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【書籍化】第二王子の側室になりたくないと思っていたら、側室ではなく正室になってしまいました  作者: 倉本縞
本編

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46/55

番外編 アドリアン・ルカーチは、世界で一番幸せな男である

ナーシル殿とエリカが、冒険者になってしまった……。


最初は、貴族令嬢だったエリカが冒険者として生きていくなど無理、きっと三日で音を上げる、と思っていた。

しかし一週間、一ヶ月、半年と時が過ぎ、最近では、ひょっとして二人とも私のこと忘れてる……?と不安になりはじめた。


「あなた、大丈夫ですわ。先日、わたくし宛てに、エリカ様からお手紙と贈り物が届きましたの」

えっ!? と驚き、私はユディトを見た。


私の妻、ユディト。美しく淑やかで優しく、貴族女性の鑑のような、よく出来た妻だ。

こう言ってはなんだが、エリカとは何もかも正反対の性格の妻が、妹とうまくやっていけるか、最初は心配だった。しかし、何故か妻とエリカはあっという間に意気投合し、しまいには私を仲間はずれにするまでになってしまった。仲良くなってくれたのは嬉しいのだが、いったい何故……。


「手紙には何と? 贈り物とは?」

ユディトはにこにこしながら、大切そうに布にくるんだ首飾りを私に見せてくれた。

ぽってりと丸い、赤い木の実が連なった首飾りで、たしかに可愛らしいが、ユディトにはちと子どもっぽすぎるのでは? と思ったが、


「こちらのチョーカーを、わたくしのブリリアント・チッチちゃんへ、って! この赤いファリンの実が、チッチちゃんのツヤツヤの黒い毛皮に映えるだろうって、それでわざわざ送ってくださったのですわ!」

いまエリカ様達は、南国のセファリア地方にいらっしゃるのですって! とユディトは嬉しそうに目を輝かせている。

なるほど、ファリンの実はセファリア地方の特産品だったな。食べてよし、加工して工芸品にしてよしという、一粒で二度おいしい農産物。気候が合わず我が領地で栽培できぬのが残念だ。


このチョーカーを、ブリリアント・チッチに……、ああ、あの太った黒猫のことか。

ユディトはあの太った黒猫を、理解不能な愛情で可愛がっている。猫用のアクセサリーも、自分のものより多くそろえているくらいなのだが、この間、そのアクセサリーを一つ、失くしてしまったらしい。エリカは、その代わりにとこのチョーカーを送ってくれたわけか。


私は、そのチョーカーをしげしげと眺めた。

高価ではないが、よく出来ている。たしかにあの黒い毛皮には、この丸く艶のある赤い木の実がよく映えることだろう。


エリカは貴族令嬢らしからぬ言動が多いが、何故かこういった、女性を喜ばせる振る舞いがうまい。学園に在籍していた時も、第一王女殿下にまで気に入られていたらしいし。

正直、もしエリカが男だったら、ユディトも私ではなく、エリカを選んでいたのではないか。そんな埒もない考えが頭をよぎった。





私は子どもの頃、根拠のない自信に満ちていた。

周囲の人間は、私をルカーチ家の跡取り息子、何でもお出来になる優秀な若様、と持ち上げまくったし、私自身、由緒あるルカーチ家を背負って立つにふさわしい人間であろうと、努力を怠らなかった。

ただ一人の妹は、何かと問題を起こす頭痛の種ではあったが、そこもまた可愛いというか、面倒を見てやらなくてはならぬ、大切な存在だった。


だがある時私は、父が母に打ち明けているのを聞いてしまった。

父は言っていた。

「あれが男であればな。ルカーチ家は始祖以来の偉大な指導者を戴き、より高みへ至ることも可能であっただろう。惜しいことだ」


聞いた時は、驚きで心臓が止まるかと思った。

あの父が。

いつも内心をのぞかせぬ、穏やかだが不遜な態度の父が、心底残念そうに、悔しそうな口調で語っていたのだ。


あれが男であれば。


エリカ。私の妹が、男であれば、と父は嘆いていたのだ。


それはちょうど、領地にいたエリカが、子ども達だけで魔獣退治をおこない、行政官にこっぴどく叱られた頃のことだった。

私は、エリカがその騒ぎの首謀者だと聞いた時は、またかと少し呆れただけだった。

仕方のない子だ、誰にも怪我がなくて何よりだった、と。


父の言葉を聞いた後、私はその魔獣退治の詳細を調べてみた。

驚いたことに、エリカは子ども達をきっちり役割ごとに振り分け、まるで軍隊のような機動性を持たせて、魔獣退治にあたっていた。そして自ら先頭に立ち、見事に魔獣を倒したのだ。

