28.わたしの王子様
とりあえず、今回の襲撃事件については、兄から王都の警備隊へ報告してくれることになった。
次期ルカーチ伯爵家当主からの報告とあっては、さすがにジグモンド王子でも、握りつぶすことはできないだろう。
「ナーシル殿、このような事態になった以上、神殿に戻られるのは危険だ。いったん、我が家で貴殿を保護させていただきたいのだが」
兄の申し出に、すかさずわたしも乗っかった。
「ぜひそうなさって下さいまし。わたくし、ナーシル様が心配でなりませんわ」
「しかし……」
ナーシルがためらう素振りを見せたので、
「それに……、わたくし、怖いのです」
わたしはうつむき、弱々しく言ってみた。
「また今回のように暗殺者に狙われたら、わたくし、一体どうすれば良いのでしょう。ナーシル様がお側にいて下されば、安心できるのですけど」
「エリカ様」
ナーシルは、遠慮がちにわたしの手を取り、言った。
「エリカ様に危険がおよぶような事は、決してありません。私が必ず、エリカ様をお守りいたします」
「……わたくしの側に、いて下さいますの?」
「ええ」
ナーシルの返事に、わたしはにっこり笑って言った。
「じゃっ、我が家にいらして下さいますのね、ありがとうございますナーシル様! 神殿へはこちらから使いの者を出して連絡しておきますわ、さ、一緒に屋敷に戻りましょう!」
ナーシルの手をつかみ、ぐいぐい引っ張るわたしを、兄が呆れたように見た。
「ナーシル殿、すまない。妹はその、悪気はないのだが、強引なところがあって……」
「兄上、ナーシル様は、わたしの知る限り最も卑劣で最低な人間に命を狙われていますのよ。悠長に構えている場合ではございません」
「それはそうだが……」
兄はため息をつき、とにかく帰るぞ、と言った。すると、
「今日はもう、狩りはせんのか?」
レオンが残念そうに言った。
空気を読まないレオンに、兄が驚愕の眼差しを向けた。
「レオン、おまえ正気か? この死体の山を見て、その上で、まだこの森で狩りをしたいって言うのか?」
「だってもう、暗殺者たちは始末したんだろ? それに、今は俺とアドもいるんだし、追加で暗殺者が現れても問題ないと思うんだが」
追加で現れる暗殺者って……。
レオン、死体にまったく動じていない。
わたしなんて、まだちょっと動揺しているのに。
まあ、騎士と貴族令嬢のメンタルを比べること自体、間違ってるのかもしれないけど。
しかし、これからわたしは、冒険者になるのだ。
人を殺すことに、慣れる必要はないが、耐える必要はあるだろう。
何より、わたしはナーシルと組んで冒険者になるのだ。
ナーシルはさっき、わたしを守ると言ってくれたけど、その言葉に甘え、戦いすべてをナーシルに押し付けるようなことはしたくない。
わたしが攻撃魔法など何も使えず、治癒と防御に特化した魔法の使い手で、武器も扱えないというなら話は別だが、実際は真逆な訳だし。
わたしは、いつでもナーシルの隣に立っていたい。
同等の立場で、互いに助け合う冒険者として生きていきたい。
そのためには、色々と乗り越えていかなきゃならないことがあるんだろうな。
わたしが物思いにふけっていると、
「とにかく、今日は無理だ、また今度にしよう」
兄の言葉に、今度っていつだ、とレオンが食い下がっている。
楽しみにしていた週末の遊びを延期された子どものようで、わたしは思わず小さく笑った。
隣からも、ふふっと笑う気配がして、見上げると、ナーシルがやわらかい笑みを浮かべていた。
「……こう申しては何ですけど、レオン様って、小さいお子様のようなところがあると思いません?」
わたしがナーシルの耳元に口を寄せ、こそっと囁くと、ナーシルはくすぐったそうな笑顔になって頷いた。
「はい。……失礼ながら、私もそのように思っておりました」
そう言って、くすくす笑うナーシル。もー! ナーシルってば可愛いんだから!
わたしがナーシルの腕をぱしぱし軽く叩くと、ナーシルはまた、くすくす笑った。
可愛い。あああ、可愛い!
「おい、エリカ、いい加減にしろ。帰るぞ」
兄が疲れたような表情で言い、ナーシルをちらりと見た。
「ナーシル殿は、その……、姿変えの魔道具は、もう使わぬおつもりか?」
「そうですね……」
ナーシルは少し考え、そして言った。
「どちらにせよ、王都を出た後は、この魔道具は捨てようと思っておりました。遅かれ早かれ、姿を偽るのは、止めようと思っていましたし、ええ、もうこの魔道具は使いません」
「えっ!?」
わたしと兄は、驚いて声を上げた。
「それは……、しかし、その魔道具は王家の……」
「ナーシル様、もったいないですわ! 捨てるくらいなら、売ってしまえば良いのでは?」
わたしの言葉に、王家の魔道具を売るとは何事だ!と兄が声を荒げたが、大っぴらにされてないだけで、各国王家の魔道具や美術品など、いくらでも売買されている。
「わたくし、そうした表に出せない魔道具も取り扱う商会を存じております。お任せいただければ、高値で売りさばいてみせますわ!」
「おいエリカ、冗談だよな? え、嘘、ちょ、ちょっとナーシル殿、待ってくれ!」
ナーシルがわたしに金鎖を渡すのを見て、兄が焦ったような声を上げた。
「エリカ様がお望みなら、こちらの魔道具は差し上げます」
「まあ、よろしいんですの?」
「よろしい訳ないだろ! 待て、ナーシル殿、お願いだから待ってくれ!」
兄は泣かんばかりの顔でナーシルに縋った。
「た、頼むナーシル殿、それを売るのは、ちょっと……。おいエリカ、おまえも受け取ってるんじゃない! ナーシル殿に返せ!」
あんまり兄に心労をかけると、義姉上に叱られてしまうので、わたしは金鎖を素直にナーシルに返した。
「兄がうるさいので、お返しいたしますわ」
「……そうですか?」
何故か少し残念そうなナーシルに、わたしは不思議に思って首を傾げた。
「ナーシル様、どうしてもその魔道具を売り払いたいのでしたら、兄の言うことなんて、気になさる必要はないんですのよ」
「いえ、……そうではなく」
ナーシルは、かすかに赤くなって言った。
「私は、エリカ様に何も贈り物をしたことがなかったので……。私はエリカ様の、こ……婚約者、なので、その……、何か、エリカ様に贈ることができればと……」
「まああ!」
わたしは嬉しさに飛び上がった。
ナーシルが! わたしに! なにか贈りたいって!
婚約者、って噛み噛みしながら言ってるし!
くっ……、可愛い。わたしの婚約者は、何故にこんなに可愛いのか……、神よ、感謝いたします!
突然ひざまずき、敬虔な信者のように祈りはじめるわたしを、兄が不気味そうに見た。
すると、どういう訳かレオンもわたしにならい、膝をついてナーシルを見上げている。
「……なにやってるんだ、レオン?」
こわごわと聞く兄に、レオンが答えた。
「いや、先ほどの話だと、ナルシー殿は国王の息子、つまり王子殿下なんだろ? 王族には、ひざまずいて挨拶しろって、アドが教えてくれたんじゃないか」
レオンの指摘に、わたしも兄も、ポカンと口を開けた。
そ……、そうだった。
忘れてたけど、ナーシルって、王子様だったんだ!




