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【書籍化】第二王子の側室になりたくないと思っていたら、側室ではなく正室になってしまいました  作者: 倉本縞
番外編 王太子の大切な人

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1.試練また試練

書籍発売記念の番外編です。三話完結です。

 いくら何でもひどい。


 アドリアンは内心の困惑を隠せず、顔をしかめた。

 目の前には、この世のものとも思われぬ、月の精霊のように美しい男性が立っている。


 ナーシル・カルマン。またの名をナーシル・コバス。

 現国王に認知された第二王子であり、ルカーチ伯爵家当主であるアドリアンの妹、エリカの夫でもある。


 冒険者として各地を飛び回っているナーシルとエリカが、突然王都へ戻ってきたのは、つい先日のことだ。

 どうやら二人は、ルカーチ伯爵領にいる先代当主ルドルフの依頼を受けてこちらに戻って来たらしく、エリカは戻るなり、挨拶もそこそこにアドリアンに申し出た。


「兄上、申し訳ありませんが、急ぎ王太子殿下に謁見を賜りたいのです。兄上から殿下に、謁見のお許しをいただくよう、お願いしていただけませんか?」

「殿下に? それは、むろん……、ナーシル殿になら、すぐに許可が下りるだろうが」

「いえ、公にはしないでください。秘密裡に、しかもなるべく早く。……謁見が叶えば、その場で兄上にも理由をお話します」


 エリカの硬い表情に、アドリアンはぎくりとした。

 その表情は、アドリアンにとって見慣れたものだった。

 騎士たちが、困難な命令を遂行しようと覚悟をきめた表情。戦いの最中、よく見たそれを妹であるエリカの中に見つけ、アドリアンは内心密かに動揺していた。


 伯爵令嬢であった妹が、艶やかな黒髪も宝石のようだと称えられた瞳もそのままに、まるで抜身の剣のように鋭く危険な雰囲気をただよわせている。

 どこか近寄りがたささえ感じさせる妹に、アドリアンは少し寂しさを覚えた。


「……わかった。すぐ王太子殿下に申し上げよう」

 恐らくは父ルドルフの思惑あって、王太子との謁見を求めているのだろう。

 アドリアンはすぐさま王宮に上がり、王太子にエリカとナーシルの謁見の許可を願い出た。

 王太子はある程度、この事態を予測していたらしい。何故、という問いかけもなく、すぐに謁見の許可は下りた。しかしそれから王太子の予定調整に時間がかかり、つい先ほど、ようやく日程が決定したのだ。


 謁見は、二日後、離宮にある王太子の私室で極秘に行われることに決まった。

 アドリアンはエリカに、謁見が二日後に決まった旨を告げると、また慌ただしく踵を返した。

 今日はこれから、また外出せねばならない。厄介な用事のため、戻るのは深夜になるだろう。


 アドリアンはため息をついた。

 最近は心を折られるような問題が山積しており、精神が疲弊している。

 こんな時に、父ルドルフはいったい、どんな面倒事を持ち込もうとしているのか。考えると頭が痛かったが、それでもアドリアンは、久しぶりにエリカとナーシルの二人に会えたことを嬉しく思っていた。……さっきまでは。


 屋敷を出ようとしていたアドリアンは、廊下で所在なさげにたたずむナーシルに気がついてしまった。

「……ナーシル殿?」

 アドリアンは、独りでいるナーシルを不思議に思って声をかけた。ナーシルはいつも、まるで背後霊のようにエリカの後ろに張りついているのに、今日はどうしたのだろうか。

「どうかいたしましたか? エリカならユディトの居室におりますが……」

「アドリアン様」

 ナーシルは、もじもじしながら言った。


「あの……、よろしければ、アドリアン様にご相談したい事があるのですが」


 来た! とアドリアンは顔を引き攣らせてナーシルを見た。


 ナーシルの相談事は、たいがい……というか、すべてエリカ関係だ。その内容も、聞いているだけで全身が痒くなるような、エリカ愛にあふれている。

 なぜ自分にエリカとのあれこれを相談するのか。心底やめてほしい。正直、ナーシルから相談という名の精神攻撃を受けた後は、三日くらい立ち直れないのだ。

 お願い黙って、というアドリアンの心の叫びを踏みにじるように、ナーシルが口を開いた。


「アドリアン様、どうかご教授いただきたいのですが」

 夢見るような眼差しで、ナーシルが言った。


「夜、いつもエリカ様は、私が服を脱ぐのを手伝ってくださるのですが、そうした手間をかけぬため、あらかじめ服を脱いで寝台でお待ちしていたほうがよろしいでしょうか?」


 そのほうが時間を短縮できると思うのですが、はしたないでしょうか、と頬を赤く染めて恥じらいながら、嬉しそうに相談する義弟を、アドリアンはつくづくと眺めた。

 この男は、王族である。正式にお披露目されてはいないが、現国王に認知され、王族としての姓を名乗ることを許された、尊い御身なのだ。いい加減にしろと、怒りにまかせて罵ってよい相手ではない。


