22 新しい侍女
その次の日。昨日と同じ時間に目が覚めたアレッタは、ぼんやりと窓の外を確認する。今日はロイスの姿は池の前に見当たらなかった。
昨日の池鏡の中の状況、やっぱり気になるなあ。レベッカは元気そうではあったけれど……テオドール殿下とカロリーナ様が見ていたあの水晶は、一体なんだったんだろう?
なんだか妙に気になるんだよね……
考え事をしていたアレッタは知らない侍女が部屋を訪ねてきたのに気づかず、マイムだと思っていつものように声をかけた。
「マイムおはよう、今日もよろしく……あら?」
「おはようございますアレッタ様、本日からしばらく私がアレッタ様のお世話をさせていただくことになりました。よろしくお願いします」
現れたのは、青灰色の髪に灰色の瞳の妖精だった。ボブカットに切りそろえられた髪がお辞儀と共に揺れる。
えっ? マイムからはなにも聞いていないけど……体調不良とかなのかな?
「そうなんだね、なんて呼んだらいい?」
「あっ、プリーケです。プリーケ・キューマと申します」
「これからよろしくね、プリーケ」
「はい」
プリーケは緊張しているようだった。アレッタは気持ちをほぐそうと、とりあえず着替えの手伝いをお願いしてみる。
「着替えたいから手伝ってもらえる?」
「はい、ドレスはどちらになさいますか?」
プリーケの青灰色の髪が綺麗だったので、今日は青系のドレスに挑戦してみようと決めた。
ターコイズブルーなら、ちょっと緑がかっているし私の瞳ともあうかな?
ここにあるドレスはアレッタのために用意されていることもあり、だいたいどれを着てもハズレがない。
ユースがたくさん褒めてくれるので、アレッタのファッションコンプレックスも徐々に解消されつつあった。
「このドレスでいいと思う?」
「ええと、はい。手伝います」
着替えを手伝ってもらっている間に、マイムのことを聞いてみた。
「私も詳しくは知らないんです。マイムさんが急にお休みがほしいとお願いしたそうなんですが、なにも聞かれてないですか?」
「ええ、そんな話はしていなかったけれど」
「そうですか。あの、腕を上げてもらっていいですか?」
プリーケはマイムよりも時間をかけたが、なんとかドレスを着させてもらえた。
「ありがとうプリーケ。あの、もっと気楽に接してもらっていいからね?」
「いえいえ、ゆくゆくは王妃となられる方に気安い態度なんてとれません。その、どうかご容赦ください……」
「そう?」
プリーケは緊張からか顔を若干青くしながら断ってきた。そこまで固辞されるとアレッタとしてもなにも言えない。
マイムも最初は私に対して緊張してたものね、そのうち仲よくなれるといいな。
それにしてもマイムったら、一体どうしちゃったんだろう。急にお休みがほしい理由……身内に不幸があったとか?
うーん、わからない。帰ってきたら聞いてみよう。
朝食のために部屋を移動する。ユースは機嫌よくアレッタを出迎えた。
「おはようアレッタ、朝から君に会えて幸せだ」
「おはようユース、私もよ」
「今日のドレスも爽やかでいいな、アレッタはなにを着ても似合う」
フッと表情を緩めるユースは眩しいものでも見るかのように目を細めている。
本心から褒めてくれているとわかったので、アレッタも恥ずかしさを堪えて返答する。
「そんな、なにを着ても似合うわけじゃないわ……でもありがとう。ユースも爽やかで素敵よ」
「そうか、ありがとう」
ユース、優しいなあ。それにシンプルな白いシャツを着ているだけなのにこんなにかっこいいなんて。綺麗な人はなにを着ても似合うのね。
アレッタは浮かれながらも、ユースにもマイムのことを聞いていないか確認をしてみた。
「マイムが急に休みを? ふむ、休みを管理するのはメイド長の仕事だから、彼女ならなにか知っているかもな。気になるなら休みの理由を聞いてみるか」
「いやいや、いいよ! マイムにだって休みたい時はあるはずだもの。ただ、急だったからちょっと気になっただけ。代わりの侍女もつけてもらえたし大丈夫」
「そうか。もし行き届かない部分などあればもう一人侍女を手配することもできるから、遠慮なく教えてくれ」
「うん、ありがとう」
和やかに食事を楽しんだ後、席を立ち上がった瞬間アレッタは背中になにか違和感を感じた。
「あっ!?」
はらりと背中の布を留めていたリボンがはだけて、アレッタは慌てて胸元を抑える。
「あ……待っていてくれ、侍女を呼ぼう」
ユースは立ち上がり、侍女を呼ぶ為に呼び鈴を鳴らそうとする。
あっ、ちょっと待って!?
