45.わたしの大好きな王子様
その後、わたし達は広間でのダンスには参加せず、馬車で屋敷に戻った。
屋敷で待っていた父と兄に、事の次第を報告すると、兄は激怒した。
「なんということだ! 脱獄のみならず、エリカに危害を加えようとするとは! 幽閉など生温い、即刻処刑すべきだ!」
父は、何事か測るような眼差しでわたしとナーシルを見た。
「殿下は、どう思われますか? アドリアンの申す通り、処刑を王家に上申いたしますか?」
ナーシルはわたしを見た。
「エリカ様のよろしいように。私は、特に何も」
ナーシルの言葉に、わたしはにっこり笑った。
「わたしも、どうでもよろしいですわ。処刑など、望みません」
「しかし、それでは……!」
兄は食い下がったが、父に目顔で黙らされた。
「殿下のおっしゃる通りにいたしましょう。……まあ、そうですな、さらに警備の厳しい北方あたりにでも、移送させるのが妥当かもしれませぬ。前神官長の殺害に絡んだ、武器や奴隷の不法売買に関わった貴族達は、ほとんどが中央におりますからな。北方への流刑となれば、ジグモンド様へ手を貸せる者はいなくなるでしょう。王家に貸しも作れますし、なかなか良い手かと」
父は満足そうに頷いている。
ああ、そういうことねー。
でもナーシルは、王家に貸しとか、そんなことどうでもいいって思ってるんじゃないかな。
大事なのは、これからだよね! わたしとの、幸せと愛に満ち満ちた新生活だよね!
ナーシルは、妙にすっきりした表情で言った。
「それから、陛下が祝賀会で私におっしゃった件ですが。私に、コバスの姓を許す、という」
「おお、そのことでしたら、内々にルカーチ家にも打診がございました」
父がにこにこして言ったが、
「私は、コバスの姓は名乗りません」
ナーシルがあっさり言った。
「これからも、カルマンの姓を使います。……ただ、もし必要なら、コバスの姓は義父上のよろしいようになさって下さい」
ナーシル、義父上って言った!
浮かれるわたしとは別に、兄は困惑した表情になった。
おそらく陛下からの意向を受けて、王族としてのナーシルをルカーチ家に迎え入れる準備を密かに進めていたのだろう。
だが、ナーシルは淡々と言った。
「陛下は、コバスと名乗るのを許す、と仰せでした。使うように、というご命令ではありませんから」
その言葉に、兄は苦笑して言った。
「それはそうだろう。……よもや、王族の名を許されて尚、それを拒否されるとは、陛下も思われんだろうしな」
「ふむ」
父は、少し考え込んでいる。まあそれはそれで、と言いたげだ。何を企んでるんですか、あなたは。
「ナーシル殿下、では、こうされてはいかがでしょう?」
父がにこやかに申し出た。
「形式上、ナーシル・コバス殿下は、エリカ・ルカーチを娶り、公爵としてルカーチ家の所領の一部を管理するという体をとっていただきます。そして一方、ナーシル・カルマン殿は、エリカという娘を妻とします。カルマン夫妻は、冒険者として新しい人生を踏み出すのです」
ああー、肩書詐欺ね、つまり。
陛下には、ありがたく王族の一員として暮らしていますよ、という体をとり、実際には、冒険者として好き勝手に生きる、と。
王家の名前は、絶大な威力を発揮するカードだ。使いようによっては身を滅ぼしかねないが、捨てるには惜しい、と父は踏んだのだろう。
「ナーシル様、どうされます?」
嫌なら蹴っていいんですよ、と囁くと、ナーシルは小さく笑った。
「いえ。……それでは、義父上のよろしいようになさって下さい」
ナーシルの言葉に、父は満足そうに頷いた。
「ありがたき幸せ。……必ず、ナーシル殿下のお為になるよう、差配いたします」
ナーシルの為ってか、ルカーチ家の為でしょ。……とは思うが、わたしがナーシルと結婚する以上、ナーシルとルカーチ家の利害は一致する。父上もその辺は十分承知の上だろう。
「では、やはりナーシル殿とエリカは、冒険者として生活していくつもりなのか?」
兄がどこか寂しそうな顔で言った。
まあまあ。年に一回くらいは顔見せに来ますから。
あ、そう言えば。
「冒険者として、というなら、わたし達チームの名前を考えないといけませんね」
「名前……、ですか?」
ナーシルは小首を傾げた。
「冒険者がチームを組んだら、そのチーム名を登録するんでしょう? ギルドで、そう伺いましたわ」
疾風の影とか、女神の鉄槌とか、なんか恥ずかしい感じの名前を、ギルドの登録簿で見ましたよ!
ああ、とナーシルは頷いた。
「そう言えばそうですね。誰かと組むなど考えたこともなかったので、そこまで考えが及びませんでした。……エリカ様は、どのような名前がよろしいとお考えですか?」
ナーシルに聞かれ、わたしは少し考えた。
チーム名かあ。可愛い名前がいいな。わたしとナーシルのチームだから……。
「ナーたんとエリりん、はどうでしょうか?」
わたしの提案に、ナーシルは嬉しそうに微笑み、兄は噴き出した。
「ナーシル様、どうでしょう?」
「とても素敵だと思います」
「嘘だろ!?」
兄が速攻で突っ込んだが、ナーシルは目をキラキラさせてわたしを見ている。
「私とエリカ様、二人のチームだと、よく分かる名前ですね。とても可愛らしいですし」
「待て、待つんだナーシル殿! あなたは今、正気ではない! 恋に目がくらんでどうかしているのだ! そんな状態の時に、重要な決断を下すべきではない!」
失礼な。わたしとナーシルの名前をもじった、可愛いチーム名ではないですか。
「父上はどう思われます?」
わたしの問いかけに、兄が縋るような眼差しを父に向けた。
だが、父はあっさり言った。
「いいのではないか? 冒険者夫婦のチーム名に、品格などなくとも問題なかろう」
それはつまり、『ナーたんとエリりん』という名に、品格がないと言いたいのですか、父上。別にいいですけど。
「じゃ、問題ないということで! 明日にでもギルドに行って名前を登録してきましょう!」
「はい」
嬉しそうに頷くナーシル。わたしも嬉しいです。後ろで兄が何か言いたげな顔をしているがスルーだ。
色々あったけど、明日からわたしは平民の冒険者、ただのエリカになる。
でも、第二王子ナーシル・コバスの正室でもあるんだよね。いやー、想定外だったわ。
絶対、第二王子の側室になんかならない!って思ってたら、側室じゃなく、正室になってしまうとは。
「エリカ様?」
わたしを見つめ、優しく微笑むナーシルに、わたしも微笑み返した。
これからもよろしくね、わたしの大好きな第二王子様!




