34.家族三態
「それは……」
ナーシルが語り終わると、兄は青ざめた表情で呻くように言った
「それでは、ジグモンド王子が、前神官長の殺害に関与していたと言うのか。王族が、神官長を……」
屋敷に戻ってすぐ、兄はわたしとナーシルを父ルドルフの私室へ連れて行き、父に簡単に事情を説明した。
父はすでにある程度状況を把握していたようで、すぐに部屋から人払いをした。
ナーシルと向かい合わせのソファに座った父は、ナーシルの人間離れした美貌にも動じる様子はなかったが、何か思うところがあったのか、しげしげとナーシルの顔を見ていた。
そして簡単に挨拶を済ませた後、くだんの前神官長の殺害について、ナーシルが語ったわけなのだが。
……正直、ナーシルが還俗した理由が、これほど大がかりな犯罪と結びついているとは、思ってもいなかった。
ナーシルが神殿を離れようとした本当の理由は何なのか、わたしなりに色々推理していたのだが、まさかこんな、国家的犯罪を明らかにするためだったとは。
せいぜいが、母親側の縁者を探したいとか、禁欲生活から解放されてラブラブハッピーな生活を送りたいとか、そういう理由かと思っていた。……いや、後者は単にわたしの希望だが。
「ナーシル殿、それは、大変な告発になる。下手をすれば、王家が瓦解しかねんほどの……」
「わかっております」
ナーシルは静かに言った。
「ですから、事を公にする前に、現国王に話を通そうと考えました」
ナーシルの言葉に、兄が目を剥いた。
父は、どこか面白がるような表情でナーシルを見ている。
やだなあ、わたしはともかく、ナーシルまで父上に利用されたくないんだけど。
「こ……、国王陛下に、どうやってお会いすると」
「この魔道具を」
ナーシルは、あの華奢な金鎖を取り出した。
「ほう、これはまた」
父は、感心したような目でナーシルの手にある魔道具を見た。
「なかなか良くできた魔道具のようですな。拝見させていただいても?」
「どうぞ」
ナーシルに手渡された金鎖を、父はためつすがめつ眺めてから、ふむ、と頷いた。
「この魔道具には、見覚えがあります。王家の宝物殿に収められていたものですな。たしか所有者は、現国王エドアール様であったかと」
「ええ。陛下が、母に下賜された品です」
「それは、いつ頃?」
「母が宮廷からお暇をいただいた時に」
物は言いよう。
お暇ってか、命からがら逃げ出されたんだよね、エレノア様は。
父は頷き、言った。
「さようでしたな……、覚えております。ナーシル様のご生母は、ロストーツィ侯爵家のご令嬢、エレノア様でしたか」
わたしはぎょっとして父を見た。
なんでそれを。
「エレノア様の美貌は、当時、宮廷で知らぬ者はおらぬほどでしたからな。ナーシル様は、まことエレノア様に生き写しでいらっしゃる。……陛下がお知りになれば、どれほど喜ばれることか」
言うなり、父はソファから体を起こし、ナーシルの前にひざまずいた。
うわあ、父上までレオンと同じようなことしてる。
ちらっと横を見ると、兄もわたしと同じくドン引きしているのがわかった。兄妹の絆を感じる。
「ナーシル殿下、改めてご挨拶申し上げます」
父はわたし達のドン引き視線にも怯むことなく、ナーシルを見上げて言った。
「尊い御身に拝顔の栄を賜り、恐悦の至りでございます。また殿下におかれましては、愚女、エリカとの婚儀を望まれているとのこと、我がルカーチ家にとりましても、この上なき栄誉と存じます」
あー?
平民と結婚するなら絶縁とか言ってたくせに、ナーシルが王族とわかるなり、この清々しいほどの手の平返しっぷり。
さすが父上。貴族の鑑。
父がさりげなく視線をずらし、兄を見やった。
父からの圧を感じたのか、兄アドリアンも重い腰を上げ、ナーシルの前にひざまずいた。
ぷぷ、兄上、きまり悪そう~。おもしろ~い。
ニヤニヤするわたしを、兄が横目で睨みつけた。思いっきり顔に「覚えてろ」と書いてある……。
やだなー、兄上、わたし達、仲良し兄妹じゃないですか! ちょっと面白がったくらいでそんな……、うぷぷ、ふはは、やっぱ面白い~、腹筋痛い~!
わたしと兄を、何故かナーシルがほのぼのとした眼差しで見つめていた。
慈愛に満ちたナーシル、ちょっと女神っぽい。
拝んだらご利益ありそう。わたしもちょっと、ひざまずいて祈ってみようかな。




