは素早く横に逸れた。


 暴流は像をすり抜けあっという間にユースの幻の姿を霧散させた。

 小さなユースがすかさずアレッタのすぐ横に現れ、花弁を操ってアレッタに飛沫が飛ぶのを防ぐ。

 部屋の灯りは次々に消火されて、ユースの背後に残った火以外は全て消えてしまったようだ。


「まずいな、暴走している。皆、俺の後ろに下がれ!」


 マイムとルーチェが頭を庇いながらアレッタの隣に飛んでくる。ちなみにジェレミーは気がついたらちゃっかりアレッタの後ろにいた。


「駄目ですね、プリーケさんは魔力が制御できないみたいです」

「これじゃ近づけないよ、水圧が強すぎて飛ばされちゃう!」


 マイムとルーチェは眉根を寄せてプリーケを気にしていたが、ジェレミーは腕を組んであっけらかんと言い放つ。


「んー、こりゃ無理だわ。じゃあかわりに、あそこでずぶ濡れになってる人間達を僕の蔓で縛っちゃうか? いいよな? だってアレッタちゃんを縛ってたのこいつらだもんな、人を縛るやつは縛られたって文句は言えないよな~、どうせなら芸術的に飾ってやろっと」


 妖精達にとってはこの水の勢いは激流に感じるらしく、容易には近づけないようだった。一人早々に諦めて別のことをやっているが。


 だったら、私がプリーケを助けるわ!


「ユース、私が行くからみんなをこのまま守っていて!」

「危険だアレッタ、何分かかるかわからないが魔力放出が収まるまで待った方がいい」

「それはそうだけど……」


 アレッタは悲痛な声で泣き叫ぶプリーケを見つめた。

 あのままの状態でほおっておくなんて、私にはできないよ!


 まだ痺れが残っているもののだいぶ動くようになった足を引きずりながら、アレッタは前へと歩みでた。


「私は大丈夫、人間だから妖精さんより体も大きいし飛ばされることはないと思うわ。行ってくるね!」

「アレッタ!」


 ユースの静止を振り切り花びらの壁から抜けでたアレッタは、ずぶ濡れになりながらもプリーケを目指した。


 冷たっ! それにこの水の勢い、痛いくらいだわ。でもプリーケはもっと痛いはず……今度こそ助けるからね!


 水圧に押されながらもプリーケの元にたどり着いたアレッタは、暗い中手探りで彼女の小さな体を手のひらに乗せる。

 暴れる体を抱きしめるように、小さな背中をもう片方の手で包みこんだ。


「大丈夫、プリーケ落ち着いて……もう痛いことはされないから」

「なっ、なにするの!? 誰!? あ、アレッタ様……?」


 プリーケはいきなり抱き上げられてもがいていたが、相手がアレッタだと認識すると大人しくなる。


「痛かったでしょう? 助けるのが遅くなってごめんなさい。もう大丈夫よ」

「ア、アレッタ様……ああ……魔力が、無理矢理吸い取られて、私痛くて、怖くて……し、死んじゃうかと、ヒック」


 プリーケは大人しくなってスンスンと泣きだした。アレッタが頭から背中を順に撫でていると、水の勢いは目に見えて少なくなっていく。


 やがてプリーケの流す涙と同じ量にまで落ち着いた水は、ポタリと雫を落として止まった。

 プリーケは限界近くまで魔力を消費したのか、アレッタの手の上で丸まり眠ってしまった。


 アレッタはホッと息を吐きだす。勢いで飛びだしてきちゃったけど、なんとかなってよかった。


「アレッタ、よくやってくれた。プリーケも安心して眠ったようだな」


 ユースがフワリと近づいてきて、アレッタの濡れた頬に触れる。


「寒そうだ、すぐに妖精界に帰って湯を浴びるといい」

「待って! ロイスは? ロイスはどうなるの?」


 ロイスはこの騒ぎに乗じて逃げたのではとアレッタは辺りを見回す。暗闇に目を凝らすと、ロイスは壁の端にピタリと背をつけたまま、アレッタとユースから少し離れた場所で待っていた。


「逃げないのか、ロイス。殊勝な心がけだな」

「……私は今でも殿下の臣下であるつもりですから。全ての企みが白日の元に晒されたからには、貴方の決定に従います」


 ロイスはなにかを悟ったような表情で、胸元に手を置いて一礼した。

 その後ろでジェレミーは上機嫌にテオドールとカロリーナを蔓で結びながら、所々に花を咲かせて飾っていた。


「ふーんふふふーん。やっぱ僕ってばセンスあるよなー、庭師が天職だわ」


 テオドールは頭全体を覆うようにして小花の帽子を被せられ、かわいらしい花の頭巾を被った状態になっていた。なぜか猫耳のような耳まで編まれている。


 カロリーナはそんなテオドールと一緒に蔓でぐるぐる巻きにされていて、耳や鼻の穴からはツタが伸びて毒毒しい見た目の花が咲いている……暗闇にぼんやりと浮かび上がる姿は植物の苗床にされているようにも見える。まるでホラーだ。


