32 参戦
カロリーナはてんで見当違いな方向に手を伸ばしている。
テオドールは騒ぎに構わず、装置のつまみを回したりといろいろ調整を続けていた。
テオドールは装置のことをよく理解していないようで、装置の動きを止めてしまい様々なボタンを押してみては首を捻っている。
その騒ぎの間を縫って、ユースはロイスに語りかけた。
「残念だ、ロイス。お前が人間に対して強い憎しみを抱いていることは知っていたが……まさかこんな馬鹿な真似をするとはな」
ロイスは白い顔を青褪めさせながら、花弁の花を羽ばたかせるユースを見つめ微動だにしなかった。
ユースはアレッタの様子をチラリとうかがいながらもロイスから視線を外さず牽制している。
ユースの目配せに気づいたマイムがアレッタの手に取りつき、なんとか縄を解いてくれた。
「マイム、ありがとう」
小声でアレッタが囁くと、マイムはうっすらと微笑んだ。
「いいえ、それほどでも。アレッタ様、もう少し後ろに下がれますか?」
「ごめんなさい、足が痺れて動かないの」
アレッタの言葉を聞いて、スッとジェレミーが羽ばたいて寄ってくる。
「ああ、通りでさっきから座りこんだままだと思ったらなるほどね? 薬を盛られてたのか、んー、この効果だと痺れ粉だな。アレッタちゃんこれ舐めてみな。痺れ粉の効果を中和してくれる薬だから」
ジェレミーがアレッタの手の中になにかの粉を豪快にぶちまける。アレッタがそれをペロリと口に含むと、足の感覚が徐々に戻ってくるのを感じられた。
「これなら動けるようになりそう、ありがとうジェレミー」
「いやいや、まあ僕ってばアレッタちゃんを助けにきた正義の味方なわけだからね。これくらいは当然っていうか。いや参ったなー今日は大活躍できそうな予感がするわ。殿下に庭師から護衛に転職するよう推薦されたらどうしよっかな」
ルーチェは光の魔法でピカ、ピカと一瞬光るのを繰り返して、カロリーナの手はその度に宙をさまよっていた。
「捕まえられるものなら捕まえてみなさい!」
「くっ、全然手応えがありませんわ! テオ殿下、お手伝いをお願いしますわ」
「ん? どこにいるんだ」
「わかりません、でもきっとこの辺りにいるはずなのです。ロイス様、アレッタ様も手伝ってくださいませ!」
ロイスは呆然とユースを見つめたままだ。
「殿下……動けるのですね」
ルーチェが時間稼ぎをしている間に、ユースは話を続ける。
「俺も毒花の端くれだからな。痺れ毒は俺には効きにくいと踏んで眠り粉も用意したのだろうが、生憎とどちらにも耐性があるんだ。なにやら小細工も施したようだが、どうやら俺の方が一枚上手だったらしいな」
ユースは目を眇め皮肉げに口の端を歪めたが、次の瞬間には凛々しい顔に戻っていた。
「こうなってはもはやお前をまとめてこの場で罰するしか方法がない……ルーチェ、マイム、ジェレミー。力を貸してくれ」
「わっかりました!」
「はい!」
「いいよいいよ、僕も普段殿下にはお世話になってるからね、恩返ししちゃうよー」
アレッタはカロリーナとロイスからできるだけ離れて、言われたとおりに妖精達の背に隠れた。
みんな、なにをするつもりなの?
アレッタが固唾を飲んで見守っていると、ジェレミーがオレンジ色のガーベラの花弁羽を駆使して飛びまわり、謎の粉を辺りに散らしはじめた。
粉というより煙のようにも見えるそれは、フワリと纏まりながら人の形をとりはじめる。
「僕の方は準備完了だ、次は君らの番だよ。練習した成果を見せてやってくれ。アレッタちゃんきっと驚くだろうなー。いやほんと楽しみだわ」
「では、いきます!」
マイムがその煙の形にあわせる様にして細かな水滴を宙に浮ばせる。繊細な作業を要求されるのか、両手を胸の前で組んで念じている。
「マイムいい感じ! 後は私に任せて!」
ルーチェもその隣で両腕を前に突きだし、キラキラと光の光線をその像に向けて飛ばしはじめた。
すると、ぼんやりとアッシュブロンドの人の像が浮かびあがり、やがてそれはハッキリとユースの姿になった。
テオドールもカロリーナも呆気にとられた表情でそれを見ていた。人間サイズのユースはアレッタの方に振り向き、フッと微笑む。
「アレッタ、下がっていてくれ」
「だ、誰ですの!? いきなり現れるなんて、もしやこれも妖精の魔法なんです?」
カロリーナの興奮した叫び声を聞いたテオドールは、彼女を守る様にしてユースの前に立つ。
「お前は誰だ、どこから現れた!? 勝手に城内に入りこんで無事に帰れるとは思うな!」
「お初にお目にかかる、人間の王子よ。俺はユスティニアン・ラトゥ・アルストロメリア。妖精の国の王子だ」
「なっ!? 妖精だと!?」
テオドールは目を見開いて驚き、カロリーナはポッと頬を染めてユースに見惚れ瞳を潤ませた。
「君には色々と言いたいことがあるが、あまり時間はないから一つだけ最も言いたいことを言わせてもらおう。アレッタと婚約破棄をしてくれて感謝している」
「は? 貴様何を言っている?」
テオドールは訳がわからないと言った様子で、目を白黒させている。そんなテオドールを押しのけるようにしてカロリーナがユースの幻像に近づいた。
「まあ、まあ! 妖精の王子様ですの!? なんということでしょう、私が妖精とお話できる日が訪れるなんて……! あの、私カロリーナと申しますの、凛々しい方。できれば仲良くしてくださると嬉しいですわ」
カロリーナは上目遣いでキラキラとユースを見上げている。アレッタはなんとなく面白くない気持ちになった。
ユースはなんて答えるんだろう、カロリーナみたいに可愛らしい方を見たら、ひょっとしたら心動かされてしまうかもしれない……
アレッタが不安気にユースの背を見つめていると、彼は薄い笑みを浮かべながら腕を組んだ。
「仲良くか、それは難しいな。君は俺の同胞を不当に苦しめ、魔力を搾取している。俺は妖精の王族として君達の所業を止めにきた。そして」
ユースがアレッタに視線を向ける。アレッタを安心させるように微笑んだユースに、心臓がどきりと音をたてる。
「俺の婚約者も世話になったようだ。それ相応の報いを受けてもらわねばな」
不敵に口の端を吊り上げたユースが手をかざすと辺りに霧が立ちこめる。その霧はまるで生き物のようにテオドールとカロリーナをとり巻き、驚いた二人は逃げ惑う。
「な、なんだこれは! くそっ、どっか行け!!」
「きゃあ! なんですのこれ!? あら、体が、動かない……」
ユースのすぐ側にいたカロリーナは、霧を吸いこむとフラリとよろけ、床に崩れ落ちてしまう。
「なんだこれは、毒か!? く、カロリーナ、ダメだ、力が……」
テオドールはカロリーナを抱き抱えたまま後退しようとして、誤って装置のクリスタルを巻きこんで転倒してしまった。
床に落ちたクリスタルはガシャン! と音を立てて割れる。
「まずい、プリーケは無事か!?」
「プリーケ!」
アレッタが声をかけると、プリーケはよろよろとクリスタルのカケラの中から這いでてきた。