誰ひとり怪我人が出なかったのは、運が良かったからではない。綿密な計算に基づいた計画、エリカの采配が的中したがゆえの成功だったのだ。


部下を適切な場所に配置し、その能力を存分に発揮させ、己は先頭に立って士気を鼓舞する。


人を使い、その上に立つ者として、エリカには天賦の才があった。父はそれを見抜き、私がいるがゆえに当主になれぬ、エリカの才を惜しんだのだ。


それから私は、エリカに対し、鬱屈した思いを抱くようになった。

エリカは変わらず、私の可愛い大切な妹だ。

しかし同時に、私など及びもつかぬ天才であり、私さえいなければ、エリカはルカーチ家当主として、存分にその力を振るえたはずだった。

父上は、エリカが男であれば、と言っていた。男であれば、第二子であろうと、当主に据えることはできる。だが女では、長男を差し置いて当主にするのは不可能だ。

私がエリカの邪魔をし、父上を失望させている。そう思うと、自分が情けなく、惨めだった。


レオン・バルタと知り合ったのは、ちょうどその頃だった。

とんでもない武技の持ち主で、学園入学当初から、すでに王太子殿下に目をかけていただいているとの噂だった。そしてその噂通り、剣、槍、体術すべてにおいて、レオンには上級生でさえかなわぬ、恐るべき天与の才があった。


私はレオンを見た時、この男もエリカと同じなのだな、と思った。

神に愛され、特別に才を与えられた者。私のような凡人とは、最初から立ち位置さえ違う存在だ。

男爵という低い地位でさえ、かえってレオンを輝かせているように思えた。

彼のような天才には、爵位など必要ない。彼は、ただ己の力のみで、高みへと駆け上ってゆくことができる。私はせめて、邪魔にならぬよう、脇に退いていよう。

……そう思っていたのだが。


学園入学後しばらくして、教師から、ある頼まれごとをした。

レオン・バルタから、何とか薬学の課題を提出させてほしい、というのだ。

私は首をひねった。


薬学の課題?


一応入学当初は、その進路に関わらず、生徒は全員、広く浅く一般教養を学ぶ。薬学もその一つだ。

だが、それは本当に初歩の初歩、ほとんどの貴族は子どもの頃、家庭教師によって既にそれらの知識を身につけており、課題提出に難儀することはない。……はずなのだが。


ひょっとしてレオン・バルタは、その武芸の才を鼻にかけ、一般教養など学ぶ必要なし、と傲慢に構えているのであろうか。たまに見かける様子では、礼儀正しく闊達な、実に紳士らしい態度であったように思うのだが。


寮に戻ろうとしていたレオン・バルタをつかまえ、私は薬学の課題について伝えた。

するとレオンは、恐縮して私に深々と頭を下げた。

「すまぬな、アドリー殿! 課題には取り組んでいるのだが、どうにも完成せず、今日まで至ってしまったのだ! 誠に申し訳ない!」

「いや、別に謝ることでは……、それに私はアドリアンだ、アドリーではない。……課題が完成しないということだが、どういう訳だ? あれは1刻もあれば完成する薬ではないか?」


……その後の過程ははぶくが、結果的に、私はレオンの課題作成の手伝いをすることになった。

課題を提出できたレオン、提出してもらった教師、ともに非常に喜び、私は双方から大変感謝された。


人助けもいいものだ、とその後もなんのかのとレオンの面倒を見ていたら、いつの間にか私は、レオンの保護者と見なされるようになってしまった。何故……。

最初の頃は、レオンに対する憧憬の念が残っていた私は、レオンに丁寧に接していたのだが、次第にぞんざいに、良く言えば気安く付き合うようになった。

だいたいレオンは、何度言っても私の名前を覚えない。毎日顔を合わせ、常に一緒に行動してる人間の名前を間違えるとはどういうことだ! といい加減頭にきた私は、「もういい! 私のことはアドと呼べ!」と半ばやけくそで怒鳴ったら、レオンは本当に私を「アド」と呼ぶようになった。レオンに冗談は通用しない。


レオンは、確かに武芸の天才だ。

しかし、彼には圧倒的に足りないものがある。

それは、常識だ。

ひょっとしたら私は、天才に足りないものを補うため、天に配された凡人なのであろうか……。それはそれで悲しい気もするが、やはりレオンは放っておけない。仕方ないので、私は引き続き、レオンの保護者的役割を引き受けていたのだが、


