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【書籍化】第二王子の側室になりたくないと思っていたら、側室ではなく正室になってしまいました  作者: 倉本縞
本編

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38.贅沢な悩み(ナーシル視点)

ダンスとは、こんなにも緊張するものだっただろうか。

足型は覚えているが、ドキドキしてうまく体を動かせない。


私は一応、舞踏会などで踊るダンスを、一通りすべて踊れる。

子どもの頃、神殿入りしてからは、文字の読み書きにはじまり、様々な学問を修める機会を得た。

元々神殿では、比較的物覚えのよい神官を選び、貴族の護衛や家庭教師などに駆り出される場合に備え、基本的なマナーから、歴史や数学、語学などの教養を叩き込むのが通例だ。


だが、今にして思えば、神官長は私に、王族として恥ずかしくない素養を身につけさせようとしてくれたのだろう。

語学などはともかく、音楽や絵画、ダンスにいたるまで、およそ一介の神官に必要とは思えぬ、幅広い分野における教養を積む機会を与えてくださった。

その時はただ、新しい知識を得られるのが嬉しくて、何も気づかなかったのだが。


おかげで今、エリカ様のお役に立つことができる。

亡くなった神官長には、どれほど感謝してもしたりない。


エリカ様は、はつらつと輝くように美しく、とても優雅に踊られる。

この方のパートナーとして隣に立てるなど、夢のようだ。


だが、エリカ様は、本当に相手が私で良いのだろうか。

婚約者でなくとも、家族にエスコートしてもらってもかまわないのなら、私よりアドリアン様のほうが適任のような気がするのだが。


エリカ様は、私のことをお嫌いではないと思うが、いわゆる、恋人としての情はお持ちではないのではないかと思う。


私は子どもの頃から、目立つ容姿のせいで、色々な人間によく襲われかけた。

幸い私は魔力量が多く、攻撃魔法も使えたため、自分の身を守ることができたから、特に問題はなかったが。


私を襲った連中は、みな判で押したように同じことを言った。

『おまえはとても美しい』、『一度でいいから、触れさせてくれ』、『おまえがわたしのものになるなら、いくらでも払おう』といった類のことだ。


今にして思えば、年端もいかない子ども相手に何という下劣な事を言う輩かとは思うが、つまり連中は、私の容姿に魅力を感じていたということなのだろう。


だがエリカ様は、私にそういった類の事は、一切おっしゃらない。

いや、美しい、とはおっしゃって下さった。だがそれは、何というか、あの連中が言ったのとは、明らかに違う意味合いだったように思う。


エリカ様は、ただ絵画や彫刻を褒めるように、私の容姿を褒めて下さった。

そこには何の下心もなく、ただ嬉しそうに、にこにこ笑っていらっしゃるだけだった。


……エリカ様は、もしかしたら私を、恋人としては見てくださっていないのかもしれない。

その時、ぼんやりとした不安とともに、私はそう感じたのだ。


だってエリカ様は、一度たりとも私を押し倒したり、私の服を脱がせようとしたりしない。

一度だけ、手をつないで下さったが、あれは道に迷わぬためだったし、その上エリカ様は、「嫌なら放します」とあっさりおっしゃっていた。その時私は、手を放されるのが嫌で、思わずぎゅっと握り返してしまったのだが、今思えばはしたない行為だったかもしれない。


エリカ様は、私の容姿はお気に召さないのだろうか。

子どもの頃は、知らない大人に追いかけ回されるこの容姿が、嫌で嫌でたまらなかった。だから容姿を醜くしたいと望み、魔道具に頼ったのだ。


望み通り、容姿を醜くしたら、誰も私には近づかなくなった。罵られ、嘲られ、遠ざけられるようになった。

しかしエリカ様は、まったく私の容姿を気になさらぬようだった。

醜い私の手をためらいなく取り、婚約を望んでくださった。


……ひょっとしてエリカ様は、以前の容姿のほうがお気に召していたのだろうか。

考えてみれば、手を握ってくださったのも、以前の容姿の時のことだった。


だが、美しいと褒めていただいたのは、今の容姿だ。鏡で確認しても、白豚と罵られていた以前の容姿よりは、今の姿のほうがマシな気がするのだが。

……わからない。

どちらにせよ、以前も今もエリカ様は、私を性的に襲うようなことはなさらない。

やはり、私の何か、どこかがお気に召さないのだろうか。


私は悩んだ挙げ句、アドリアン様に恥を忍んで相談することにした。

レオン様に打ち明けても、失礼だがあまり有用な回答をいただける気がしなかったからだ。

エリカ様の兄君に、エリカ様とのことを相談するのは気が引けるが、他に誰を頼ればいいのかわからない。

私は、屋敷にいるアドリアン様をつかまえ、事の次第を相談してみた。


「……という訳なのですが、どう思われますでしょうか、アドリアン様」

「いや、どうと言われても……」

アドリアン様は、困ったような表情で私を見た。

エリカ様とよく似ていらっしゃるが、やはりどこか違う。

あの、弾けるような輝きというか、キラキラとした眩さがアドリアン様にはない。


……という、失礼な感想を抱いていたせいだろうか。

アドリアン様は、

「そういう不満は、直接エリカに言ってくれないか」

と疲れたようにおっしゃるだけだった。


直接、エリカ様に?

なぜ私を押し倒してくださらないのか、直接聞けと言うのか?

そんな、そんなふしだらな質問、どうしてエリカ様にぶつけることができようか。

それでもし、嫌われでもしたら、どうすればいい。死ぬしかないではないか。


私はほとほと困り果ててしまった。

どうしよう。

エリカ様に嫌われたくはないが、何とかしてその本心を確かめたい。

だが、恋人としての私を望んでいないというなら、それは知りたくないとも思う。


恐らく半年前だったら、何を贅沢なことを言っているのだ、と自分自身、思っただろう。

前神官長の無念を晴らせた上、優しく美しく聡明で快活な、女神のように素晴らしい方を婚約者にできたというのに、この上なにを望むのか、と。


人の欲とは、果てしのないものだ。

信仰を失って久しいというのに、ここ最近、神殿の教義がしみじみと心に沁みるような気がする。

神官長がご存命だったら、何とおっしゃっただろうか……。

やはりアドリアン様と同じく、エリカ様に直接、そのお心を確かめるよう、おっしゃるだろうか。



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