27 夜のエストレア
部屋に戻って早速ルーチェとマイムを部屋に入れたアレッタは、ソルが王宮で足止めされていること、エストレアに会いにいきたいことを伝えた。
ソルが捕まったままだという話を聞いてルーチェはショックを受けていた。
「殿下だってソルがそんなことするわけないってわかってるはずじゃん? なんで?」
「ユースもわかってるって言ってたわ。けれど一番怪しい人物の条件に当てはまってしまう以上は、彼を勾留しないわけにはいかないんだって」
ルーチェはアレッタの言葉を聞いて拳を握った。
「じゃあやっぱり犯人を見つけるしかないってことね? わかった! ソル、待ってて。犯人を見つけたらドロップキックをお見舞いしてやるんだから!」
やる気に満ち溢れるルーチェを見てマイムも気合をいれている。
「私もアレッタ様がまたなにかされるかもしれないと思うと……そんなの嫌です。私だっていきなりアレッタ様から訳もわからず引き離されて、怒ってるんですよ! とっとと犯人を見つけてやりましょう!」
「その意気よ! おー!」
ルーチェもマイムも気合十分で、頼もしい限りだ。
「それじゃあ、犯人への手がかりのためにもエストレアに会いにいくってことでいいかな?」
「はい!」
マイムは気合満々でそう返事をしたが、ルーチェは気が削がれたような顔を見せた。
「んー、でももう夜だしエストってば既に寝てるんじゃない?」
どうしたんだろうルーチェ、急にやる気がなくなっちゃったね。
夜にエストレアと会いたくないのかな、闇妖精に意識を乗っ取られるって話だし、別人みたいなエストレアを見るのが嫌だとか?
「でも、行ってみないと寝てるか寝てないかわからないよね?」
「そりゃそうだけど、夜のエストとまともに話ができるとは思えないんだよねー。まあ行くだけ行ってみる?」
ルーチェはあまり乗り気ではなさそうなだったけれど、アレッタ達は夜の廊下を移動してエストレアのいる部屋に向かうこととなった。
*
部屋について扉の前の護衛に声をかけると話は既に通達されていたらしく、すんなり入室を許可してもらえた。
扉のすぐ内側にも見張りの人がいたので、軽く目礼してアレッタ達三人は部屋の奥へと歩を進める。
果たして、エストレアは起きていた。しかしその様子はアレッタの知っている普段のエストレアとは大きく様子が異なっていた。
彼女はソファーの上でふんぞりかえるようにして座り、コーヒーカップだけをテーブルの上に乗せていた。
エストレアと半ばセットのイメージがついている甘いお菓子はどこにも見当たらない。
睥睨するという表現がぴったりな目線で、三人の闖入者を順に上から下まで睨めつけたエストレアは厳かな口調で告げた。
「よくぞ参られた下々の者どもよ。余の常闇の威光にひれ伏すがよい」
マイムは目を丸くし、ルーチェはあちゃーと呟きながらピシャリと顔に手を当てて天を仰いだ。
常闇の威光って暗いのに光ってるの? 意味がよくわからないんだけど?