「アドリアン・ルカーチ。君は由緒ある伯爵家の次期当主だというのに、平民と変わらぬような、卑しい男爵の息子と親しく付き合っているそうだね。しかもその男、脳みそまで筋肉がつまっているような馬鹿者らしいが」

ある日、私は学園で、実に嫌味な男に声をかけられた。


たまにいるんだ、こういう奴が。貴族、それもかなり高位の爵位持ちだと、まるでそれを己の実力でもあるかのように錯覚し、傲慢にふるまう馬鹿者がいる。

はっきり言って、私はこういう馬鹿者が大嫌いだ。


爵位は、親もしくは先祖の功績であって、自分のものではない。まして我らは未だ学生の身。先祖が残した功績に見合うべく、研鑽を積み、努力を重ねなくてはならない時期だ。

それなのに、卑しいだの何だのたわけたことを……。脳みそまで筋肉云々は、正直、否定できないが、レオンは決して卑しくはない。彼は高潔な人物だ。


私は、馬鹿げた能書きをたれるそのアホタレを、じっと見た。

こいつは確か、先の武芸大会で、レオンに瞬殺された上級生ではなかったか。

逆恨みか。ますます馬鹿だな。


私は彼を見返し、はっきり言ってやった。

「さようでございますか。しかし、私はレオン・バルタの高潔さに感服しております。貴殿のおっしゃるような卑しさは、レオン・バルタには無縁かと存じますが」

するとそのアホは、私がそいつに追随しないことに腹を立てたのか、声を荒げて言った。


「ハッ! 何が高潔だ! あの男は、先代までは平民だったのだぞ! あの男がこの学園に入れたのも、王太子殿下の特別なお計らいあってのことだ! でなければ、なんであのバカがこの学園に入れるものか!」

ついさっきまで平民だろうとなんだろうと、今のバルタ家は、れっきとした男爵だ。そこに難癖をつけるのは間違っている。

しかし、学園入学に関しては……、どうなのだろう。実を言うと、私も薄々、なんでレオンが入学試験をパスできたんだろう、と不思議に思っていたのだ。ひょっとしたら、賄賂を……、いや、もちろんレオンはそういう事をする奴ではないが、両親がレオンのために、良かれと思ってやってしまった可能性はある。


しかし、賄賂ではなく、王太子殿下が?

なぜ王太子殿下が、レオンにそこまで肩入れするのだ?


私は悩んだ挙げ句、当人に直接、聞いてみることにした。

これで友情が終わるようなら、それまでだ。白黒はっきりさせておきたい。


王太子殿下との関わりを問われたレオンは、あっさり答えた。

「俺は、王太子殿下が昔、飼われていた犬に似ているのだそうだ!」

「……いぬ……?」

嘘だろ、と思ったが、どうやら本当のことらしかった。

父上に裏をとったから、間違いない。


父上は何故か、王太子殿下の飼い犬について、非常に詳しくご存じだった。

以下、父上の話だが、


王太子殿下は、子どもの頃、金茶の体毛に、緑の瞳をした優しい大型犬を飼っていらした。

その犬は非常に穏やかな性格で、やんちゃな王太子殿下に尻尾をつかまれても、背にまたがられても、決して怒ることなく、常に王太子殿下を守るように、その側にいた。

ある時、メイドの一人が王太子殿下にお菓子を差し出した。すると何故かいつも温厚なその犬は激しく吠え、のみならず、菓子を差し出したメイドに襲いかかったそうだ。

するとメイドは、隠し持っていたナイフで、その犬に斬りかかった。

メイドは、王太子殿下を亡き者にしようと雇われた暗殺者だったのだ(菓子は毒入りだったそうだ)。

その犬のおかげで王太子殿下に怪我はなく、無事だった。

しかし、その犬は……。


「ち、父上、その犬は無事だったのですか!?」

「それがな……、メイドの振り回したナイフが、運悪くその犬の腹に当たってな……」

うわああ、やめて! 私はそういうの駄目なんだ! 忠犬が主を庇って死んじゃうとか、そういうのほんと無理、辛くて聞いてられない!


「まあ、一命は取りとめたのだが」

取りとめたのかよ!