 そう自分に言い聞かせ、アドリアンは何度か深呼吸をくり返した。

「……そういう問題は……、そうですね、うん……、あ、そうだ! それは父にお聞きしてみてはどうでしょうか!? うん、そうだそれが良い! 夫婦関係のことなのだから、夫婦として多くの経験を積んだ父にお聞きしたほうが、より良い回答を得られることでしょう!」

 アドリアンは、問題を父親にブン投げた。

 いつもいつも自分ばかり、こうした問題の尻ぬぐいをさせられるのは、不公平というものだ。 たまには自分の苦労を味わうがいい! とアドリアンは珍しく黒い気持ちで考えた。


「父は、ナーシル殿の義父でもあります。きっと親身になって考えてくれることでしょう」

 アドリアンの答えに、ナーシルはぱちぱちと瞬きした。思いもよらぬことを言われたような表情だった。


「ルドルフ様に……」

「ええそうです、父は、息子の私が言うのもなんですが、経験豊富な知恵者です。ましてナーシル殿は家族なのですから、父に相談することになんの遠慮がいりましょうか」

 家族、とナーシルはつぶやくと、嬉しさをにじませた笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、アドリアン様。……母を、神官長を亡くしてから、私に家族はいないと思っておりましたが、そうですね……、アドリアン様のおっしゃる通りです。そのようにおっしゃっていただき、なんとお礼を申し上げればよいのか。私には今、家族がいるのですね……」

 その嬉しそうな表情に、アドリアンは後ろめたさを覚えた。

「あ、えっと……、あのその、そうした問題以外で、私にできることがあれば何でもおっしゃって下さい。武具など、何か必要なものはございませんか? 装飾品でもなんでも、最高級品をあつらえさせますが」

「いえ、武器は壊れてはおりませんし、冒険者生活ではとくに装飾品も必要ではありませんから。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるナーシルに、いい人なんだよなあ、とアドリアンは心の中でつぶやいた。


 謙虚で慎み深く、優しく繊細。さらには、精霊と見まごうような美貌の持ち主でもある。本来なら王宮の中で、蝶よ花よと愛でられて育ったはずのお方だ。

 だが彼は、奢侈とは無縁の幼少期を過ごした。長じてのちは神官となったが、大半の時を戦場で過ごし、一兵士として過酷な環境を強いられた。

 そのような不遇の時を長く耐えたにも関わらず、ナーシルはいつも穏やかで優しい。王太子殿下とはまた違うが、お守りしなければ、という思いが自然とわいてくるような、素晴らしい王族だ。


 エリカに関すること以外は。


 アドリアンは深くため息をついた。

 そうだ、そうなのだ。エリカに関することとなると、途端にこの麗しい王族は、おかしくなってしまう。

 何故その結論!? とのけぞるような思考、聞きたくない赤裸々な恋愛事情を聞かされ、アドリアンはナーシルに会うたび、精神をゴリゴリ削られていた。


 が、今回はとりあえず、難題を父親に丸投げすることが叶った。

 良かった、助かった。次からもこの手を使おう。

 そう思い、常にない爽やかな気持ちで、アドリアンはナーシルの前を去った。


 これから、レオンに難癖をつけるエンドルヴァ公爵に会いにいかねばならない。厄介な問題を前に、体力を温存することができてアドリアンは安堵していた。



「貴殿は、我が公爵家を侮辱するおつもりか?」

 だがその数刻後、アドリアンはふたたび忍耐の試練にさらされていた。

「……侮辱など、そのような」

「だが貴殿の申し立てを聞く限りは、そうとしか思えぬ。我が息子を差し置き、あの卑しい男爵家の人間を、王太子殿下の護衛騎士に任ずるなど、どう考えても」

「エンドルヴァ公爵閣下」

 アドリアンは、豪華なソファに座ってこちらを睨む、エンドルヴァ公爵の言葉をさえぎって言った。


「卑しい男爵家の人間とは、よもやレオン・バルタのことではございますまいな?」


「アドリアン殿……」

「レオン・バルタに、卑しいところなど一つもありませぬ。……王太子殿下が彼を護衛騎士に任じられたのも、その武勇と忠義心を高く評価されてのことです。レオンを卑しいと罵るのは、王太子殿下を侮るも同じこと」

「そのような……、それは言い過ぎというものだ」

 アドリアンの迫力に押され、エンドルヴァ公爵はいくぶん、弱々しい口調になって言った。


「わたしはただ、息子を軽んじられるのが我慢ならぬだけで……」

「閣下、重ねて申し上げますが、決して閣下のご子息を軽んじているわけではございませぬ。ただ、レオン・バルタの功績を考慮し、それに相応しい役目を与えただけです。……セファリアの戦いしかり、ケナの戦いしかり。レオンの働きなくば、いまだこの国は紛争のただ中にあったことでしょう」

