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【書籍化】第二王子の側室になりたくないと思っていたら、側室ではなく正室になってしまいました  作者: 倉本縞
本編

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42/55

42.罠

広間を抜け出してすぐ、なんかおかしいな、と気がついた。


ララがわたしを呼び出すとしたら、広間にほど近い控室か、せいぜい広間に面した階段の踊り場あたりだ。

絶対、中庭になんてララは行かない。

そこらへん、ララは危機管理が徹底しているのだ。


と、いうことは。

うーん、まあ、一番可能性が高いのは、アレか。

逆恨み王子の復讐とか?


どうしようかな、とわたしは少し考えた。

ジグモンド王子に、もはや暗殺者を雇うような余裕はないだろう。

ていうか、罪人の塔を抜け出したところを見咎められただけで、さらなる罰を科されるはずだ。


それがわかっていて、そこまでして、わたしに危害を加えたいのだろうか。

それとも、わたしを国外脱出のための人質にしたいのだろうか?

わからない……けど、それに付き合ってやる義理もない。


わたしは、ピタリと足を止めた。


「エリカ様?」

従僕が、不安げにわたしを振り返った。

「……申し訳ありませんけれど、広間に戻りますわ。じき、ララ様にもそこでお会いできますでしょうし」

「そ、そんな」


従僕は焦った様子で胸ポケットから何かを取り出した。

「エ、エリカ様、こちらの品をご覧ください」

従僕の手にあるのは、銀色のビーズで作られたチョーカーだった。

可愛らしいが、それほど高価な品物ではない。


「それは、何です?」

「ユ、ユディト様の飼い猫の首飾りです」

従僕の声が震えている。


ユディト義姉上は、たしかに猫を飼っている。少々太り気味の黒猫なのだが、義姉上は決してそれを認めようとはしない。

いつも「あまりご飯を食べないから、栄養不足ではないかと心配なの」と見当違いの心配をしている。

あれほど聡明な義姉上が、なぜ飼い猫のこととなると、明らかに誤った意見を持たれるのか不思議だが、とにかく義姉上は、あの太った黒猫を非常に可愛がっている。


「……わたしが中庭に行けば、猫は屋敷に戻していただけますか?」

「は、はい、必ず!」

従僕は何度も頷いた。


うーん。やっぱりこれは、ジグモンド王子の差し金だな。

貴族を人質にとったりすれば、幽閉から処刑へまっしぐらだが、愛猫をさらった程度では、そこまで罪は重くならない。それがどれだけ人の心を傷つけようが、たかが猫、で済まされてしまうのだ。

なるべく罪は軽く、相手に対する精神的苦痛は重く、という実に陰湿なやり口が、ジグモンド王子の性格をよく表している。

まあ、単純にユディト義姉上より、その飼い猫のほうが攫いやすかっただけかもしれないが。


わたしは少し考えた。

ジグモンド王子の思う壺になるのは癪だが、ユディト義姉上を泣かせたくはない。


しかたない。付き合ってやるか。


わたしはため息をこらえ、廊下から中庭に下りた。

月が明るく輝き、それほど中庭は暗くない。

少しでも視界のよい場所へ出ようと、わたしは噴水の前に立った。


「ジグモンド王子」

わたしは王子に呼びかけた。


「王子、いらっしゃるんでしょう?」


「……エリカ」


ジグモンド王子が、噴水の裏手にある、生垣の影から姿を現した。

いつも神経質なくらい身なりに気を使っている王子だが、さすがに罪人の塔から抜け出した今は、常のようなきらきらしい装いはしていない。


王子は、簡素な白いブラウスに黒のズボン、魔術師が着るような裾の長い黒いマントを身に着け、腰には細剣を佩いていた。細剣には夜目にもわかる大きな青い宝石が埋め込まれ、それだけが唯一の宝飾品のように美しく輝いていた。


「王子、猫を返してください」

「……猫?」

ジグモンド王子は首を傾げ、それから、ああ、とおかしそうに笑った。


「……猫なんて、さらっていないよ。君を誘き出すため、適当な理由を作らせただけさ」

「では、猫のアクセサリーはどうやって手に入れたのです?」

「バルトスに言って、盗ませた。……できれば飼い主本人を攫いたかったが、さすがにルカーチ家の警備は厳重でね。猫の首飾り一つ、盗むのが精一杯だった」

わたしは目を細め、王子を見た。


ジグモンド王子は、機嫌よくにこやかな様子で、わたしの質問に答えている。

今までこんなに上機嫌な王子など、見たことがないくらいだ。


「……わたしを中庭に呼び出して、それで、何をしようと?」

「君はせっかちだな。卒業祝いくらい、言わせてくれたっていいだろう?」


ジグモンド王子は、うっとりとわたしを見つめ、言った。

「卒業おめでとう、エリカ。……ずいぶん回り道をしたけれど、これから僕たちは、永遠に一緒だ」



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