「結局その数年後、食べ過ぎが原因で死んでしまってな……」

それ、刺されたのと無関係ですよね。


ともあれ、王太子殿下は、自分を救ってくれた命の恩人……ではなく、恩犬に、非常に思い入れがあったようだ。まあ、理解できる。

ある時、騎士団の練習風景をご覧になっていた殿下は、騎士見習いとして練習に参加していたレオンに、目を留められた。

当時からずば抜けた剣技を誇っていたレオンに、王太子殿下はお言葉をかけられた。二言、三言、言葉を交わし……、そして、王太子殿下は、思われたそうだ。


この男、誰か……、何かに似ている、と。

誰に、何に似ているのかはわからない。だが非常に懐かしく、胸を締めつけられるような気持ちだった。

「そなたの名は?」

問われたレオンは、直立不動で答えた。

「レオン・バルタにございます!」


その瞬間、王太子殿下は雷に打たれたように悟った。

レオ! こいつは、レオに似てるんだ! 僕を庇ってくれた、あの優しい犬! 食いしん坊で、ちょっとバカだった大好きな犬! レオ!


「そうして殿下は、レオン・バルタをレオと呼び、以降、親しく言葉を交わされるようになったのだ……」

「そ、そうだったのですか……」

何と言うか、うーむ、いい話……、なのか?

まあとにかく、レオンが殿下のお気に入りである理由はわかった。

レオンの学園入学の謎も、ひょっとしたら、学園側が王太子殿下に忖度した結果だったのかもしれない。

どちらにせよ、明日、レオンともう一度話してみよう。


そう思う私に、父上が声をかけた。

「アドリアン。そなた、学園で良き友に巡りあえたようだな」

父上が優しく微笑んでいる。常に目の奥が笑っていない父上だが、なんか今日は、普通に優しい父親みたいで、非常に違和感。


だが、

「ええ。……私は、非常に良き友に恵まれました。感謝しております」

私は胸を張って答えた。


我が友、レオン・バルタ。我が妹、エリカ・ルカーチ。

二人とも、私にとってかけがえのない、大切な存在だ。

私はきっと、この天才たちを助け、何かと非常識なその行動の尻ぬぐいをする為、彼らの側に配されたに違いない。


子どもの頃は、自分に彼らのような天賦の才がないことを嘆いたものだが、今はもう、そんなことはない。

天才には天才の悩み、生きづらさがあるとわかったからだ。




それから私は、レオンやエリカのフォロー役に徹してきたのだが……。

天才とは、トラブルを引き寄せる磁力でも持っているのだろうか。

レオンは騎士団でたびたび上方から呼び出しをくらうし、エリカに至っては、評判最悪のサディスト王子に目をつけられてしまった。


いったいどうなることか、と心配していたのだが、レオンはなんと、王太子殿下付きの護衛騎士として取り立てられた。婚約者どのとも、なんとか来年には挙式の運びとなったし、こっちはひと安心だ。


だが、問題はエリカだ。


サディスト王子との婚姻は免れたが、エリカは結局、訳アリ第二王子の正室におさまってしまった。しかも現在、平民の冒険者として国内外を飛び回っている。『ナーたんとエリりん』というふざけたチーム名を知らぬ冒険者はいない、と言われるほどの大活躍だ。だからあれほどチーム名を変えろと言ったのに……。


ため息をつく私を、ユディトがおかしそうに見ている。

「どうした? ユディト」

「いいえ、エリカ様から、あなたに伝言がありましたの」

「えっ!?」

私のこと、忘れてなかったんだ……、当たり前のことだが、私は少し安堵した。


「な、なんて書いてあったんだ? 二人とも、怪我とかはしていないんだよな?」

「ええ、それはもちろん」

ユディトはくすくす笑って言った。


「エリカ様は、『来年の秋頃には戻ります、兄上の子どもの名づけ親にさせてください』とおっしゃってますわ」

ふーん、来年……。

「子ども!?」

私は驚いてユディトを見た。

「来年の秋には、生まれますわ」

ユディトの笑顔が、輝いている。


私はユディトを抱きしめた。

子ども……、私の子ども!

なんで私より先にエリカがユディトの妊娠を知ってるんだ、という問題はさておき、私の子ども!


私は、何という幸せ者なのだろう。

素晴らしい友と妹、美しく優しい妻、そして子どもまで授かった。

私はあまり敬虔な信者ではないのだが、神に、世界に感謝したい。

そして願わくば、私の愛する者すべてが、私と同じかそれ以上、幸せでありますように、と。



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― 新着の感想 ―
[一言] 英雄が夭折しないためには、絶対こういう人が必要だよね
[良い点] タイトルから推測される内容をいい感じに裏切る本編も面白かったし、番外編のお兄ちゃんの心情の吐露も人間味あって好きです。 [気になる点] お兄ちゃんは、ヤバいチーム名『ナーたんとエリりん』の…
[一言] すごく面白かったです! サディスト第二王子も、掘り下げると愛情不足な背景があったようで、その後が気になりますが、幸せたっぷりのエリカ嬢のその後の生活も気になります。ピュアなナーシルとはうまく…
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