43.死の舞踏(ジグモンド視点)
目の前に、エリカが立っている。
月の光を浴びて、美しく装ったエリカは、普段よりどこか儚げに見えた。
僕の伴侶にふさわしい美しさだ。君を側室になんて、誤った申し出だった。最初から、正室として君を望むべきだった。
まあ、どちらにせよ、何もかも今日で終わる。
君は僕の妻として、ここで僕と一緒に死ぬんだ。
「……永遠に一緒とは? わたしはナーシル様と婚約しておりますが」
「ああ、エリカ、安心しておくれ。僕は、君をあんな卑しい平民に渡したりしないよ」
美しく、魅力的で残酷なエリカ。
君を、卑しい血の流れる兄に渡したりしない。
僕の妻として、僕の手で殺してあげよう。
「……ジグモンド王子、わたしはナーシル様を愛しております」
「愛だって?」
エリカの言葉に、僕は笑ってしまった。
愛。
僕の母が、僕自身が、決して得られなかったもの。
そんなもの、どうでもいい。どうせ手に入らぬものなど、欲しがって何になる?
それより、僕はもっと確かなものがほしい。
「エリカ、僕達は、愛などという下らぬものではない、もっと確かなもので結ばれるんだ。その絆は強く、永遠で、僕達は決して離れることはない」
「殿下、一応申し上げておきますが、わたくし、殿下より攻撃魔法を得意としております」
「……知っている。わざわざ教えてくれなくても結構だ」
僕は少しだけ苛立ちを覚えた。
たしかにエリカは、僕より魔力量も多く、攻撃魔法がずば抜けて得意だ。しかし、そのような事は自慢すべきではない。
エリカ、君は僕の妻なのだから、分をわきまえ、夫をたてる物言いを学ぶべきだ。
「だが君は、魔法を使うことはできない。……この中庭ではね」
僕は言いざま、唯一塔から持ち出せた細剣を、地面に突き立てた。
ビリビリッと中庭に雷撃が走り、簡単な術式を描き出す。
『封印せよ』
僕が宣言すると、中庭一帯に魔法を封じ込める術式が発動した。
「さあ、エリカ。これでもう、君は魔法が使えないよ。……大人しく膝をつき、命乞いをするかい?」
泣いてお願いされても、助けてはあげられないけどね。
エリカは黙って僕を見返すと、ため息をついた。
そしてドレスの裾から中に手を入れると、短剣を二振り、取り出した。
「まさか祝賀会で、これを使う羽目になるとは思いませんでしたよ。……王子、わたしに手加減なんて期待しないでくださいね。攻撃されたら、わたし、全力で攻撃し返しますので」
エリカは短剣を構えると、僕と向かい合うように位置を変えた。
驚いたことに、けっこう様になっている。
「さあ、お手合わせ願いますわ、ジグモンド王子。わたくしの剣は、婚約者のナーシル様に仕込んでいただきましたの。命乞いをするのは、殿下のほうかもしれませんわね?」
不敵に笑うエリカに、血が逆流するような激情を覚えた。
また、あの男か。
君は、あの卑しい平民のことばかり口にする。
僕のどこが、卑しい平民に劣るというのだ。
エリカ、君は間違っている。
その代償は、君の命で払ってもらおう。
僕は細剣を構え、軽く斬りかかった。
エリカは素早く身をかわし、噴水の裏手に回り込んだ。
なるほど、このまま逃げ続け、封印が解けるか、誰かに見つけてもらうのを待つつもりか。
だが、そうはさせない。
「ハッ!」
動きを止めようと鋭く剣で突いたが、エリカの短剣に弾かれた。
エリカの反応は早い。だが、さすがに力は僕に及ばぬようで、僕の剣を防いだ際、短剣を一本、地面に落としてしまっている。
「どうした、エリカ? 短剣一本で僕に抵抗するつもりかい?」
なぶるように声をかけたが、エリカは短剣一本だけになっても、動揺するそぶりを見せない。
腰を低く落とし、短剣を構えた腕は、震えてもいない。
まったく、この度胸だけは認めざるを得ないだろう。
君は大した女だよ、エリカ。
一緒に死ぬ相手が、君で良かった。
広間のざわめきが、かすかに中庭に聞こえてきた。
エリカの不在が知られたのだろうか。早めに決着をつけないと。
僕は細剣を振りかぶり、エリカの顔に斬りつけた。
女なら、反射的に顔をかばって腕が上がるはず。そこを狙って、心臓を一突きすれば、終わる。
――そう思ったのに。
なんとエリカは、正面から僕に向かって突っ込んできた。
細剣をすれすれで避けながら、逆に短剣で僕の顔を斬りつけたのだ。
焼けつくような痛みが、右頬に走った。
手を当てて確かめると、ぬるりと血の感触がした。
よくも!
「エリカ!」
僕は怒りに任せ、剣を振るった。
よくも僕の顔に傷をつけたな。
殺してやる、この女、殺してやる!
めちゃくちゃに剣を振り回していると、勢いに押されたエリカが、噴水の縁石につまづいて転んだ。
今だ、と上からエリカに斬りかかると、エリカは素早く転がって避け、脱げた靴を拾った。
――何を、と思う暇もなかった。
エリカは、地に膝をついた体勢から勢いよく地面を蹴ると、手にした靴で思いきり僕の向う脛を殴りつけたのだ。
「っ……!」
あまりの痛みに、立っていることもできない。
僕は地面にくずれ落ち、足を抱え込んだ。
苦痛に、声も出せない。
エリカは立ち上がり、言った。
「そこは、人間の急所の一つですのよ。脛当てなどをつけていればともかく、殿下のような軽装では、とても攻撃は防げませんわ」
「よくも、きさま……っ!」
足を押さえ、睨みつけると、エリカはドレスの裾を軽く叩いて言った。
「まあ、殿下、わたくし、申し上げたではありませんか。手加減など、期待しないでください、と。……結局、命乞いをするのは、わたくしではなく殿下だったようですわね」