 アレッタはそっと目を逸らして見なかったことにした。アレッタのことも妖精さんのことも微塵も考えていない二人に対しては、流石のアレッタも優しく接する気にはなれなかった。

 

 ユースはコホンと咳払いをして、もう一度アレッタに妖精界に帰るよう促したが、アレッタはふるふると首を横に振った。


「ロイスとはここでお別れになるかもしれないから、ちゃんと最後まで向きあいたいの。ユースの邪魔はしないから、お願い」

「……わかった。君がそこまで言うなら見届けてくれ」


 ユースは改めてロイスに向き直ると、固い声で彼の名を呼んだ。


「ロイス」

「はい、殿下」


 ユースは亡くなった人を悼むように目を伏せた。


「今でもお前は人間を許せないままなんだな。マーニーを殺した人間はアレッタとは赤の他人の別人だ。それでもか?」

「殿下……理屈ではないのです。マーニーを愛しいと思うたびに同時に、人間を憎いと思う気持ちが止められない」


 ロイスはギリっと唇の端を血が滲むほど噛み締めた。ユースは一瞬痛みを堪えるような表情をしたが、息をひとつ吐いて平静を取り戻す。


「……そうか。お前は俺の未来の伴侶を害した。その報いは受けなければならない。わかるな?」

「はい。どのような罰でもお受けします」


 ロイスは覚悟が決まっているらしく、至って平静だ。その様子を見てアレッタはあることに気づく。


 ああ、きっとロイスはユースに自分の行いを止めてほしかったんだね。悪いことをやっているとわかっていて、それでも人間が憎いと思う気持ちを止められなくて……

 それで目の前に現れた人間の私を攻撃した。そしてユースから罰を受けることを、心のどこかで待ち望んでいたのね。

 その考えはアレッタの中ですんなりと腑に落ちた。


 ユースはロイスの顔をしばらく無言で見つめた後、厳かに宣言した。


「では、お前を妖精界から追放する。お前はコランバインの花妖精ではなくなり、ただの一人の人間として人間界で生きることとなる。これが俺からお前に与える罰だ」


 (こうべ)を垂れるロイスの頭の上へとユースはスッと飛び上がる。ユースがロイスの頭に手をかざすと、まるで手のひらに吸いこまれるようにして、彼の紫色の色素が髪の端から抜け落ちていく。


 白金の髪となったロイスはもう花妖精ではなかった。彼はアレッタと同じ、人間に戻ったのだ。


 大嫌いな人間の中で、大嫌いな人間として生きていく。

 もしかしたらロイスにとっては死ぬより辛い罰かもしれないと、自分がされたことを棚に上げてアレッタは心を痛めた。


 ユースはロイスから全ての花妖精の魔力を奪い去ると、静かに告げた。


「……お前のこれまでの献身をありがたく思う。これで罪は償われた扱いになるが、アレッタには二度と近づかないでくれ」

「……はい。殿下に仕えることができた百年余り、私は幸せでした」


 ユースは少しだけ迷う素振りを見せてから、一度羽を大きく羽ばたかせて言葉を続けた。


「お前の妖精を見る目はまだ残っている。……またいつか、気持ちに整理がつくことがあれば再び会える日がくるかもしれないな」


 アレッタにはユースのその言葉が、絶望して死んだりせずに生を全うしてくれと懇願しているようにも聞こえた。

 ロイスは少しの間唇を引き結んでいたが、やがて観念したかのように静かな声で返答した。


「……いつか再び王子に巡り会える日を心待ちにしております」

「ああ、待っている」


 ユースは今度こそ迷いを振り切ると、アレッタの元に戻ってきた。


「帰ろう、アレッタ」

「うん、そうしよ……くしゅん!」

「ああ、急がないと風邪を引いてしまう。ルーチェ、マイム、ジェレミー! 帰るぞ」


 そうしてプリーケを抱えたアレッタは、ユースの魔法で再び妖精界へと戻った。


 花びらに埋もれる直前、ロイスと目があう。

 彼は泣くのを堪えるように目を伏せ、小さな声で呟いた。


「あなたの勝ちです。どうか殿下を」


 最後まで聞こえぬまま、アレッタは花の風に飛ばされた。

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