5.突然の武闘大会
わたしはぐっと唇を噛みしめ、椅子から立ち上がった。
レオンとナーシルが、四阿にやって来た。
「おお、リリー殿、アドもよく来たな。少し遅れてしまったか?」
ハハハ、と明るく笑うレオンに、わたしは腰を折り、挨拶をした。
「レオン様、本日はこのような場を設けていただき、感謝いたします。誠にありがとうございます」
くるりとナーシルに向き直り、わたしはふたたび、深々と礼をした。
「初めてお目にかかります、ナーシル様。わたくし、ルカーチ伯爵家の娘、エリカ・ルカーチと申します」
しかし、返事がない。
ひょっとして、レオンが「リリー」とわたしを呼んだので、リリーとエリカのどちらが本名なのか、判断がつきかねているのだろうか。
「あの、わたしの名前はエリカです」
失礼かもしれないが、わたしは顔を上げてもう一度、名前を強調して言ってみた。
すると、ナーシルは驚いたようにわたしを見返し、慌てて頭を下げた。
「……え、あ、失礼いたしました。私はナーシル、ナーシル・カルマンと申します」
動揺した様子のナーシルに、レオンがにこやかに言った。
「ほら、俺が言った通りでしょう、ナルシー殿! リリー殿は、ナルシー殿を見ても、逃げ出したりしませんって!」
どうやら、今までの見合い相手は、ナーシルの巨体を目にするやいなや、一目散に逃げ出していたらしい。不憫な。
兄もそう思ったらしく、ナーシルに優しく微笑みかけた。
「ナーシル殿、私をご記憶でしょうか。ルカーチ伯爵家の嫡男、アドリアン・ルカーチと申します。ケナの地でご一緒したことがあるのですが……」
「アドリアン様、ええ、もちろん覚えております」
ナーシルが頷くと、レオンが、
「ケナの地! そうだ、そこで俺は貴殿に命を助けられた! リリー殿、ナルシー殿はまこと武芸に秀でておられてな、両刃斧を自由自在に使いこなすのだ! あれは扱いが難しい武器なのだが」
夢中になって話すレオンに、わたしは愛想笑いを浮かべた。
「まあそうですの、素晴らしいですわね。わたしは残念ながら、両刃斧を存じ上げないのですが」
「おお、ならばお見せいたしましょう! しばしお待ちを!」
「え、いや」
止める間もなく、レオンは身を翻し、屋敷のほうへ走っていってしまった。
……おい。
紹介者を、ほぼ初対面の相手の前に置き去りにするとか、ずいぶん非道な仕打ちじゃないですか。
ナーシルも戸惑っている様子だ。
とりあえず四阿の椅子をすすめると、「すみません」と謝りながらナーシルが席についた。
うーむ。目の前に座られると、あらためてその巨体に驚く。どんだけ食べたらここまで太るんだろう。
ちょうど使用人がお茶を運んできてくれたので、わたしはそれを受け取り、お茶をいれた。
「どうぞ」
お茶を差し出すと、またもやナーシルは、驚いたようにわたしを見た。
「……ありがとうございます」
お茶を受け取る彼の手を見て、わたしは、おや? と心の中で首を傾げた。
ナーシルの手は、とても美しい形をしていた。
普通、太った人間の手は、指まで芋虫のようにぶよぶよ太っているものなのだが。
「ナルシー神官! 両刃斧をお持ちしました!」
その時、レオンが息せき切って四阿へ駈け込んできた。
手に、大きな斧のような武器と、何故か長剣も持っている。
「その斧が、両刃斧ですの?」
わたしはナーシルに渡された武器を、しげしげと眺めた。
通常の斧とは違い、左右対称の重そうな刃が、長い金属柄の先についている。
「ええ、そうです、この武器は非常に破壊力がありますが、しかし、その重さゆえバランスが取りづらい。俺も何度か挑戦してみたのですが、結局、物にならず諦めました」
レオンは長剣をさっと振り、ナーシルに言った。
