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2 かわいい妖精さん

 手のひらサイズの花妖精達は、薄い花びらの羽を羽ばたかせながら口々にアレッタに挨拶をした。


 マリーは黄色いマリーゴールドの花弁がまるで鳥の羽のように形作られたものを、背中に背負っている。

 リリーには白いユリの花びらが四枚、蝶の羽のように背にくっついていた。ポピーは赤い花びらを、同じく蝶のように背中から生やして羽ばたいている。


「本当に久しぶりね」

「もう来ないのかと思ったわ」

「来ない間何してたのー?」


 みんなお揃いみたいな飴色の瞳だけれど、一人瞳の色が若干濃いポピーがそう問いかけてくる。


「別に大したことはしていないわ。公園に遊びに行ったり読書をしたりしてただけ。みんなに会えなくて退屈だったよ」

「私もアレッタに会えなくて退屈だったよ!」

「退屈なら会いに来てくれたらよかったのに」

「そうそう! 本当だよー」


 歓迎してくれている妖精達に、アレッタは自然と微笑む。


 前回王子から王宮に呼びだされたのは三ヶ月も前で、それから一回も会えてなかったからもう忘れられているかと思ったのに。


(みんな、私に会いたいと思ってくれてたんだね)


 婚約破棄で痛んだ心に、無邪気な態度が染み渡る。


「私もみんなに会いたかったわ。けれどここにはなかなか来れなくって……もうここに来れるのは今日で最後かもしれないの」

「ええっ!? そうなの?」

「寂しいわね」

「そんなの嫌だようアレッタ! なんで? どうしてー?」


 ポピーがふわふわとアレッタの周りを忙しなく飛びまわる。


「あのね、これには訳があって……」


 第二王子に婚約破棄されたことを伝えると、妖精達はみんな目を吊り上げて怒った。


「なによそれ! どうしてなにも悪いことしてないアレッタが、婚約破棄されなきゃいけないの?」

「その王子、許せないわね」

「痺れ毒の粉でもまいちゃおうよ!」


 リリーとポピーが物騒なことを言うので、アレッタは慌てて止める。


「やめて、そんなことしなくていいから。私はそもそもテオドール殿下のことが好きじゃなかったの。だから婚約破棄されてせいせいしてるわ」


 マリーがアレッタの顔を心配そうに覗きこんでくる。


「本当にそうなの? アレッタ、なんだか悲しそうよ?」

「うん……婚約破棄されたこと事体はそんなに気にしてないんだけどね。今まで私が努力してきたことはなんだったんだろうって、ちょっと空しい気持ちにはなってるかな」


 自嘲するようにアレッタが笑うと、リリーがアレッタの周りをふわりと一周した。


「そのドレスも王子に汚されたの?」

「あ、これは違うよ! 私の不注意で飲み物が引っかかっちゃっただけ。もう初夏だし、すぐに乾くわ」

「こんな格好になったアレッタを見送りもせずに帰す王子なんてサイテーよ!」


 ポピーはぷりぷりと怒り続けている。本当に痺れ毒をまきにいきそうだ。


「はあ、それにしてもアレッタの側はやっぱり居心地がいいわ」


 マリーがふわふわと飛びながらそんなことを口にした。アレッタは妖精が見える特別な瞳を持っていて、そういう人は妖精に好かれやすいらしい。


 昔は妖精姫だと珍しがられて重宝されたが、今は妖精が見えるだけで尊ばれたりしない。


 妖精に好かれると、彼らは人間のために魔法を使ってくれる。妖精の価値観で魔法を使うため、時には困ったことになるらしいが、素晴らしい奇跡を起こすこともあるという。


 アレッタは妖精に会うだけで癒されていたので、特になにか魔法を使ってほしいとお願いしたことはない。


(ふわふわしていてかわいらしくて、親身になって私の話を聞いてくれる妖精さん達。本当に大好きだわ)


「私もマリー達の側にいると心が安らぐの。いつもありがとう」

「え、私なにもしてないよ? でもどういたしまして」

「アレッタは本当にいい子ね」

「私も! 私もアレッタのこと大好きだよー!」


 妖精達はくるくる回ってアレッタの目を楽しませた。自然と顔が綻ぶ。

 声を出して笑うと、リリーはアレッタの頭をふわりと抱きしめた。


「こんなにかわいいアレッタと婚約破棄するなんて、王子は見る目がないわ。そんな人こっちから願いさげよ」

「そうだよー、きっと今にアレッタにピッタリな王子様が現れるよ」


 妖精達はポピーの言葉を聞くと同時に、ピタリと顔を見合わせた。


「例えばあのお方とか?」

「あのお方しかいないんじゃない?」

「あのお方で決まりだよ!」

「みんな、なんの話をしているの?」


 アレッタが戸惑っていると、マリーは茂みを振り返りハッと顔色を変えた後、ポンと手を打った。


「あ、私用事を思いだしたわ!」

「私もよ。ごめんなさいアレッタ、話の続きはまた今度ね」

「私も帰る、またねアレッタ!」


 妖精達はこれでお別れだなんて感じさせない軽い調子で、花の間に隠れていってしまった。


「あ……行っちゃった」


 一人残されたアレッタは、フラリと立ちあがる。


(もう一度この庭園を目に焼きつけてから帰ろう。うちの王都の屋敷にはこんなに立派な庭がないし、大好きな花だって全然育ててくれないんだから)


 あそこに咲いているユリの花はリリーの花だろうか……あっちはポピーで、向こうに咲いているのはマリーゴールド。どの花も真昼の陽光をガラス越しに浴びて、めいっぱい輝いている。


 妖精は草木や自然の光や水、それに土があるところなら大体見ることができるけれど、アレッタの大好きな花妖精は、やはり花が咲かない場所にはなかなか現れない。


 マリー達の話によると、花の咲く場所には花妖精に心地よい魔力が漂っているらしい。

アレッタには魔力がどんなものかよくわからないけれど、妖精にとって心地のいい場所はアレッタにとっても心地よい。

 アレッタは自然が多い場所が好きだった。


(王都にはそういう場所が少ないから、この温室に通えなくなるのはやっぱり残念だな)


 アレッタは一本一本の草花の形を丹念に観察して歩いた。手入れの行き届いた花達は、つやつやと輝いている。


 アレッタは花々のアーチが備えられた一角にあるベンチに腰かけた。


(今の時期は花も咲いているから、あの子達も今とても調子がいいんだろうな。冬に会った時は、リリーなんか眠たくてしょうがないって感じだったもの)


 半年前のリリーの様子を思いだしてクスリと笑ってしまう。


(飛んでいると落ちそうになるから、手のひらの上で抱えていたら丸くなって寝てしまったのよね)


 アレッタが懐かしい回想に夢中になっていると、後ろから誰かに呼ばれた気がした。振り返るけれど誰もいない。


「誰? 誰かいるの?」


 アレッタが呼びかけると、アルストロメリアの花の合間から見たことのない妖精が顔を見せた。

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