「待って、ユース、背中にリボンがついているはずだから、それを結んでくれない? このまま待つ方が恥ずかしいの」
胸元を抑えているうちに解けかかっているリボンがさらに緩んでしまいそうで、気が気じゃない。侍女を呼ぶ時間が惜しい。
「……わかった、失礼する」
ユースがアレッタの背中側に回る。リボンがしゅるりと結ばれ、その拍子に素肌に指が触れる。アレッタはピクリと肩を跳ねさせた。
「アレッタは背中まで綺麗だな……」
「……」
あ、これダメだわ、こっちの方が余計に恥ずかしかった……! は、早く終わって!!
ユースは手際よくリボンを結ぶとアレッタの再び布に包まれた背中を撫でた後、うなじにキスを落とした。
「ひゃっ」
「アレッタ、こんなことはけして他の男に頼むんじゃないぞ。わかったな?」
「は、はいぃ」
熱を帯びた紫の瞳に射すくめられて、アレッタは真っ赤な顔で返事をした。
朝からそんなハプニングはあったものの、朝食後はユースといつも通り分かれて、アレッタは部屋に戻った。
さて、今日はどうしようかな。また図書館に行く? プリーケはマイムみたいに本を代読してくれるかな? そろそろちゃんと字も覚えたいし、とりあえず図書館に行こう。
プリーケをつれて図書館に行く。本を読みあげてもらえるかプリーケに頼んでみると、申し訳なさそうな返事が返ってきた。
「すみませんアレッタ様、私は字が読めないのです」
「あ、そうなのね。ごめんなさい、できないことを頼んでしまって」
「いいえ! 私こそ申し訳ないです、田舎の村では字を読む必要がなかったので勉強してこなかったんです」
「そうだったの。プリーケの田舎はどこ?」
「花と水の王国の隅っこにある水妖精の集落です。私、どうしても一目噂の王子様を見てみたくって、王都まで出てきたんです」
噂の王子様って、どんな噂があるの? プリーケは聞くまでもなく語りはじめた。
「アッシュブロンドの髪は光妖精の祝福を受けたかのように光り輝き、神秘的なアメジストの瞳は国中の全てを見通し、国民みんなを慈愛の目で見守ってくださる……かっこよくて優しくて、素晴らしい王子様だって聞いて。噂は本当でした……」
ぽわんと夢見るように宙を見上げるプリーケは、ユースの熱狂的なファンらしい。なんだかルーチェと仲良くなれそう。
「だから私、ユスティニアン殿下の大切なお方であらせられるアレッタ様にお仕えできて、光栄なんですけどとても緊張してしまいます……」
プリーケは緊張からかまた少し顔色が悪くなりはじめた。
「こんな田舎娘が王宮で働けるだけでもすごいことなのに、殿下の婚約者様の侍女だなんて! 緊張で胸が張り裂けそうなんです、なにか粗相をしてしまったら申し訳ありません……!」
なにもしていないうちから謝りペコペコ頭を下げるプリーケ。
たしかに朝ちょっとしたハプニングはあったけれども、突然謝られてアレッタは面食らう。
「そ、そんなに固くならなくていいのよ?」
「いいえ、いいえ。私、あまりにも感情が昂ると水の魔力が暴発することがあるんです。もしそうなってしまったらと思うと、もう頭がおかしくなりそうで……!」
取り乱し震えはじめたプリーケのことをとても見ていられなくて、アレッタはギュッと抱きしめた。
アレッタより背の高い彼女の震える背中をなだめるように撫でる。
「大丈夫だから落ち着いて。なにか困ったことがあったら、どうするかを一緒に考えましょう? 緊張してもいいし、少しくらい失敗したって私は気にしないわ」
アレッタがしばらくそうやってプリーケを抱きしめていると、やがて彼女の震えはおさまってきた。
「あの、ありがとうございます。アレッタ様のおかげで気分がよくなりました」
「私は妖精さんにとって心地よい魔力を持っているそうなの。また落ちつかなくなったら遠慮なく抱き枕にしてくれていいわ」
「そんな、アレッタ様……なんてお優しい! 私、アレッタ様にお仕えできて幸せです!!」
プリーケの感極まった声と共に、周りから拍手の音が聞こえてきた。
「麗しい主従愛だ、いいものを見せてもらった!」
「殿下の婚約者様は心の広いお優しい方なのね。殿下もこんな素敵な方が婚約者で幸せ者だわ」
ああっ、ここ図書館だったわ、公共の場で騒いでしまって恥ずかしい……!
アレッタは文字の勉強のための本を司書に選んでもらって借りると、そそくさと図書館から逃走した。