 痛いところを突かれたのか、エンドルヴァ公爵は顔をしかめた。


「ケナのことは……、あれは、運が悪かったのだ。息子は、怪我さえしなければ……」

 歯切れ悪く言い返す公爵に、アドリアンは鋭く言った。

「命令違反をされたご子息を庇い、騎士団長アンスフェルム様は重傷を負われました。戦況が悪化する中、レオンが命懸けで単身、敵の将を討ち果たしたからこそ、騎士団長も私も……、ほか大勢の兵士たちも、生きて王都に帰還することが叶ったのです。その時、ご子息はどちらにいらっしゃいましたか? 我らがケナの地で凍え、援軍もなく戦いつづけていたその時、ご子息はどちらに? 何をされておられたのです?」

「アドリアン殿!」


 エンドルヴァ公爵の顔が怒りで赤く染まった。

 公爵の子息は、あの時、怪我を理由に治療師を連れてケナの地から王都へ戻ってしまった。一人で敵将を倒したレオンの功績と比べられ、笑いものにされる事もあったと聞く。

 エンドルヴァ公爵にとって、ケナの戦いは、なかったことにしたい汚点なのだろう。


 アドリアンは、ふう、と大きく息を吐いた。

「申し訳ありません、言葉が過ぎました。……が、これは王太子殿下のみの意にあらず、王宮第一騎士団はもとより、先の二つの内戦に関与したすべての兵士たち、またレオンを支持する数多の貴族の総意と思っていただきたい。レオン・バルタは王国の英雄です。その存在を貶めようとするならば、彼に命を救われた騎士や兵士たちが、……もちろん私もですが、黙って見ているなどと思われぬことです」

「貴殿は……、わたしを脅すつもりか」

 エンドルヴァ公爵が唸るように言った。


「どうとでも、お好きなように。ただ、これだけははっきり申し上げておきます。……私は、レオン・バルタへの根拠なき誹謗中傷を、黙って見過ごすつもりはありません。ましてや、もし彼に何事か仕掛けようとするならば」

 アドリアンは言葉を切り、エンドルヴァ公爵の顔を正面から見据えた。

 その皺深い顔は、アドリアンの強い視線を受け、いくぶん青くなったように見える。

「……その時は、ルカーチ伯爵家当主として、相応の対応をとらせていただくことになるでしょう。もちろん、騎士団長アンスフェルム様も同様のお考えかと」

「…………」


 その後、寒々しいやり取りを重ね、満身創痍となったアドリアンは、予想通り深夜にエンドルヴァ公爵邸を辞した。


「……ハア……」

 屋敷へと戻る馬車の中、アドリアンは重いため息をついた。

 つらい。なんか最近、仕事の大半がレオン宛のクレーム対応のような気がする。私はレオンの秘書官か。

 ていうか、とうとう公爵家とやり合うようになってしまった。まあ、そもそもエンドルヴァ家は、懲罰的な意味合いで臣籍降下された王族が始祖である。公爵と言っても領地もない名目だけの地位で、強大な軍事力と財力を誇るルカーチ家とは比べものにもならない。……本来ならば。


 最近、エンドルヴァ公爵家を筆頭に、急進派と呼ばれる派閥が、宮廷で勢力を伸ばしつつある。彼らは自治権を持つ地方をねじ伏せ、強力な中央集権を目指しているが、まったくと言っていいほど民衆の支持を得ていない。……が、厄介なことに彼らの最大の後ろ盾は、この国の王、ローランド・コバスだ。

 現在、宮廷は急進派と穏健派の熾烈な戦いの渦中にある。それはそのまま、国王派と王太子派の対立でもあり、そのとばっちりを自分は被っているのだ。


 宮廷なんて嫌い、もう領地に引きこもりたい、と思った瞬間、いま現在、領地にいる父ルドルフのうさん臭い顔が、ピコンと頭に浮かんだ。

 アドリアンは再び、地の底へ沈み込みそうなため息を吐いた。


 二日後には、王太子殿下との謁見がある。

 殿下は苦笑しただけで、すぐに謁見の手配をととのえるようにとおっしゃった。つまりは、殿下に根回しは済んでいるということだ。

 エリカとナーシルは今回、父ルドルフの命で動いている。謁見まで詳細は明かさぬよう命じるなど、いかにも慎重で秘密主義な父らしいやり方だ。


 父上は今回、二人に何を命じたのか。

 謁見にはアドリアンも立ち会うことになっている。そして、何故かレオンも。


 レオンは王太子の護衛騎士だから、離宮にまでついて来ても見とがめられることはない。だが何故、レオンなのだ。父上は何を考えて……。


 そこまで考えたところで、限界がきてアドリアンは目を閉じた。

 疲労で頭が回らない。もうこのまま、朝が来なければいいのに。


 後ろ向きな想いを胸に、アドリアンは屋敷へ戻る馬車の中、つかの間の休息に身をゆだねたのだった。


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