「さあ、それではお相手ください、ナルシー殿! アド、審判を務めてくれ!」
は? と、レオン以外の全員が呆気にとられてレオンを見た。
「……なに言ってるんだ、レオン?」
レオンと付き合いの長い兄が真っ先に立ち直り、冷静に突っ込んでくれた。
「なにって、試合だよ、試合! せっかく珍しい両刃斧の使い手がいるのだ、手合わせしないという法はない!」
いや、あの、今日はわたしのお見合いなんですが。
レオンは、ご主人様に遊んでもらうのを期待する犬のように目を輝かせ、ナーシルを見ている。
……なんか、ここで「わたしのお見合いが!」とか言ったら、何故かわたしのほうが悪者になりそうな、そんな理不尽な予感がする。
ナーシルも困ったようにわたしと兄を見ている。
と、兄がふーっとため息をついて言った。
「……わかった。ただし、一試合だけだぞ。再戦はない。どちらかが武器を落とすか、膝をつくまでだ。……宜しいでしょうか?」
兄は明らかにナーシルに聞いていたが、ナーシルが答えるより先に、レオンが勢い込んで言った。
「よし、いいだろう!」
ナーシルは、わたしと兄に頭を下げた。
「あの……、それでは、しばし失礼いたします。アドリアン様、審判をよろしくお願いいたします」
うん……。
一番の被害者、ナーシルがこう言ってるんだし……。
レオンには、お見合いを設定してもらった恩もあるし、しかたない……。
「ナーシル様、頑張ってください!」
空気を読まないレオンを叩きのめしてくれ! と祈りをこめてナーシルに声をかけると、ナーシルは、びくっと肩を揺らしてわたしを見た。
なんだろう。わたしは何もしていないのに、さっきからナーシルに怯えられているような気がする……、何故だ。
「は、はい……、がんばります」
巨体に似合わぬかぼそい声で応え、ナーシルは四阿前のひらけた場所に下りた。
レオンが待ちきれないように、長剣をぶんぶん振り回している。
長剣ってけっこうな重さだと思うのだが、それをあんなに軽々扱うとは、レオンの筋肉は伊達じゃないんだな。
そして、そのレオンに対戦を熱望されるということは、ナーシルもかなりの腕前なんだろう。……見た目からは想像もつかないが。
兄は二人の中間に立ち、「始め!」と簡単に試合開始を告げた。
その瞬間、レオンが素早くナーシルに剣を振り下ろし、わたしは思わず目をつぶった。
わたしの婚約者(予定)が、真っ二つに!
と硬直したが、すぐに、激しい剣戟の音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開くと、驚いたことに、ナーシルはレオンと互角に打ち合っていた。
というか、しばらく見ていてわかったのだが、ナーシルは、素早さではレオンを上回っているかもしれない。
あの巨体をどうコントロールしているのか、足元も少しの乱れもなく、正確に両刃斧を扱っている。
レオンの剣をはじき、くるくると柄を回して踏み込み、レオンを後ずらせている。すごい。
「頑張って! ナーシル様!」
わたしは思わず叫んでいた。
すると、ナーシルがたたらを踏み、こちらを振り返った。
紫色の瞳が、驚いたようにわたしを見ている。
え、あれ、応援しちゃマズかったかな。
その隙を見逃さず、レオンが長剣を振りかぶり、ナーシルめがけて打ち下ろした。
今度こそわたしの婚約者(希望)が殺される! と思ったが、次の瞬間、ナーシルは驚くべき身のこなしで後ろに飛びのきつつ、レオンの長剣を逆に下から打ち上げた。
ガキン!と金属の折れるイヤな音が響く。
同時に、折れた剣がヒュンヒュン回りながら、わたし目がけて飛んできた。
え、ちょっと。
ウソ。
これ、割と命の危機じゃないですか!?