4.お見合い
「わたし、おかしくないでしょうか?」
「朝から百回は同じことを言ってるぞ、エリカ」
疲れたような兄アドリアンに、わたしは言った。
「だって、ようやく婚約者になってくれそうな方とお会いできるんですよ! なんとか良い印象を持っていただきたいのです!」
ふだん、あまりドレスなどに興味を見せないため、淑女らしくないと母に嘆かれるわたしだが、今日ばかりは違う。
自分のセンスは我ながら信用ならないため、今日のドレスは、ララの助言を頼りに選んでみた。レースの飾りがついたパステルブルーのドレスで、パニエの広がりも控えめだ。昨今の流行に沿った、貴族令嬢の定番スタイルだが、少し地味すぎただろうか。
いや、神官なら、あまり派手なドレスは敬遠されてしまうかも。
ぐるぐる考えながら、わたしは兄と一緒に、レオンの実家、バルタ家の屋敷を訪れた。
今日はここで、わたしとナーシルのお見合いが行われるのだ。
第二王子に嗅ぎつけられるのを避けるため、いかにも兄一人で遊びにきましたよ、という体をよそおい、馬車も家紋の入っていない質素なものを選んだ。
バルタ家の庭園には、気の早い秋バラが咲き始め、なかなかの美しさだったが、それを鑑賞するような余裕はない。従僕に案内され、わたしはドキドキしながら、庭園に設えられた四阿に向かった。
少し早すぎたのか、四阿には誰もいなかった。
わたしは椅子に座り、そわそわと周囲を見回した。
「……あのな、エリカ」
兄はわたしの隣に座り、言いにくそうに口を開いた。
「その……、ナーシル殿のことなんだが」
「なんですか。ナーシル様に、何か問題でも? 女性問題、それとも金銭問題ですか?」
こう言ってはなんだが、もしナーシルに恋人がいても、莫大な借金を背負っていても、それはそれでかまわない。
第二王子から逃げるためだけの婚約なのだ、相手にそう多くを求めるべきではないだろう。
「いや……、そういう問題じゃない。ナーシル殿には、恋人はいないだろう。金銭的な問題もない。彼は、神官らしく清貧を心がけているようだ。そうではなく……」
「ならば問題ございません」
わたしは少し、イライラしながら言った。
「いったい、何をおっしゃりたいのですか、アドリアン兄上? わたしがお相手に求めるのは、ただ、人間として最低限の思いやりをお持ちかどうか、それのみです。……自分の小姓を、意識不明になるまで鞭打つようなサディストでなければ、何の問題もございませんわ」
わたしの返事に、兄は、うっと言葉に詰まった。
「そ……、それは、たしかに、大変大事なことだと思うが。しかし、年頃の娘として、婚約するなら、もっとこう、色々と大切なことがあるだろう……」
ぼそぼそと呟く兄に、わたしは生温い目を向けた。
なにを夢見る乙女のようなことを言ってんだ。これだから婚活の勝者は。
「わたしは別に、白馬に乗った王子様を望んでなどおりません。ただわたしは……」
言いかけて、わたしは言葉を切った。
バラの生垣の間から、レオンと、長い銀髪の男性が、姿を現したのだ。
「え……」
わたしは驚きのあまり、口を開けて二人を見た。
レオンは騎士団の制服を着用していて、いつもより頭が良さそうに見える。制服の威力すごい。
って、それは置いておいて。
わたしは、まじまじと、目の前にあらわれた巨漢――おそらくナーシルだろう――を見つめた。
なるほど、たしかにレオンの言う通り、長い銀髪は美しい。庭園を吹き抜ける風を受けて銀髪がなびき、陽光をキラキラと反射させる様は、一幅の絵のようだ。
ただ、その本体の大きさが、尋常ではなかった。……平たく言えば、信じられないような巨デブだった。
巨デブの顔をよくよく見ると、暁の空のように美しい紫色の瞳をしていた。……たしかにレオン、嘘は言っていない。
しかし、その美しい紫の瞳は、盛り上がった顔の肉に半ば埋もれてしまっている。
腹回りにはたっぷりと贅肉がつき、ぶよぶよの三重顎のせいで首が見えない。
肌の白さも相まって、これはまさに、よく肥えた白豚さんである。
「……だから言っただろう」
兄を見ると、苦りきった表情で私を見返した。
「ナーシル殿は、武芸に秀で、人柄も問題ない独身男性だ。が……、見ての通りだ。あの容姿のせいで、婚約が決まらない。見合いする女性が全員、あの容姿に驚き、嫌悪して逃げてしまうのだ」