アレッタが真面目に考えこんでいると、エストレアは仰々しく言葉を続ける。
「特別に直答を許そうではないか、今夜は特別に気分が良いのだ。なにせあの邪魔な若僧がついにお縄についたらしいからな、なっはっは!」
……邪魔な若僧ってソルのことだよね。
チラッとルーチェを見るとやはりイラっときているようで、なにも言わないものの足をトントンとリズミカルに床にタップしている。
「して、余になんの用だ? 呪いの成就か、それとも復讐か? なんなりと申してみるがよい」
「やー、エスト今日も絶好調だねー」
しらけた口調でルーチェが半眼になっていると、エストは目をスッと細めて足を組み替えた。
「エストなどと気安く呼ぶでない、小娘が。漆黒の闇妖精、エストレア・ルーセント様と呼ぶがよい」
わあ、ルーチェの言ってた通り本当に話が通じなさそう……アレッタはこそこそとルーチェの耳元で内緒話をする。
「ねえ、これがエストレアの邪悪な夜の姿なんだよね?」
マイムも一緒にこそこそと内輪話に参加した。
「闇妖精に祝福されるとこんな感じになるんです? 初めて知りました」
「ねー、なんか痛々しいよね? 半分闇妖精に染められちゃった妖精はみんなこんな感じになるのかなあ」
「そちらコソコソとなんの話をしておる。余を無視するとは何事か、不敬であるぞ! ……うっ!?」
エストレアは急にふらつきだしコーヒーを一気飲みした。そして盛大に咽せる。
「うえっ! ゲホッゴホッ!! ま、まず……いや、なかなかに味わい深い。うむ、やはり漆黒のコーヒーは闇妖精である余になによりふさわしい。一気に眠気が覚めるな。ほれそこの者、ただちにおかわりを持ってくるがいい」
涙目になりながらも精一杯威厳を保とうとするエストレアを、ルーチェが白けた視線で見ている。
「はいはい、わかりましたよ」
側についていた見張りも呆れた様子で相槌を打っていた。
「はいは一回でよい! まったく、この城の使用人はなっておらぬな。城主にあのような使用人は即刻クビにするべきだと進言せねば」
「あの、エストレア……様? 聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
アレッタがエストレアの機嫌を損ねないよう気をつけながら声をかけると、エストレアは偉そうにフンと鼻を鳴らす。
「なんじゃ、申してみよ」
「ええと、前に毒薬をキノコの胞子屋さんから買ったって聞いたんだけど、それっていつ頃の話なの?」
「ふむ、余は日付けなどという他者の尺度で定められた事柄などいちいち覚えておらぬぞ」
覚えていないらしい。ちょっと質問の仕方を変えてみよう。
「あの痺れ毒とか眠り粉はなんのために使う予定だったんだろう?」
「むろんこの世の秩序を乱し、平和という惰弱なぬるま湯に浸かった者共を、絶望と混沌の奈落に叩き落とすために決まっておろう! なーっはっはっは!!」
エストレアの高笑いを聞いたルーチェは、嫌そうに耳を塞いだ。
「ねえ、やっぱこの状態のエストと話すのやめない? なんか私鳥肌立ってきた、ほら」
「ルーチェは闇のエストレアが苦手なんです? 外で待っていてもいいですよ」
ルーチェはチラリと羨ましそうに扉の外を見たが、ふるりと首を横に振った。
「んー、いいや。なんかソルの無実を証明するような情報持ってるかもしれないし、ここにいるわ。あーさむっ」
ルーチェは腕をさすりながらもその場に留まった。怖い物知らずのルーチェにも苦手なものってあるんだね。
エストレアはかなり眠そうにしているが、その度にコーヒーを口に含んで涙目になりながらも起きていた。
早く聞かないとエストレアは今にも眠ってしまいそう。なにか、なにか新しい情報に繋がりそうな質問はないかな?
迷った末に、アレッタはこんな風に尋ねてみた。
「エストレア様、もうひとつ教えてほしいんだけど、キノコの胞子屋さんに行った時に誰か他にお客様を見なかった?」
「ふむ、そうさな、ふわああぁ……」
エストレアは大きなあくびをした後、目を擦りながらも教えてくれた。
「紫髪の花妖精がキノコの薬屋に立ち寄っているのを見たな。そもそも余以外に客がいることが珍しく、気になった余は何を買うつもりか覗き見たのだが」
「人の買い物を覗いたんだ」
ルーチェがツッコミを入れると、なぜか胸を張るエストレア。
紫髪の花妖精? ロイスも紫色の髪をしているけれど……まさかね?
「うむ、痺れ毒と眠り粉と幻惑の粉を買っておったぞ。なかなか見どころがありそうな輩ゆえ、余の配下に加えてやってもよかったのだがな。ふわぁ……若僧の目が煩わしかったゆえに、その時は見逃してやったのだ」
「それを買っていたのは紫の髪で紫の目の、上品な顔立ちをした長身男性の花妖精ですか?」
身を乗りだしたマイムが更に聴きこみすると、もはやテーブルに顔をひっつけた状態のエストレアが、半分眠りながら答える。
「そう、そんな……むにゃ、見た目、だった……ぐぅ……すぅ……」
アレッタはマイムと顔を見合わせた。
ロイスに確かめないといけないことができたみたいだね。




