27.心が強く純粋な者たち(自称)
わたしがナーシルに愛の言葉を強要していると、
「あ、エ、エリカ様、だ誰かこちらに来ます!」
ナーシルがどもりながら、真っ赤な顔で叫んだ。
人目があっても別に……と思ったが、ナーシルに衆人環視の中で愛を告げろと言ったら、羞恥のあまり倒れるかもしれない。
婚約者を倒れさせるのは本意ではないので、わたしは仕方なくナーシルから手を離した。
すると、
「エリカ!」
木立の間から現れたのは、なんと兄とレオンだった。
二人とも朝会った時と同じ格好だったが、兄は転んだのか服は泥だらけで、髪はぐしゃぐしゃの上、小枝が刺さっている。
レオンも騎士団の制服に泥がはね飛び、ひどい有り様だ。
「まあ、兄上、レオン様も。どうなさったのですか?」
「どうもこうも……、エリカおまえ、怪我は!? この……、この輩は」
兄は周囲に転がる死体の山に視線を向けた。
「ジグモンド様が差し向けた、暗殺者どもですわ」
わたしの言葉に、兄が顔を強張らせた。
「なんだと」
「この者たちの話を聞いた限りでは、ジグモンド様が雇い主で間違いないかと。『女は殺すな』と命令されていたようです。また、殺しさえしなければ『少々傷をつけるくらいはかまわぬ』とも」
「……あの、クズが」
兄が吐き捨てるように言った。
「この襲撃は、私達のせいでもある。……済まなかった、エリカ」
兄は謝り、横に立つレオンを見やった。
「今日、レオンが騎士団に呼び出されたのは、おまえとナーシル殿を二人きりにするための、罠だった。我々は誘き出されたのだ」
「申し訳ない」
レオンも頭を下げた。
「最初から、どうにもおかしいと思っていたのだが、騎士団に出向いたところ、誰も俺にそんな命令は出していないと」
「それで罠だとわかり、慌ててこちらに向かったのだ。……私とレオンを誘き出し、ナーシル殿とおまえ二人の状態にすれば、ナーシル殿はおまえを守って戦わねばならん。そうなれば、簡単にナーシル殿を始末できる……と思ったのだろうな」
死体の山にちらっと目を向け、兄は少し笑った。
「奴らの見通しは甘かったようだな」
わたしはナーシルに近寄り、するっと腕をからめた。ナーシルがびくっと飛び上がったが、気にしない。わたし達、両想いだしね!
「ええ、ナーシル様がわたくしを守ってくださいましたわ」
「……そのことなのだが」
兄が微妙な表情で、わたしの隣に立つ美青年、ナーシルを見た。
「おまえの隣に立っている方は……、その方はいったい……?」
「いやですわ、兄上、何をおっしゃってますの? この方はナーシル様ですわ。ねえ、レオン様?」
わたしに話をふられたレオンは、力強く頷いて言った。
「うむ、ナルシー殿だな。……どうした、アド、ナルシー殿とは何度も会っているだろう。なぜ覚えていないのだ?」
わたし達二人に責められ、兄はうろたえて視線をさまよわせた。
「ええ……? いや、だって顔が……、体型も、その……。たしかに銀髪だが、いやでも、違いすぎるだろう。なにか魔術か何か、かけているのか? そうなんだろ、エリカ?」
うろたえる兄が面白かったので、もう少しからかいたかったのだが、
「申し訳ありません、アドリアン様」
ナーシルは頭を下げ、あっさりネタばらしをしてしまった。
金鎖の魔道具を見せ、ナーシルは姿変えの経緯を丁寧に説明した。
「……そういう訳で、ずっと私は姿を偽っていたのです」
「えっ!?」
兄ではなく、レオンが驚きの声を上げた。
「姿を偽るとは、どこをどのように偽っていたのだ!? まったく気づかなかった!」
ああ……、うん。
わたしはナーシルに代わり、「心の強い者、純粋な者には魔術が効かない」という事を二人に説明した。
「実際、わたくしも何度か、今のお姿を目にしたことがありましたし。レオン様とわたくしは、ナーシル様の真の姿を認識できていたのですわ」
「よくわからんが、今も前も、ナーシル殿は変わらん。そういうことでいいのか?」
「ええ、よろしゅうございますわ」
ねっ、とナーシルに微笑みかけると、ナーシルは嬉しそうに頷いた。
「はい……、ありがとうございます」
良かった良かった、という空気が流れる中、兄は一人、納得がいかない表情だった。
「その説明からすると、私は、心が強くも純粋でもない者になるのだが……」
「人はみな、心弱く汚れた存在ですわ。神殿でもそのように説いております。気になさらないで、兄上」
「そうだアド、気にする必要はない! おまえは頭が良く、優しい、いい奴だ! 心が弱く汚れていても、何の問題もない!」
わたしとレオンに追い討ちをかけられ、兄は涙目になった。
ごめん、からかい過ぎました。




