41.祝賀会で
卒業祝賀会は、学園内の大ホールで行われる。
学生の、それも身内のみで祝われる場ではあるのだが、生徒のほとんどは貴族、しかも今年は第一王女殿下も出席される。
元々にぎわっていた広間に、ナーシルとわたしが入ると、予想していたことだが、大変な騒ぎになった。
わたしの婚約者については、例の盛り盛り恋愛小説のせいで、だいぶ女生徒達の興味を刺激してしまっている。
そこに現れたのが、この月の精霊もかくやという美貌の青年なのだ。
騒ぐなというほうが無理だろう。
「エ、エリカ、ご機嫌よう……」
ララが顔を引き攣らせてわたしに挨拶した。ナーシルのあまりの美貌に引いてるようだ。
ナーシルにララを紹介すると、
「ナーシル・カルマンと申します。エリカ様からお噂はかねがね」
にっこり微笑むナーシルに、ララと隣に立つ子爵家次男が顔を真っ赤にした。
子爵家次男をララに紹介してもらったが、なかなかのイケメンだった。ときめきがないとか言っておきながら、しっかりお揃いのイヤリング(ララと子爵家次男のは星型だった)をしているあたり、なんだかんだ言ってこいつら、両想いじゃないかという気がする。
「ちょっと、エリカ!」
ララはわたしに顔を寄せ、小声で囁いた。
「びっくりしたわ! 婚約者がこんなすごい美青年だなんて、なんで言わなかったのよ!」
わたしは、ハハハと誤魔化すように笑った。
最近まで白豚だったんだよ、とは言えないしなあ。まあ、白豚だった昔も、美青年になった今も、可愛いとこは一緒だが。
「色々あったのよ。……ララのほうこそ、婚約者殿とお揃いのイヤリングつけちゃって。いつの間にそんなに仲良くなったのよ?」
笑って言うと、わたしの事はいいの!とララは真っ赤になって言った。
「後で、ちゃんと説明してよ!」
こちらに近づいてくる第一王女の姿に、ララはそっとわたしから離れ、壁際に寄った。
「エリカ、久しぶりですね」
第一王女殿下から声をかけられ、わたしは深々と礼をした。
「ローザ様」
第一王女殿下の隣には、王太子殿下が立っている。
ローザ様には隣国の第二王子(ここでも第二王子か……)という婚約者がいらっしゃるが、今回は王太子殿下がローザ様のパートナーをつとめられるのか。
というか、たぶん王太子殿下も、ナーシルを見るためにここに来たんじゃないかって気がする。
ローザ様も王太子殿下も、すでにナーシルについて説明を受けているはずだし、非公式に顔合わせをするには、ちょうどいい機会だ。
「エリカ・ルカーチ」
王太子殿下に声をかけられ、わたしは再び、頭を下げた。
「ご機嫌うるわしゅう、殿下」
「そなたの婚約者は、まこと月の精霊のように麗しいのだな。私に紹介してくれるか?」
王太子の言葉に、広間に一気に緊張が走った。
一介の神官、それも平民に対して、破格のお言葉である。
何の理由もなく、王族があからさまな贔屓をするなど、あり得ない。
広間に集まった卒業生およびその身内、婚約者たちは、一斉にナーシルへとその視線を集中させた。
今のところ、ナーシルについての情報は、わたしの創作した盛り盛り恋愛小説だけだから、せめてその容貌や体型から、血縁関係などを推し量ろうとしているのだろう。
この中に、ロストーツィ家について記憶している人物がいれば、あっという間にナーシルの出自は知れるはずだ。
「王太子殿下にご紹介申し上げます。わたくしの婚約者、ナーシル・カルマンです」
ナーシルが膝を折り、両殿下に礼をとった。
その時、広間の入り口からざわめきが広がり、人々がそちらに視線を向けた。
先導として現れたのは、騎士団の制服を着用したレオンだった。相変わらず爽やかで、広間の令嬢達をきゃあきゃあ言わせている。皆さん、その爽やかな騎士様は、婚約者持ちの上、筋肉と武器にしか興味ありませんから!
続いて広間に入って来たのは、なんと国王陛下だった。
体にぴったりしたコタルディにマントという格好だが、マントは豪華な毛皮の縁取りつきで、ぜんぜんお忍びという雰囲気ではない。むしろ、余に気づいて!そして騒いで!って感じだ。
「……………………」
わたしは顔をしかめた。
そう言えば、屋敷を出る時、兄上が、陛下も来るかも?みたいなこと言ってたっけ。
本当に来たのか。
まあ、好意的に見れば、第一王女殿下の卒業を祝いにいらしたのかもしれないけど。
ただ、これまでの経緯を鑑みるに、王様はこの場でまた『愛する女性と引き裂かれた可哀相な余が、その忘れ形見と巡り会えた感動の場面』を再演したいだけのような気がする。……穿った見方すぎるかもしれないけど。
王様はまっすぐわたし達の許へとやって来た。
「陛下」
一斉に皆が膝を折り、頭を下げる。
「よい、皆も頭を上げよ」
王様はにこにこと上機嫌な様子で告げた。
そしてローザ様に簡単に卒業を祝うお言葉をかけると、待ちかねたようにナーシルへと視線を向けた。
あー、やっぱり。
わたしはじりじりとナーシルの背中に隠れ、壁際へとゆっくり移動した。
ナーシルには申し訳ないが、わたしはこの手の茶番がどうにも苦手なのだ。
それに、陛下もわたしというオマケがいるより、ナーシル一人のほうが、感動の場面再びを演じやすいだろう。
茶番が終わった頃、さあそろそろ踊りましょう、とナーシルを救い出せばいい。
そう考えていると、
「エリカ様、ララ様から、こちらにいらして欲しいとお言付けをいただきました」
従僕にうながされ、わたしはこれ幸いと広間を抜け出した。
ごめんね、ナーシル、すぐ戻るから!




