33.兄弟(ナーシル視点)
まだ、前の神官長がご存命の頃だった。
私は神殿で、ある一人の神官に声をかけられた。
その神官は貴族出身のせいか気位が高く、平民を見下しており、陰で私のことを、醜く卑しい白豚と口を極めて罵っていた。
その通りだと自分自身、思っていたので、さして気に留めてはいなかったが、なぜ彼が、見るのも目の汚れだとまで評した私に、わざわざ声をかけたのだろう、と少し驚いた。
彼は私に、こう告げた。
「君の力を、もっと有効に使おうとは思わんかね? 君の力を存分にふるえば、いくらでも金が稼げる。君の才能を、神殿に埋もれさせるのは惜しい。外へ出て、自分の力を試してみる気はないかね?」
私はそれを聞いた時、ああ、なるほどと納得した。
最近、神殿で妙な動きがあることは承知していた。
神官長は戦争に反対の立場を取られていたため、国から神官を戦地に派遣するよう要請されても、それを頑としてはねつけていたが、神官自ら志願して戦地に赴く者たちが、不自然に増加していたのだ。
この男が、その斡旋をしていたのか。
若く貧乏な神官たちをうまく言いくるめ、戦地に送り込んで儲けていたわけか。
神官としてあるまじき行為に虫唾が走ったが、同時に、いい機会だと私は思った。
私は幸い、剣技に優れ、戦地で必要とされる治癒魔法も使える。
彼の話に乗ったふりをして、このたくらみを暴き、神殿に巣くう彼の仲間を一掃するため、証拠を手に入れようと考えたのだ。
私は神官長に相談せず、志願兵として戦地へ赴いた。下手に神官長に接触して、あやしまれるのを避けるためだ。
それに、自分の力を過信してもいた。神官長の手をわずらわせずとも、私一人で解決できると考えたのだ。
だが、今となっては後悔している。
私が戦地に送られて一月後、神官長が亡くなられたとの知らせが、神殿から届いたのだ。
知らせを受け、私はすぐ神殿に戻ろうとした。
が、逆に戦地に足止めされたうえ、味方だったはずの兵士に不意をつかれて斬りつけられ、生死の境をさまよう大怪我を負うはめとなった。
だが、その裏切りのおかげでわかったことがある。
――神官長は、暗殺されたのだ。
だから神官長の子飼いである私を警戒し、神殿に戻れぬよう、兵士に殺害させて戦死を偽装させようとしたのだ。
だが、誰がそこまで?
神官長は、宗教界の頂点に座していたにも関わらず、決して弱者からの搾取を許そうとはしなかった。確かにその考え方は素晴らしく、立派なものだとは思うが、現実とあまりに乖離している。
有象無象が、神官長の首をすげ替えたいと思っていただろう。
だが、神殿の最高権力者である神官長の殺害に関わったとなれば、たとえ王族とて極刑は免れない。そのリスクを冒してまで、神官長を殺したいと思い、なおかつ実行に移せるほどの力を持った者は、いったい誰なのだ?
私は必死になって、神官長を殺した犯人を探した。
その結果、私は、恐ろしい事実にたどり着いた。
第二王子、ジグモンド・コバス。
神官長を殺害したのは、こともあろうに、この国の王族だったのだ。
第二王子は有力な後ろ盾も持たぬ、側室腹の王子だ。現国王にも疎まれていて、次期王となる可能性は低い。
だが彼は、商才に長けていたようだ。国内のあちこちに紛争の種をばら撒き、そこで火の手があがればいち早く武器を売りつけ、肉壁となる奴隷を手配した。
第二王子は、神殿にも目をつけた。神官たちは、奴隷よりははるかに戦士として優れており、しかも死んだところでうるさく文句をつける者もいない。神官は名目上、俗世と縁を切っているからだ。
彼は積極的に神官を戦地に送り込むため、自分の手の者を神殿にもぐり込ませた。人身売買まがいの手口で、若手の神官を商品のように売り買いしていたのだ。
恐らく、神官長はこの事実に気づいたのだろう。
あの方のことだ、正面切って第二王子を問いただしたに違いない。
自分の身が危険にさらされていることを承知しながら、誰にも告げず、ただ一人で第二王子と対峙した。
そして、あっさり殺されてしまった。
第二王子にとって、神官長の殺害など、赤子の手をひねるようなものだったろう。
第二王子ジグモンド・コバス。私の弟。
同じ父を持ち、また、母は腹違いの姉妹。兄弟にして、従弟でもある。
その彼が、私の育ての親である神官長を殺害した。
彼はどのように宮廷で育ち、そして王族という尊い身でありながら、なぜ犯罪に手を染めるようになったのだろう。
彼の犯した罪はあまりに大きく、それは国家反逆罪にさえ問われかねないものだ。俗世と関わりを持たぬという誓約に縛られた神官のままでは、訴えを起こすことすら難しい。
そのため、私は還俗することにした。
血を分けた弟を告発するため、その犯罪を明らかにするために、私は神殿を離れたのだ。




