36.謁見を終えて
父の手回しにより、極秘に行われた王とナーシルの謁見は、成功裡に終わった。
かつて愛した女性の忘れ形見との邂逅、というロマンチックな成り行きに、国王陛下はたいそう心動かされたらしい。
兄によれば、陛下はナーシルの手を握り、涙ながらに己の不甲斐なさを詫びたそうだ。
泣くくらいなら、最初からきちんとエレノア様を守ってあげてればいいのに……という感想は、心の中にしまっておく。
「良かったですわね、ナーシル様」
ナーシルの滞在している貴賓室でお茶を飲みながら、ナーシル、兄、私の三人でまったり歓談中だ。
どうでもいいが、この茶器、ウチで一番上等なヤツじゃないですか。父上、ほんとに気合入れてナーシルを接待してるなあ。
「ええ。おかげで私の訴えも、予想以上にすんなり通していただけました」
ナーシルは、常と変わらぬ穏やかな表情で言った。
うーむ。
生まれて初めて父親(それも国王というこの国一番の権力者)に会えたというのに、だいぶ落ち着いてますね。
わたしの物言いたげな視線に気づいたのか、ナーシルは苦笑して言った。
「私は薄情なのかもしれませんね。陛下が涙を流されるのを見ても、特別どうとも感じなかったのです。……もちろん、ありがたいと感謝いたしましたが」
「いや、まあ、それは仕方のないことではないか」
兄が気まずそうにフォローした。
「親子と言っても、今まで一度もお会いしたこともなく、お言葉をいただいたこともない、いわば想像上の人物とお会いしたわけなのだから。いきなり親子の情があふれ出てくるような、そんなことになったら、そちらのほうがおかしいと思うが」
「え、でも陛下は号泣されてたんでしょ?」
わたしのツッコミに、兄はうっと言葉に詰まった。
「陛下はその……、あれだ、ずっとエレノア様を想いつづけていらしたのだろう。だからエレノア様に生き写しのナーシル殿をご覧になって、思わず涙を流されたのでは」
そんなに想いつづけていたのなら、なぜ最初から(以下略。
「……これで、やっと神官長の無念を晴らせます」
テーブルにお茶を置き、ナーシルが静かに言った。
な、なんかナーシルから、めらめら炎が立ち上って見えるぞ。
「ジグモンド王子は王籍を剥奪され、王子と通じ、違法に戦地へ神官や奴隷を送り込んでいた者も、相応の処罰を受けるでしょう」
「……だが、その罪は公にはされない。王子もそうだが、王子の手の者も、貴族は表立って裁かれることにはならないが……」
兄は渋い表情で言った。
ジグモンド王子をはじめ、犯罪に関わった貴族は、その身分を考慮して公に裁かれることはなく、王により身分剥奪や財産没収などの処罰を下されるだけだそうだ。まあ、貴族の恐るべき情報収集力を思えば、処罰理由なんてあっという間に広まってしまうだろうが。
「かまいません」
ナーシルは薄く笑った。
「身分と財産を失った貴族は、もう何もできないでしょう。元々、貴族の特権を利用した犯罪ですから。それを取り上げられた彼らに、己の才覚のみで何事か成せるとは思えません」
ナーシル、こんな顔もできるんだなあ、とわたしはちょっと新鮮な気持ちになった。
酷薄そうで、冷ややかな笑み。……ちょっとだけジグモンド王子に似てる。まあ、兄弟だしね。
「エリカ様」
ナーシルがわたしに向き直った。
とたんに表情が変わり、いつもの優しいナーシルになる。
「明日、ジグモンド王子は拘束され、罪人の塔へ収監されます。念のため、明日は学園をお休みされたほうがよろしいかと思うのですが」
「ああ、そういうことなら、もちろん」
ララに心配しないよう、言伝してもらっとけば、後は問題ないだろう。もう卒業間近だし、大して重要な授業もないしね。
「そういうことなら、明日は狩りに……」
「絶対ダメだ!」
言い終えぬうちに、兄が断固たる口調で言った。
「おまえは自覚が足りん! ジグモンド王子は、神官長暗殺の首謀者である上、兄であるナーシル殿の命まで奪おうとしたのだぞ! おまえが無事なのは、ただ運が良かっただけだ! 少しは身を慎め!」
「わかってますよ」
でもさあ、自分には何の非もないのに身を慎めとか、なんか理不尽じゃないですかあ。
……まあ、隣で心配そうな顔してるナーシルのためにも、大人しくしますけど。
「じゃ、ナーシル様、明日は二人で、ダンスの練習でもしませんか?」
わたしの提案に、は? とナーシルは目を丸くした。
「え、かまいませんが……、なぜダンスを?」
「それはですね!」
わたしは胸をそらし、力強く言った。
「じき、卒業祝賀会が学園主催で行われます。その際、出席者は、家族もしくは婚約者を同伴する決まりがあるのです!」
わたしはナーシルを見つめ、はっきりきっぱり宣言した。
「わたしの婚約者は、ナーシル様である、とその場で知らしめたいのです! わたしをエスコートしていただき、一緒にダンスを踊っていただきたいのですが……、よろしいでしょうか、ナーシル様?」
ナーシルは立ち上がり、テーブルを回ってわたしの傍に来ると、そのままひざまずき、わたしの手を取った。
「喜んで、エリカ様。……私のほうからお願いすべきでした。どうか私に、エリカ様のエスコートをお許し下さい」
よしっ!
ナーシルの言葉に、わたしはにっこり微笑んだ。
欲を言えば、このまま手の甲に口づけくらいしてくれないかなー、とは思うけど。
まあ、ナーシルだしね。そこはおいおい、頑張ってもらうということで!




