37.本当の望み(ジグモンド視点)
生まれた時から、僕は父に疎まれていた。
メイドの噂話によると、母は、父上のお手付きとなった侍女を、宮廷から追い出したらしい。そのせいでバルバラ様は陛下に嫌われてるのよ、とメイドは訳知り顔でしゃべっていたが、さあ、どうだろうな。
夫の愛人を追い出すなど、そう珍しい話ではない。夫の権利が強い貴族の家であっても、それくらいで夫婦仲が破綻するようなケースは稀だ。
思うに、母は最初から父に嫌われていたのだ。
その執念深さ、残酷さを疎まれ、遠ざけられていた。侍女の件は、きっかけに過ぎない。
父は母を恐れ、疎んじていた。
そんな母にそっくりな僕を、どうして父上が愛してくださる訳があろうか。
最初からわかりきった話だ。
だが、王籍を剥奪されるほど疎まれているとは思わなかった。
「ジグモンド王子、陛下はたいそうお怒りでした。前神官長のみならず、血のつながった兄まで亡き者にしようとするなど、人間のすることではない、とおっしゃって」
日頃は温厚な騎士団長が、嫌悪もあらわに僕に言った。
「待て、それは何のことだ。神官長のことはともかく、兄とは、いったい……」
騎士団長は足を止めず、引きずるようにして僕を歩かせる。引っ張られるたび、きつく縛られた縄が肌に食い込み、痛みが走った。
夜目にも明るいこの道。いつ何時であっても、迷わずたどり着けるよう、魔法の明かりが照らすこの道は、罪人の塔への……。
「ご存じなかったのですか」
騎士団長は静かに言った。
「あなたがお尋ね者を使って殺そうとされた方、ナーシル神官は、血のつながったあなたの兄です」
母親はバルバラ様の妹君なので、従弟でもありますが、と騎士団長は続けた。
僕の兄だと。
母が殺そうとして果たせなかった、あの侍女の子どもか。
「……なんてことだ」
「王子」
僕は苦く笑った。
あの白豚神官、エリカの婚約者は、僕の血のつながった兄だったのか。
なんて皮肉な巡りあわせだ。
「……最初から、僕がこの手で殺しておけばよかった」
僕のつぶやきに、騎士団長がぎょっとしたように足を止めた。
「殿下、なんということを!」
どうした、何を驚く?
僕は父親から王籍を剥奪されるような人間、いや、人間ではない、と実の父親に罵られるような存在なのに。
まさか、僕が後悔して涙を流して謝るとでも思っていたのか?
僕は笑った。
笑い過ぎて、涙がこぼれた。
エリカ。
君は、僕の兄の妻になるのか。
母が死ぬほど憎み、殺そうとして果たせなかった女の子ども。僕の兄。
……そんなこと、許さない。
僕を忘れ、僕以外の男と結ばれ、幸せになるなど、絶対に許さない。
騎士団長に連れられてきた先は、予想通り、罪人の塔だった。
そこから延々と階段をのぼり、いい加減疲れた頃にたどり着いたのが、僕を収監する部屋だった。
窓は高いところに一つだけ、狭く鉄格子がはめられているため、脱走はできない。
自殺防止のためか、首を吊るせるような引っかかりも、先の尖った家具もない。
ふふ、と僕は笑った。
誰が死ぬものか。
こんなところで、誰にも知られずに、惨めに死んだりするものか。
どうせ死なねばならぬなら……、それなら、せめてエリカと一緒に死にたい。
母は、父の愛を奪った侍女を殺そうとして果たせず、僕はエリカを奪った兄を殺そうとして失敗した。
だが、今度は失敗しない。
こうなってみて、僕はやっと、自分の本当の望みがわかった。
僕は、君を殺したい。
一緒に死にたいんだ、エリカ。




