35.ルカーチ家の厚遇
父は、ルカーチ家を挙げてナーシルを保護すると決めたようで、現在、ナーシルは屋敷の貴賓室に滞在している。
国王陛下への謁見も極秘に取りつけたらしく、そのとばっちりで、兄がすごく忙しそうだ。
わたしは今、屋敷から学園に通っているため、毎朝ナーシルと挨拶を交わし、朝食をとり、お休み前に、もう一度挨拶を交わす生活を送っている。
「学園では、何も問題はありませんか」
「ええ、第一王女殿下に守っていただいていますし、危険なことはありませんわ」
毎日ナーシルは、わたしを心配して同じ質問をしてくる。
ジグモンド王子は、あの襲撃の後、ずっと学園を休んでいる。
王子がどういう行動に出るかはわからないが、たとえ王子が破れかぶれになってわたしを襲ってくるとしても、さすがに学園でってことはないだろ、とは思う。
が、ナーシルに心配してもらえるのは嬉しいので、毎日同じ質問されても、まったく問題はない。
ていうか、内心、もっと心配して、もっとかまってかまって~!状態なので、自分の魔力量がジグモンド王子より多いとか、攻撃魔法ならたぶん王子よりわたしのほうが強いとか、そういう事実は伏せておく。
ナーシルは心配そうに眉を下げてわたしを見た。憂い顔も美しい。眼福です。
「私がお側にいて、お守りできればいいのですが……」
「わたしもナーシル様がいて下されば心強いですけど、さすがに学園に来ていただくわけにはいきませんし」
しかたないですね、と肩をすくめるわたしを、ナーシルがじっと見つめた。
「……よろしければ、私が護身術をお教えしたいと思うのですが」
「まあ」
わたしは少し驚き、ナーシルを見上げた。
お教えしたいって、それって二人きりで?
まあ、あの恥ずかしがり屋さんが、こんな積極的に誘ってくださるなんて、嬉しいです!
ウキウキしながら、兄に見つからないよう私室にナーシルを引っ張りこむと、
「それではまず、人間の急所から説明いたします」
ナーシルはキリッとした表情で、人体の構造から説明をはじめた。
あ、そうなんだ……。本当に真面目なお誘いだったのね……。
こんな心汚れたわたしが、どうしてあの金鎖の魔道具の力を無効化できたんだろう。我ながら不思議です。
ナーシル先生に鍛えられ、だいぶ白兵戦の技術が向上した頃、父と兄に付き添われ、ナーシルが王宮へ上がることとなった。
当然、極秘に準備を進めなければならないため、ナーシルの身支度は事情を知るわたしと兄の二人で行うことになった。
兄の部屋で、あれこれ言い合いながら、ナーシルを着飾らせてゆく。
「剣帯を付けますの? ナーシル様は両刃斧を使われますけど」
「どちらにせよ、控室で武器は没収される。どうせ使えぬなら、見栄えのいい細剣のほうがいいだろ?」
あーだこーだ言いながら、ナーシルに両手を上げさせたり、くるっと回らせてみたり、何を要求しても、ナーシルは大人しく言いなりになっている。
ナーシルって我慢強い。わたしだったらとっくにキレて、もうドレスなんて着ない!とか叫んでるだろうし、兄だったら、もう勘弁してくれ!とか言って泣いてるだろう。
されるがままのナーシルに、わたしはだんだん楽しくなってきた。
極上の着せ替え人形で遊んでいるみたい。しかも、銀髪に紫の瞳、という自分にはない華やかな色味で遊べるのが、とてもいい。
「ナーシル様、髪を編んでもよろしくて?」
「ええ、どうぞ」
ナーシル、ほんとにまったく嫌がらない。もしわたしに奇天烈な髪型にされたらどうするつもりなんだ。他人事ながら、この大人しさは心配になるレベル。
「……ナーシル殿、嫌なら断ってもいいんだぞ」
兄が心配そうに言う。
そうか、兄もナーシルの素直さを心配してるのか……。いつの間にかナーシルは、レオンと同じく、兄の中の「面倒みてあげなきゃいけない枠」に入っているらしい。
「いえ、その……、エリカ様に、あの、触れていただくのは……、その、とても嬉しいので……」
真っ赤になりながら、小さな声で告げるナーシル。
ああ! 婚約者が可愛すぎてつらい!
わたしは唇を噛みしめながら、ナーシルのサイドの髪を細かい三つ編みに編み込んで、後ろで一つに束ねた。
「兄上、リボン!」
すかさず渡された紫色の別珍のリボンで、慎重に髪を飾る。三つ編み側に、わざと長めに残したリボンをたらし、完成!
「最高ですわ、お美しいですわナーシル様!」
「うむ、なかなかの出来だ。やったな、エリカ!」
兄と二人で、きゃっきゃしながらナーシルを褒めたたえる。
やー、ほんと、これは人間界に舞い降りた美神!
黒いマント、黒地に紫の刺繍がほどこされたサーコート、と暗めな色合いでまとめたにも関わらず、ちっとも地味に見えない。
逆に、銀髪に紫色の瞳という派手目な色が効果的に映え、とてもきらきらしい仕上がりになっている。
衣装を選んだ母上、さすがです、素晴らしいです!
ナーシルは照れたように頬を染め、わたしを見た。
「ありがとうございます……、エリカ様とアドリアン様のおかげです」
美神に頭を下げられる。恐れ多いです、神よ!
父が部屋に入ってきて、そろそろ時間だとわたし達に告げた。
「父上! いかがですか、ナーシル様は! とてもお美しいでしょう!」
わたしがふんぞり返って自慢すると、
「うむ」
父はさっとナーシルの前にひざまずき、その手をとって頭を垂れた。
「ナーシル殿下。月の精霊もかくやというお美しさ、まこと、御身をお守りできる栄誉に心震える思いです」
うーん。
立て板に水の褒め言葉に、わたしは少し顔をしかめた。
たしかに父上の言う通り、月の精霊みたいだって、わたしもそう思うけど。
父上が言うと、まるで安い口説き文句みたいで、なんだかなあ……。
貴族らしい口達者って、必ずしもいい事ではないんだな。心からの褒め言葉も、どこかウソくさく聞こえてしまう。
隣で微妙な顔をしている兄も、おそらく同じことを思っているのではなかろうか。
とにかく、わたしの大切なナーシル様を、よろしく頼みますよ、二人とも!




